2014年1月8日水曜日

ある人からの年賀状


 私達が結婚して以来、ずっと四十年以上も年賀状を出している人生の先輩から、今年は心に残る年賀状を頂きました。 

「私達二人は卒寿を迎えました。今回をもって筆を折らして頂きます。長い間有り難うございました」

御主人は九十二歳、奥様は九十歳になられる御夫婦です。日本が世界一の長寿国となり、二人そろって百歳を迎える夫婦も、これからは増えることと思いますが、社交儀礼の線引きをどこでするかは難しいのではないでしょうか。

 今迄の経験では、こちらが年賀状を出して返事が来なくなると「お元気なのかどうか、どうされたのか」と、気がかりになりました。私の母は、心筋梗塞で突然亡くなったので、線引きする前に命が終わりましたが、父の場合は「年賀状どうしよう」と言いながらも、八十八歳の最期まで出し続けました。何度も「年賀状終わりにします。と書こうか」と言っていましたが、自らの線引きはすることなく亡くなりました。

 我が家のまんたん(義母)は、初期の認知症と診断され、現在はホ-ムで暮らしています。去年の年賀状は、私達が代行しました。一人ではできません。しかし体は丈夫です。百歳は越えられそうです。皮肉なことです。今年も年賀状が何枚か、まんたんあてに届きました。そこで私達は、先述の線引きのあいさつを書いて、ポアロ(夫)の名前で返事を出しました。自分で自分のことができる間に、線引きをする必要があると痛感しています。いつ線引きをすればよいのか、先のことは誰にもわからないことで、予測不可能で非常に難しいと思います。これは年齢に関係ないことかもしれません。今年は年賀状で考えさせられました。

2014年1月6日月曜日

新しい年の初めに


 「初春のお慶びを申し上げます」 

 新しい年がスタ-トして、六日が過ぎようとしています。我が家の元日は、毎年同じですが、ゆっくり目に起きて、お屠蘇とおせちとお雑煮で新年のあいさつを交わします。たくさん食べてお腹がいっぱいになり、後片付けをすませてから、おもむろに年賀状をポストに取りに行き、目を通します。出していない人からの年賀状があれば、急いで書いて、それから家族で初詣に出かけます。

 今年は京都で初詣に行きました。まずは有名な平安神宮へお参りしました。いつものことながらたくさんの人でにぎわっています。

 
 


その次に粟田神社へお参りしました。ここはそれほど知られていないので、地味な静かな感じでした。大きな神馬の像があったので、記念写真を撮りました。今年の干支は午です。感慨深く眺めました。

 
 


そして帰り道に、東三条大将軍神社というのがあったので、お参りしました。樹齢八百年の大きな銀杏があり、感動しました。
 


 朝食と昼食を兼ねての食事を済ませているので、初詣はゆっくりのんびりした気持ちで、キョロキョロしながら、新しい年のスタ-トを味わいました。

 天皇陛下のお言葉の通り「日本そして世界が安寧でありますように」と、祈りたいと思います。

2013年12月24日火曜日

メリ-クリスマス


 休刊中ですが、我が家のシルバニアの家族達が続々と登場してきたので、クリスマスツリ-と一緒に記念写真を撮りました。きれいな写真ができましたので、皆様にお届けします。どうぞ御覧下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 

2013年12月19日木曜日

クリスマスプレゼント


 12月に入ると、町中クリスマス商戦でにぎやかになります。この季節になると、子供達が小さかった頃を、懐かしく思い出します。毎年子供達へのクリスマスプレゼントを何にしようかと、いろいろ考えました。子供達が小学生だった頃、当時大人気だったシルバニアを作ろうと、ポアロ(夫)が言い出しました。まず始めにハウス作りです。二階建てで、階段も窓も天窓もえんとつもドアもあります。器用なポアロは、売られている商品よりも、形も色もセンス良く仕上げました。ハウスの次は家具作りです。テ-ブルやイス、ベッドにベンチ、流し台やレンジ台、食器棚、水かめ、シ-ソ-、細かい作業が続きます。この時ばかりは秘密にできず、子供達は、次から次へと仕上がっていく父親手作りのクリスマスプレゼントが、嬉しくて興味津々で見守っていました。

 ハウスと家具が完成して、次に野菜作りです。さつまいもにナス、かぼちゃ、キャベツ、ブドウ、本物そっくりに仕上がっていきます。人形はいくつかもらっていたので、私は何も作らないまま、完成ということになりました。子供達の満面の喜びの笑顔が忘れられません。ポアロの器用さには、本当に驚き感心しました。

 クマの家族は五人家族です。リスも二匹います。モグラも一匹います。子供達は、何年間か友達とこのシルバニアファミリーで、楽しく遊びました。子供達が遊んだ後は、我が家の宝物になりました。今もリビングに飾られています。高価なクリスマスプレゼントは、どれだけでもありますが、ぬくもりのある手作りのプレゼントは、世界に一つのものです。我が家の歴史の一コマとして、家族みんなの思い出となりました。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


  明日から冬休み休暇に入り、しばらく留守をしますのでブログを休みます。

皆様どうぞ良いお年をお迎えください。

2013年12月18日水曜日

「かあこ1年生」 (22)たのしいクリスマス


かあこの絵日記です。

「きょうはたのしいたのしいくりすますでした。おかあさんにけえきをたくさんつくってもらいました。おにいさんやおねえさんに、おへやには、みどりやむらさきやきいろのてえぷをつくってもらいました。つくえのうえには、くりすますつりをかざってもらいました。くりすますのおじいさんやおほしさんやろうそくやいえやきんのたまやたくさんきれいにかざってありました。よるうたやおどりやにぎやかでした。わたくしは、うたをうたいました。うたったうたは、ゆうひのおかでした。わたくしは、おどりもでました。おどりは、きんのおくにをおどりました。きょうのくりすますは、ほんとにたのしいたのしいくりすますでした。そしていちばんおわりにきいよしをみんなでうたいました」

 


*実家は浄土宗の檀家ですが、隣の町にあるキリスト教の教会に、オランダから来られた神父御一家と、家族ぐるみのおつきあいをしていたせいか、その当時としては珍しく、母は、宗教を離れてのクリスマスをして、子供達を喜ばせてくれました。私がもっと小さい時は、サンタクロ-スに扮した母のサプライズに、驚いて泣いたものです。

2013年12月17日火曜日

札所参り(2)花山院


 先日、西国三十三ヶ所番外札所の花山院へ行ってきました。兵庫県三田市にあります。花山院は、東光山菩提寺の別称です。開基は法道仙人、創建は651年です。西国霊場を再興したとされている花山天皇が、992年十九歳で隠棲されたところです。花山天皇は、四十一歳で亡くなられ、その御廟所があります。私達は25年前にお参りしているのですが、記憶がありません。朱印帳に年月日が書いてあるので確かに来ているのですが、こんなに高い山のほぼ頂上まで車で登ったという記憶がありません。有馬富士を見ながら、急な坂道を上った終点が、花山院です。標高400メ-トルです。紅葉の見頃も過ぎた、師走の寒い日の午後三時を過ぎて、到着しました。若いカップルが、一組お参りに来ていただけで、ひっそりと静まっていました。

 

 納経所の住職さんが、四季折々の花山院から見える景色を撮ったアルバムを見せて下さいました。さすが山の頂上というほどの高さからは、季節により天候により、瀬戸の海や小豆島も見えるそうです。晩秋の早朝には、素晴らしい雲海があらわれます。夕日の写真も、とても美しかったです。花山院からの素晴らしい景色を見るためには、お参りというより、雲海や夕日や海や小豆島を見ることができる、季節や時間に来なければなりません。アルバムを見せて頂いたおかげで、今迄知らなかった花山院の姿を、知ることができて感動しました。

 花山天皇が詠まれた歌

「有馬富士 ふもとの霧は 海に似て

      波かときけば 小野の松原」は、千年以上の時の流れの中で、変わることのない、花山院からの素晴らしい眺めを、思い起こさせてくれるようです。
 

 

2013年12月16日月曜日

サイクリング(7)


 先日、京都嵐山・嵯峨野方面へサイクリングに出かけました。まるこ&ポアロで出かけました。私の自転車はタウンサイクルです。前にはカゴもついています。小さなショルダ-バッグに必要最低限のものを詰め込み、ポアロはカメラと地図とお茶のペットボトルをカゴへ入れて走ります。

 三条通りを西へと走ります。途中太秦では一本横へ入った大映通り商店街を走りました。昭和三十年代、日本のハリウッドとして隆盛を誇った商店街です。映画全盛の頃には、東映・松竹・大映の大きな映画撮影所が、たくさんの映画を製作していましたが、今は製作する映画の数も減り、以前とは比べものにならないほど静かです。東映映画村は観光客が多く集まるので別ですが。十年ほど前、私は東映のシナリオ学校へ少しだけ通いました。撮影所の中の教室で講義を受けましたが、ずい分古い歴史を感じさせる建物でした。商店街は今も活気があるように感じられました。

 そして嵐山に到着です。18号台風で大きな被害を受けた桂川の岸には、流木も多く残っています。テレビであの日の映像を見た時には、復旧までにはずいぶん時間がかかるであろうと思いましたが、その復旧はすごいピッチで行われ、この日は土曜日でたくさんの観光客でにぎわっていました。

 嵐山から嵯峨野へ抜ける途中に、有名な豆腐屋さんがあります。私達はそこで豆腐を一丁買いました。コンビニでおにぎりと小さなしょうゆを買って、おにぎりと豆腐を昼食にしました。外で食べる冷ややっこは初めてのことで、とてもおいしいものでした。

 そして広沢の池へゆるやかに下っていく道は、あぜ道のような感じで、遠くに小倉山、愛宕山、高尾山を臨み、ゆかいなかかしの行列もあったりして、とてものどかなふんいきでした。
 


 


仁和寺、竜安寺、金閣寺の前を通りました。立命館大学の前では、チャリダ-グル-プとすれちがいました。彼らはすごいスピ-ドで走っていきました。圧倒されるほどです。おじさんおばさんのサイクリングにしては、今回はだいぶ遠出をしたことになります。

 所要時間4時間、走行距離は約26キロでした。

2013年12月15日日曜日

「言葉遊び」


私は言葉遊びが大好きだ

五・七・五 俳句ができた

五・七・五・七・七 短歌ができた

言葉をいろいろ並べるだけでとても面白い

 

私は言葉遊びをする

五・七・五 川柳ができた

自分で作って自分で笑う

五・七・五・七・七 短歌ができた

自分で作って自分で悦に入る

言葉をいろいろ並べるだけでとても楽しい

 

言葉遊びは一人遊び

いつでもどこでもできる遊び

 

思ったことを書いてみる

感じたことを書いてみる

それそれ詩ができた

 

誰でもできる楽しい遊び

生涯学習なんて言わないで

ただただ遊ぶ

無心に遊ぶ

言葉で遊ぶ

ころころ言葉をころがせて

2013年12月14日土曜日

私の好きなことば「気は長く、心は丸く、腹立てず、口慎めば、命長らえ」


 お寺を訪れた時によく目にする言葉です。この言葉を口にすると、まるで修行僧のような感じがします。「命長らえ」は別としても「気は長く、心は丸く、腹立てず、口慎めば」は、生身の人間からは、程遠いように思われます。まるで聖人君子のようです。凡人には真似できそうにもありません。実行不可能、大です。実行不可能だから、実現不可能だから、これを目標とし、少しでも近づけるように、心がけるのだと思います。毎日の暮らしの中での心がけ、微々たる心がけが、積もり積もって、いつの日か変化をもたらしてくれるのかもしれません。時々この言葉を唱えるだけで、成果が出るかもしれません。

2013年12月13日金曜日

「かあこの絵日記」 (21)力作の絵?


 かあこは、一生けんめい絵を描きました。

 

かあこの絵日記です。

   「むしめがね」

「きょうは、10円で、さしを、はやしで、かいました。そして、ちょうめんも、かいました。さしの、うえに、むしめがねが、ついて、いました。それで、おもしろいので、わたくしは、おかあちゃんの、かおを、むしめがねでみたら、おかあさんの、かおが、ぼやっと、みえました。そして、わたくしは、こくごの、うらの、じを、みたら、おおきくみえたので、わたくしは、ながいこと、みつめて、いました」

 



*はやしは、学校の前にある文房具屋さんです。
 

かあこの絵日記です。

   「ゆきだるま」

「きょうの、あさから、ゆきが、たくさん、ふりました。わたくしは、がっこうから、かえって、おねえさんと、おにいさんと、わたしと、ゆきだるまを、つくりました。てで、ゆきを、あっちや、こっちや、あつめて、はしから、はしえと、ころころと、ころがせて、そして、きれいな、ゆきを、よせてきて、その、まるへ、こてで、ぬってから、また、あたまを、つくります。わたくしは、ちいさい、ばけつへ、きれいな、ゆきを、いっぱい、いれて、あたまの、うえに、のせました。そして、まひげや、めや、はなや、くちを、きで、つくりました。やっと、ゆきだるまが、できたので、おかあさんに、みせたら、おかあさんが『きれいに、できたなあ』とおっしゃいました」

 

 

かあこの絵日記です。

   「すりっぱ」

「きょうは、みずえねえちゃんに、すりっぱを、ばふんしで、つくって、もらいました。できおわったら、わたくしは、うれしくて、すぐ、はきました。そしたら、ちゅくりと、ゆうたので、みてみると、はりがささって、いました」