2018年8月31日金曜日

「よかった探し」



いつの頃からか
私はよかった探しが得意になった

悪いことでも
見方を変えると
それほど悪いことでもない

こんな辛いことが
何故私に

こんなひどいことが
何故私に

こんな苦しいことが
何故私に

こんな悲しいことが
何故私に

たくさんのことが
あり過ぎて
書き上げることさえ
難しい

それでも
いつも頭に浮かぶ言葉がある

これは試練だ
試されているのだ
日にち薬だ

月日は友達
終わりは始まり

日の出があり
日没がある

日没があり
日の出がある

暗黒が続くことはない

涙も友達
泣いて泣いて
泣き明かそう

涙が枯れる頃には
朝が来る
新しい朝が来る

日が昇る
力が湧く

新しい朝が来る
さあ一歩踏み出そう

よかった探しは幸せ探し

よかった探しは幸せ探し



2018年8月30日木曜日

「もしも・・・」


もしも
私に孫がいたなら
その子はお姫さま
きらきらドレスで踊ります

ダンスはお得意
歌もお得意
ピアノを弾くのも断然お得意

「おばあちゃま 一緒に踊りまちょう
「おばあちゃま 一緒に歌いまちょう」
「おばあちゃま 一緒にピアノ弾きまちょう」

二人で踊るダンスは最高!
二人で歌うデュエットは最高!
二人で弾く連弾は最高!

もしも
私に孫がいたなら
その子は王子様
冠かぶりステッキ持って

ダンスはお得意
歌もお得意
ピアノを弾くのも断然お得意

「おばあちゃま 一緒に踊りまちょう
「おばあちゃま 一緒に歌いまちょう」


「おばあちゃま 一緒にピアノ弾きまちょう」

二人で踊るダンスは世界一!
二人で歌うデュエットは世界一!
二人で弾く連弾は世界一!

夢は広がる
もしも・・・
もしも・・・

孫は目に入れても痛くない
と言いますが

かわいくて
かわいくて
どうしようもなくかわいくて
目に入れても痛くないほどなのですね

夢は広がる
もしも・・・
もしも・・・



2018年8月29日水曜日

京都名水


 京都には古くから京の三名水と呼ばれる名水がありました。五条堀川下るにあった井戸、醒ヶ井(さめがい)は現在は石碑のみが残っています。平安時代、源頼義(988~1075)が築いた六条堀川邸の井戸だと伝えられているそうです。千利休や織田有楽斎などに愛用され、天下一の名水と言われていたそうです。京都御苑の西北、宮内庁京都事務所の裏側には、縣井(あがたい)がありました。江戸時代には、この辺りに一条家の邸宅があり、明治天皇の皇后となった昭憲皇太后の産湯にも使われたそうです。
唯一現存する現役の井戸は、梨木神社の染井です。京都御苑の東側、寺町通りに面しています。市民に愛され、毎日たくさんの人が染井の水を頂きに訪れています。自宅から自転車で10分たらずです。





以前ブログに書きましたが、ポアロは時々自転車で5分たらずの下御霊神社の井戸へ、水を頂きに行っています。下御霊神社からさらにもう少し足を延ばせば、梨木神社です。染井の水はまろやかで、お茶やコーヒーに合うとのことです。9世紀後半に栄えた藤原義房の屋敷があったそうです。染井の水を頂く時には、遥か昔に思いを馳せ、京都に湧き出る井戸水を有り難く思います。この事が後世に続いてほしいと願います。
梨木神社は境内の萩が有名で9月の17日から「萩まつり」が開催されます。




2018年8月28日火曜日

悲しい知らせ(まるこ)


 悲しい知らせが届きました。「ちびまる子ちゃん」の作者、漫画家のさくらももこさんが先日亡くなられました。53歳でした。1990年からのテレビアニメ放送で、ちびまる子ちゃんは国民的アイドルになりました。その人気は平成のサザエさんと呼ばれるほどです。面白くて愉快な「ちびまる子ちゃん」を、家族でよく見ていたものです。1970年代の時代背景だということですが、私の体験してきた昭和30年代と重なる部分がよく登場しました。作者自身の体験した小学校時代の実話を基にした作品だそうです。ヒット曲の「おどるポンポコリン」は、子供たちの人気を呼び、運動会などでよく取り上げられました。
ちびまる子ちゃんは、三世代家族です。おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、お姉ちゃん、そしてちびまる子ちゃんの六人家族です。私は三世代八人家族で、四人兄弟の末っ子です。どこかちびまる子ちゃんと通じるものがあるのかもしれません。
ちびまる子ちゃんの登場以来、家族は私のことを「まるこ」と呼ぶようになりました。我ながら、その理由を納得していました。家族の愛情を一身に受けて、明るくほがらか、天真爛漫、ぼけもあったりして、のびのび育っています。私がブログをスタートさせる時に、家族は「まるこの本箱」というタイトルを提案してくれました。日常のいろんな場面で、お母さんは「まるこ的」と言われます。ちびまる子ちゃんに似ていると自負している私は、嫌に思うことはなく「私はまるこ、ちびまるこ」を連発します。作者のさくらももこさんが旅立たれたことは、とても寂しく残念なかぎりです。ご冥福をお祈りいたします。

2018年8月27日月曜日

満月の夜に


 昨夜は満月でした。月光を遮るものは無く、うっとりと眺めました。月は人の心を魅了します。月の名前もいくつかは知っていますが、三日月、上弦の月、十三夜月、十六夜、など月の満ち欠けによる名前は、文学的です。




満月の明るさは、月の光でピアノを弾けるほどです。私の好きなベートーヴェンのピアノソナタ「月光」を、ついつい弾きたくなります。月の光の中で、「月光」に没頭して弾くことは、至福の時間です。満月を見ながら月光を浴びて、もの思いに耽るのも素敵な時間です。パワー、エネルギー、不思議な力をもらえるようです。詩人?作家?になれるような錯覚を感じます。酷暑が過ぎ秋の気配を感じながらも、まだまだ残暑厳しい日が続いていますが、満月に心癒されるひと時をもらいました。

2018年8月24日金曜日

私の好きな歌「少年時代」


お盆が過ぎた頃から気温も少し下がり、盛夏を脱したようです。秋を感じさせる心地よい風が流れ、ツクツクボウシの鳴き声も聞こえてきます。毎年この時期になると、自然に口ずさんでしまう歌があります。井上陽水作詞作曲の「少年時代」です。平成2年に映画の主題曲として登場した歌です。初めて聞いた時から、大好きな歌になりました。哀愁と抒情が溢れています。遠く過ぎ去った青春が脳裏に浮かんできます。誰にもある青春時代です。私だけでなく、たくさんの人に好かれている歌だと思います。

「夏が過ぎ 風あざみ
 誰のあこがれに さまよう
 青空に残された 私の心は夏模様

 夢が覚め 夜の中
 永い冬が 窓を閉じて
 呼びかけた ままで
 夢はつまり 想い出のあとさき」

















台風20号が去り青空が出てきました。

2018年8月23日木曜日

 ピアノの力(駅ピアノ)


 駅ピアノの存在を知ったのは数年前のことです。確かフランスから始まったと記憶していますが、その時はユーチューブを見て感動しました。最近NHKのBS1で、世界の駅ピアノが放送されています。放送時間が決まっていないようで、番組と番組の隙間を埋めるような駅ピアノです。偶然見ることができてから番組表をチェックするようになりました。夜中に放送されたり、本当にまちまちの時間で放送されていて一定ではありません。
  


 駅ピアノは、たくさんの人が乗り降りし利用する駅にピアノを置いて、誰でもピアノが弾けるように、「ピアノが弾きたい人はいつでもどうぞ」という趣旨で行われています。定点カメラが設置されているので、ピアノを弾く人の様子やコメントが映ります。音楽に国境はありません。たくさんある楽器の中でも、ピアノは誰にも馴染みある楽器です。音を出すことは容易です。赤ちゃんでも小さな手で、音を出すことができます。
映像に映る人達は、いろんな国の人達です。仕事もさまざまで、ホームレスの人もいます。私が観た時は、アメリカのロサンゼルス、チェコのプラハ、オランダのアムステルダムの映像でしたが、とても感動しました。日本社会ではあまり見ないような、ラフな服装の人がほとんどでした。気軽にピアノの前に座り、思い思いにピアノを弾きます。驚くのは、ほとんどの人が独学でピアノを弾いているのです。オリジナルの曲もあります。自分の想いをピアノで表現しています。長年ピアノに携わってきた私にとっては、目からうろこです。これこそ本当の音楽のように思えます。「好きこそものの上手なれ」です。映像に登場する人達は、皆さんピアノが大好きで、音楽が大好きで、心の中を表現しています。
コメントも哲学的です。
「音楽は自分のすべて」
「ピアノは自分のパートナー」
「ピアノに癒されている、救われている」
「いつでも夢を忘れない」
など、音楽に、ピアノに対する愛情と情熱が溢れています。
ある男性は「これまでの自分の人生には良かったものは何一つ無い。駅ピアノを弾いている時に声をかけてくれた女性と出会い、愛し合っている。駅ピアノが幸せをくれた」と言っていました。傍らにはその女性がいます。素晴らしい光景でした。映像には、様々な人生模様が映ります。音楽と人、ピアノと人との絆です。音楽の力、ピアノの力を再認識しました。私にとってもピアノはパートナーであり、嬉しい時、悲しい時、苦しい時、心の内を大きな心で受け止め、いつもそばにいて見守っていてくれました。大きな存在です。

2018年8月22日水曜日

全国高校野球記念大会


 全国高校野球記念大会が終わりました。まだ興奮覚めやらぬといった感じです。今年は100回目の記念大会です。決勝戦は、北大阪代表の大阪桐蔭高校と秋田県代表の金足農業高校の対戦でした。桐蔭高校は、春夏の連覇を目指し、金足農業高校は、大会一回目の決勝戦に挑んだ秋田県代表に続き100年ぶりの記念すべき決勝戦です。決勝戦の試合が始まる前から、テレビでは金足農業高校のいろんな話題を提供してくれました。盛り上がりは大変なものでした。強豪大阪桐蔭高校に関しては、あっさりしたもののように感じました。どちらのチームを応援するかについて、大阪人のポアロは、大阪桐蔭高校を応援します。私は、テレビから得た情報を元に金足農業高校を応援します。金足農業高校の応援の席には、雑草軍団と書かれた横断幕が人々の目をひきます。強くたくましく、何事にも全力で立ち向かうといった、高校のスローガンのようです。決勝戦を前にして、高校では飼育しているブタが9匹の赤ちゃんを産みました。飼育担当の生徒が決勝戦に出ています。9匹のブタの赤ちゃんの姿もテレビに登場し、誰もが「かわいい!」を連発します。
試合が中盤に入ると、強豪桐蔭高校の強さが目立ってきます。実況中継をするアナウンサーの「応援席の空気が変わってきたようです。金足農業高校に大きな声援が送られています」という言葉が出ます。テレビの前にいる私達にも伝わってくるような、甲子園の熱風です。手に汗を握るといった状況で、試合が進んでいきます。日本人の判官びいきが表れているようです。金足農業高校に、何とかあと1点でも追加点が入るようにと願い祈ります。9回表で試合が終わりました。
  


結果が出たものの、しばらく放心状態です。試合が終わり、閉会式に向けて準備が始まります。少しずつ気持ちも落ち着いてきます。100回目の記念大会ということが、ずしりと響いてきます。大会委員長の言葉が胸に染み入りました。「三つのHが浮かんできます。ヒーロー、ハンドレッド、ヒストリーです」の言葉には、深い意味があるように思います。戦争をはさんでいるものの、100回という記念すべき大会です。全国高校野球選手権大会が100回も続けられてきたのです。若人の純真な心、野球一筋にかける青春、試合を見ている者にとっても、過ぎ去った青春時代がよみがえります。優勝チーム、準優勝チームが、球場を一周します。大きな拍手が送られます。甲子園の空には不思議なことに虹が出て、空からも若者達に声援が送られているようです。感動で瞼が熱くなります。いつものことながら「感動をありがとう」の言葉を贈ります。翌日のニュースでは秋田の空にも同時刻に虹が出ていたそうです。
 私のふるさと三重県は、県立白山高校が初出場の快挙を手にしました。県庁所在地津市の西部に位置する、山に囲まれた田園地帯にある小さな高校です。始めは部員の数も足りず、2年前までは県予選1回戦で敗退していました。今回三重県代表となった白山高校は、マスコミからも注目され「下克上」と言われました。野球部の部長は、女性教諭です。このこともマスコミは取り上げて取材をしていました。全国でも珍しいそうです。三重県代表となったことから、地元では大騒動です。応援団もありません。ブラスバンド部は、たったの8人です。俄か仕立てのブラスバンド部は、近隣の中高生も加わり80人となりました。寄付金集めも地元では大きな仕事です。甲子園での白山高校は、初々しさを感じる爽やかな印象を醸し出しています。初出場ということもあり、三重県人は一生懸命応援しました。勝敗にはこだわりません。甲子園に来たというだけで十分です。参加したことに意義ありです。
100回記念大会には、史上初の56校が出場しました。すべての人がふるさとを想い、それぞれのふるさとの代表高校を応援します。皆が盛り上がる素晴らしいものです。高校野球が終わるとともに、2018年の夏が終わった気がしています。

2018年8月21日火曜日

プチプチトリップ(日吉ダム-2)


 京都府南丹市日吉町にある日吉ダムは、20年ほど前に造られました。この地域は、京都丹波高原国定公園になっています。ダムの周辺には、いろんな施設があります。道の駅「スプリングスひよし」には、レストランや売店、無料足湯があります。温泉施設も整っています。室内温水プールや体育館、グランドゴルフやキャンプフィ-ルド、BBQガーデンもあります。

ダムの下の広い芝生はグランドゴルフ場


左がレストラン、真ん中は温泉プールと温泉施設、右は体育館

バーベキューコーナー


レストランで昼食をと思っていましたが、1時間待ちとのことで諦め、売店でおにぎりとお弁当を買って木陰で食べました。ダム周辺の建築物は、建築学会賞をとっているとのことです。ダム湖を眺めながら、少し散策しました。ダムのそばにはビジターセンターがあり、ダムについてのいろんな説明を知りたかったのですが、残念なことにこの日は休館日でした。日吉ダムは、堰堤が長く、たくさんあるダムの中でも珍しいそうです。438メートルもあるそうです。ダムの底にはかつて集落があり、120軒ほどの家があったそうです。
 
ダムカレーが名物ですが満員であきらめました

ビジターセンター

7月豪雨のあと雨が降っていません

貯水率60%らしいです


広い駐車場には、他府県からの車もたくさん停まっていました。遠くは関東地方や四国、中国地方からの車もありました。夏休みということで、たくさんの人が訪れていました。気温も28℃ほどに下がり、心地良い風が流れていきました。
 自宅から30キロほどのところに、素晴らしい日吉ダムがありました。途中には田園風景が広がり、美しい山並みが続き、空気が澄み、都会に暮らす人達にとっては憧れの場所でした。帰りは高速道路を走り、あっという間に京都の街に戻りました。プチプチトリップですが、楽しい一日でした。

2018年8月20日月曜日

プチプチトリップ(胡麻、日吉ダム)


 7月の西日本豪雨の時には、京都の桂川嵐山では危険水位を超え心配な状況となりました。その時に、桂川上流にある日吉ダムから放水が行われ、なお一層の心配状況となりました。大事に至らず良かったのですが、ダムからの放水については、他県で被害拡大となり問題になっています。ダムについて興味関心を持った私は、行ったことのない日吉ダムへ行きたくなり、プチプチトリップで出かけました。自宅から30キロほどのところにあります。
行きは国道9号線で、亀岡市を通りました。途中の公園で満開になっているたくさんの蓮に遭遇しました。ちょうど見頃となっていました。お盆を迎える頃に、タイミングよく満開になったようです。私達は、嬉しくて車を停めて写真を撮りました。広い公園の池一面に咲く、薄ピンク色の蓮の花はとても美しく、お盆にピッタリの景色でした。上空からはパラグライダーが連なって池の向こうへ降りてきました。





次に最近テレビで知ったJR山陰線の胡麻駅に寄りました。京都府南丹市日吉町にあります。無人駅で、一時間に1本しか停まりません。私達が着いたちょうどこの時に電車が来て、十人ほどの乗客が乗って行かれました。駅舎に郷の駅が併設されていて、その土地のものが売られていました。日本全国に過疎の村が増えつつありますが、胡麻地区もその一つです。移住者を募っています。空き家バンクでは、たくさんの物件が紹介されています。テレビに登場したある家族は、東京からの移住でした。外国人男性との国際結婚をした女性が、田舎暮らしについて話されていました。お店は無く、移動物品販売の自動車が何ヶ所も回っています。





胡麻駅から1キロぐらいのところに、かやぶき音楽堂があります。その存在は、ずいぶん前から知っていますが、行きたいと思いながらもまだ実現していませんでした。周りを田園に囲まれた、美しいかやぶき音楽堂です。ご夫妻でピアノデュオコンサートをされていた有名な音楽家です。残念なことに近年ご主人は亡くなられています。外国の方です。コンサートには行けなかったのが、心残りです。




かやぶき音楽堂を見てから、日吉ダムへと向かいました。