2017年3月28日火曜日

師匠

 先日車で走行中のことです。ラジオから難しい会話が聞こえてきました。「あなたが師匠と呼ぶ人は誰ですか?」との質問です。ラジオからはよくわからない会話が続いています。この質問に、「私は即答できるは、母よ」と運転しているポアロに言い「なんて答える?」と尋ねました。ポアロは「わからん」と言いながら考えているようです。この質問はとても難しいと思いました。私のように即答できる人は少ないかもしれません。じっくり考えてから答える人が多数だと思います。常日頃からこの分野について考える機会は、あまり無いように思います。幼稚園から社会へ出るまで、どれだけたくさんの先生にお世話になったことでしょう。私が音楽の道を歩んできた過程でも、どれだけたくさんの先生にお世話になったことでしょう。先生だけでなく、たくさんの人にお世話になりました。しかしそれはその時々の点であり、その点が連なり身について今の自分の元を作っているのだと思います。私が「師匠は母」と即答したのは、人間として女性としてお手本となっているのが母だからです。母は物静かで控えめで芯を内に秘め、戦中戦後を生き抜きました。おしゃべり上手でない母が、たくさんの人から慕われ人望あつかったのは、母の人間性だと思います。母の生きる姿から、私は大切なことを学んでいます。その基本は愛情と信頼です。愛情も狭い範囲のものではありません。家族から隣人、そして社会へと広がります。自分が傷ついても許せる心を持つのも愛情です。人から信頼してもらうことは、まず自分を厳しく律する自分でなければなりません。人生には苦しみがたくさんありますが、忍耐強く辛抱することも学びました。その先には必ず明るい道が開けるということも知りました。母が旅立って二十年以上経っていますが、多くの人が母を偲んで下さいます。嬉しいことです。
 あとで知ったのですが、ラジオから聞こえてきた質問は、横綱稀勢の里の話題から始まっていたのです。稀勢の里が今は亡き師匠元横綱「隆の里鳴門親方」から教えてもらったことが話題となっていたのです。おしん横綱と言われた隆の里から教えてもらったことは、「最後まであきらめるな。耐えろ。耐えて耐えて耐え抜け」だったそうです。ケガをした稀勢の里は、誰もが休場すると思いましたが、優勝するに至ったのです。日本中が感動しました。稀勢の里と師匠「隆の里」の絆には、誰もが感動します。皆がふと立ち止まって、自分は誰を師匠と呼ぶのか、考えるきっかけを示してもらったように思います。後日ポアロから答えが返ってきました。社会人になって初めて指導を受けた会社の三人の先輩方ということです。

   

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