2025年8月8日金曜日

再来!

 ♪~ こんにちは こんにちは 世界の国から

    こんにちは こんにちは 世界の人が

    1970年の こんにちは ♪~

 この歌を聞くと、大阪万博の思い出が、よみがえります。

 今から55年前、若かりし私は、大阪万博へ二度出かけました。音楽を一生懸命勉強していた、学生時代のことです。一度目は、友達三人組で出かけました。すごい人で、見たいパビリオンへは、なかなか入れませんでした。あきらめて、すいていた二つのパビリオンへ入ったことを覚えています。二度目は、彼と出かけました。デートで、万博を楽しみました。

 あれから、55年の歳月が流れ、万博の再来です。今回の万博にも、できれば出かけたいと思っています。

2025年8月7日木曜日

〇〇〇始めました

 最近、筋力が落ちてきたと思っていたところ、主治医から筋力トレーニングを勧められました。テレビで、よく見たり聞いたりするトレーニングです。スクワットです。私は、したことがありません。

 主治医のお勧めは、一回につき十回、朝昼夕の三回するというものでした。自分の知らない間に、筋肉が無くなり足腰が弱っていきます。毎日、少しずつですが、スクワットを続けることで筋力がつくことを願っています。


2025年8月4日月曜日

夏の楽しみ(花)

 毎年、楽しみにしていることがあります。ご近所の庭にある「蓮」の開花です。有名な「大賀蓮」です。

 昨日、つぼみを見たので、そろそろ開花だと、期待して朝を迎えました。期待通り、今朝早く、美しい花が咲きました。「蓮の花」を見ると、「もうすぐお盆だなあ。」と毎年思います。

 まだほかにもつぼみがあるので、明日も開花が楽しみです。 

2025年8月2日土曜日

〇〇〇カプセル

 昨日、押し入れの片付けをしました。すると、押し入れの奥から、懐かしい柄の箱が出てきました。ずいぶん前にしまい込んだ箱です。大事にしていた箱なのに、どこにしまったのか、すっかり忘れてしまっていました。

 ふたをあけると、中には、運転免許証(〇〇年前に更新した時のもの)、50年以上前に友人からもらった手紙、独身時代に行った旅行のパンフレットなどが入っていました。忘れ去っていた懐かしいものばかりです。1つ1つを見た瞬間、その当時の年齢にもどることができます。私にとっては「タイムカプセル」です。

 何分間か思い出にひたった後、箱の中にきれいに並べ、再び、押し入れにしまいました。 

2025年8月1日金曜日

幼き日の思い出

 先日、八百屋さんの前を通りかかった時、懐かしいものが目に飛び込んできました。黄色い「ウリ」です。ラベルには「キンウリ」と書かれています。

 それは、私が幼かった頃、母が丹精込めて育てた「うり」と同じでした。母との思い出がよみがえります。

 私はうれしくなって、早速「うり」を買って帰り、冷蔵庫で冷やしていただきました。なつかしい味が、口いっぱいにひろがりました。夏休みの朝、母と一緒に「黄色いウリ」を収穫した場面が目に浮かびました。


2025年7月20日日曜日

漢字力

  最近、とみに漢字力が低下しています。以前は、いくども助けてもらっていた漢字辞典も使っていません。漢字を書くということも、少なくなってきています。日誌を書く時に、漢字について、不安な時は、手元にある電子辞書で確認しています。

 パソコンを打っている時には、変換すればすぐ漢字がでます。あまりにも、便利すぎて、怖いほどです。この便利さが、人間を退化させる根源だと思います。苦労してこそ、汗をかいてこそ、自分の身に着く一番の方法だと思います。たくさんの漢字を覚えたと、自負している私ですが、記憶が薄れることのないように、自筆でせっせと漢字を書きたいと思います。

2025年7月19日土曜日

マイブーム

  今振り返ると、いろんなマイブームがありました。食べる物から、趣味趣向、聞きたい音楽から持ち物すべてです。マイブームは、不滅のものではありません。そのときそのときで、変わっていきます。マイブームが去ると、あのマイブームは何だったのかと、気落ちします。二年前には、アイスクリームにマイブームが起きました。同じアイスクリームを、食べ続けました。そのときは、そのアイスクリームが、大好きとなり、他のアイスクリームは目に入りませんでした。ところが、今はケロッと忘れています。移り気と言われれば、それまでです。今までのマイブームを、記憶を頼りに思い出して、記録をとろうと思います。

2025年7月18日金曜日

方言の面白さ

 

 生まれ育った三重県から、結婚によってふるさとを離れ、早半世紀が過ぎました。夫の仕事の移動で、あちこちで暮らしました。どこへ行っても、「まるこさんは、関西出身ですか?」と言われました。長年使ってきた言葉は、そう簡単に変わりません。関西特有のイントネーションが、あったのだと思います。

 自分では気づかないうちに、使っていることばは、家族にも笑われるほどです。三重県中部に限定した、方言です。

 「さんす?」

       *「これ飲まんす?」

       *「行かんす?」

      

      語尾に「す」が付くのです。「さんす?」は、相手を敬う敬語です。

      どこで教えてもらったのか、記憶はありません。いつのまにか、身についたことばです。自分が話す言葉に、笑いが吹きこぼれることも、多々あります。

 

 岡山県で暮らした時には、ほほえましい方言と出会いました。

  *「じゃろ、じゃろ」です。みんなの会話のなかで、いくつもの「じゃろ、じゃろ」が、飛び出します。すべての会話の語尾に「じゃろ、じゃろ」が、付くのです。年齢には、関係ありません。老いも若きも「じゃろ、じゃろ」です。「じゃろ、じゃろ」の単語の中に、敬語の意味も含まれているので、年下の人が、先輩に「じゃろ、じゃろ」を付けて、普通に話します。   

 

 方言を研究したら、非常に面白いと思っています。

 

2025年7月17日木曜日

自分史(シナリオライター)



 後期高齢者となった私の自分史は、とても長いものです。興味関心好奇心の旺盛だった私は、たくさんのことに興味関心好奇心を持ちました。過ぎ去った遠い思い出の中から、一つ一つ書き出してみたいと思います。

 五十代の頃だったと思います。シナリオライターになりたいと、思いました。シナリオについて、勉強しなければなりません。書店で、シナリオについての本を、何冊も買いました。当時は、大阪へ仕事に行っていたので、通勤の時間を利用して、本を一生懸命読みました。そして、思い立ちました。「そうだ、シナリオ学校へ行こう!」と。京都には、映画撮影所があります。東映に、シナリオ学校があるのを見つけました。燃える思いを胸に、シナリオ学校に入学しました。太秦にある東映映画撮影所へ、通うことになりました。若い人たちと一緒に、勉強が始まりました。大切にしまってきた、テキストは、膨大です。若き日の宝物です。涙ぐましい努力のあとが、見られます。人気のあったテレビドラマの、シナリオも、たくさんあります。自分史の一こまですが、私にとっては、すべてが宝物です。


 














 


2025年7月16日水曜日

柱時計

  私が子供だった頃には、家に柱時計がいくつもありました。時報を教えてくれる唯一のものでした。子供たちにとっては、十時のおやつ、三時のおやつなど、生活のリズムを教えてくれるものでした。柱時計が打つ時報は、子供たちに数を数えさせてくれました。

 私の相方さんは、私の実家に泊まるようになってから、寝る時には、振り子を止めていました。私は全く気にしていなかったので、振り子の音が気になる人がいることにおどろきました。

 結婚して以来、振り子時計、柱時計は、我が家にはありません。いろんな思い出が 

頭をよぎります。と同時に、懐かしさがこみあげてきます。存在感の大きかった柱時計、家庭の中心的威厳を持っていた柱時計、私は大好きでした。