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2025年11月11日火曜日

時代の流れ(侘しい光景)

  京都暮らしは早26年になります。京都には寺町を中心にして、お寺がたくさんあります。私たちが住み始める前は、歴史あるお寺が並んでいたそうです。近代化の波が、京都に押し寄せて、次から次へと、マンションが建っていきました。お寺は他所へ引っ越し、マンションが建っていったのです。

 我が家に隣接するお寺は、他所へ引っ越しせずに、かろうじて元のままの場所にあります。毎朝の鴨川散歩の時に、私は、本堂を眺め、山門を眺め、取り囲むように建っているマンションに、時代の流れを感じています。侘しき光景です。この先もお寺の本堂や山門が、姿を消すことなく、存続してくれることを願っています。







 

2020年2月3日月曜日

大騒動(新型コロナウイルス)


 中国の大型連休「春節」が終わりました。たくさんの人が日本へ来られ、同時に武漢で新型コロナインフルエンザの発症が起こりました。みるみるうちに世界へと広がり、対岸の火事ではなくなりました。テレビでは一日中、専門家を招き詳しく説明しています。日本で発症者が出て、帰国チャーター便も出されました。先日スーパーやドラッグでは、マスクがすべて売り切れになっていることを知りました。手持ちのマスクがいくつかはありますが、もう少し買っておこうと思った時は、時遅しでした。皆さんの行動は迅速です。店の方では、いつ入荷するかわからないと言っています。この騒動がいつまで続くのか、いつ終息するのか、心細い限りです。体力の無い高齢者は、静かにじっとしていなければなりません。マスク着用と手洗い、うがいに励まねばなりません。用心、用心です。
 日本に暮らす日本人が発症したことは、大きなショックでした。現代はグローバル社会です。日本で暮らす中国の人もたくさんいます。留学生もいます。入国拒否の策も仕方のないことかもしれません。先日三重県で中国人の方が発症したというニュースを聞いた時は、驚きました。のんきに県全域を頭に描きましたが、そうではありませんでした。なんと三重の家のすぐ近くにある総合病院に入っておられるとのことです。真偽のほどはわかりませんが、どこからこんなことが外へ漏れていくのか不思議です。怖いほどです。とにかく早く終息するよう願っています。

2019年12月10日火曜日

借景


 三重の家の玄関前には、桜、吹き抜けから見える裏には、エノキ、モミジどちらも素敵な借景です。桜は真っ赤に紅葉した葉が散り始め、残り少なくなっています。エノキは美しい黄色です。川沿いの公園には真っ赤なモミジが見えます。毎年のことながら、桜やエノキを家の中から見て喜んでいます。 

玄関扉を開けると桜の紅葉

吹き抜け階段からは隣のエノキの黄葉

東をのぞき込むと川沿いのモミジ

 結婚してマンション暮らしが始まり、15年ほどはいくつかのマンションで生活しました。初めて戸建て住宅を買った時は、40歳、夢が広がる働き盛りでした。競争厳しい抽選に当たり、気持ちは高揚し、庭作りにも燃えました。人間の世話だけでフーフー言っている私は草花の世話も苦手で、張り切っているポアロにすべてを任せました。ポアロは庭の図面を書いて、ここにはモミジ、ここには楡の木、ここにはキンモクセイ、垣根はサザンカ、花壇はここ、あとは芝生を植える、というふうに進んでいきました。新築の庭に植えられた木は、小ぶりの若い木でした。若木も一年一年と成長していきます。20年経った頃には、大木となりました。素人の枝掃いだけではおっつかなくなり、植木屋さんに入ってもらうこととなりました。家族の事情も変化し、この家とも別れる日が来ました。最後の仕上げとして、植木屋さんが床屋のようにさっぱり切ってくれました。
 戸建ての住宅の庭に木を植えるということの、大変さを経験しました。始めは若木でも、長い歳月の中で大木へと成長していきます。大木となった木を切るというのは、忍びないことです。三重の家を建てる時には、私は頑として「木は植えない」と、主張しました。実家の大木となったクスノキやエノキ、父が晩年に植えた桜の木など、借景を楽しむことができます。借景に感謝です。

2019年9月26日木曜日

近所の彼岸花


 京都御苑で彼岸花が咲き始めたのを発見してから一週間が経っています。いつもならお彼岸には満開になる近所の彼岸花が開花しました。少し遅れたようです。河原町通りや二条通りの並木の足元に、数本ずつかたまって咲き始めました





。彼岸花の群生は、今年は見ていません。田舎に咲く彼岸花と、都会に咲く彼岸花に、違いはあるのでしょうか。都会に咲く彼岸花は、少し気取って、すました表情に見受けられます。見る側の人の心に、違いがあるのかもしれません。京都御苑の彼岸花から始まり、近所の彼岸花も見ることができて、彼岸花に季節を感じています。

2019年6月11日火曜日

ホタル2019


 今年もホタルの季節がやってきました。先日木屋町高瀬川で恒例のホタルまつりが催されました。今年は行けませんでしたが、去年のホタルまつりを思い出します。
ホタルまつりの三日ほど前に、鴨川から高瀬川へ水を引き込むためのみそそぎ川へ行ってみました。日没間際に行ったのですが、やがて暗くなってもホタルの姿はまだありません。観光客の人も地元の人もたくさん集まっています。皆が「まだかな、まだかな」と言い合っていると、八時頃やっとホタルが飛び始めました。あちこちから歓声が上がっています。多くのホタルがタイミングを合わせて光ります。不思議な光景です。






いつものみそそぎ川で見るホタルより、たくさんのホタルです。暗闇の中を飛び交うホタルは、幻想的です。みそそぎ川では、地元の人たちが「ホタルを守り育てる会」を作って活動されています。その方々の努力、ご苦労によって、十年ほど前からみそそぎ川にホタルが戻ってきました。ありがたいことです。京都の町の中でホタルを観賞できるとは、本当に贅沢なことです。一年に一度のホタルとの出会いに感無量です。

2019年2月27日水曜日

近所のおばさんの畑


 三重の家の近くに住んでおられる女性は、野菜作りの達人です。八十歳近いと思いますが、とてもお元気です。手広く田んぼもされています。広く続く田んぼの隅に、畑があります。季節々の野菜を育てておられます。買い物に行く時は畑の前を通るので、いつも観察させてもらいます。






 プロの野菜作りは、野菜の育ち方が違います。栄養いっぱい、元気いっぱいで、素晴らしい成長です。家庭菜園や貸し農園で、趣味として野菜作りをされているシニアの方もおられます。一次はブームになったほどです。愛情を注ぎ、手塩にかける野菜作りは、苦労もあると思いますが、育てる喜びのほうが大きいのかもしれません。もぎたて、採りたての野菜の味は格別なのだと思います。この畑は3月になると一時的に隣りの田んぼの苗代になります。



2018年10月1日月曜日

萩まつり(梨木神社)


 京都市上京区にある梨木神社は、京都御苑の東側に隣接しています。境内にある井戸水は、染井の水と呼ばれ京都三名水の一つです。ポアロが時々水をもらいに行っている馴染みの神社です。毎年9月に萩まつりが催されますが、今年はお出かけと重なり行けませんでした。先日買い物のついでに寄ってみました。萩の花はまだ咲いていました。ピンクや白の花がたくさんありました。約500株植えられているそうです。







萩の枝には、短歌が短冊に書かれてつるされています。京都らしい風流な行事です。そんな梨木神社ですが、時代の流れに乗って敷地内に分譲マンションが建ちました。数年前のことですが、たくさんの批判が寄せられました。「長い歴史を持つ梨木神社が、敷地を売却するとは何事か」京都御苑の隣に分譲マンションです。いろんな反対運動も起こりましたが、梨木神社の経営も大変なようで、反対を押し切りマンションは完成しました。鳥居がある参道に立つと、後ろにはマンションが迫っています。いくら時代とはいえ、少し場違いのように感じてしまいます。京都御苑のそばに暮らすというステータスは得られると思いますが、きっと居心地は悪いと思います。
先日は京都御所から天皇の高御座が、東京へと引っ越しました。来年の天皇即位の時に使われます。京都に時代の変化が刻々と起こっています。

2018年8月29日水曜日

京都名水


 京都には古くから京の三名水と呼ばれる名水がありました。五条堀川下るにあった井戸、醒ヶ井(さめがい)は現在は石碑のみが残っています。平安時代、源頼義(988~1075)が築いた六条堀川邸の井戸だと伝えられているそうです。千利休や織田有楽斎などに愛用され、天下一の名水と言われていたそうです。京都御苑の西北、宮内庁京都事務所の裏側には、縣井(あがたい)がありました。江戸時代には、この辺りに一条家の邸宅があり、明治天皇の皇后となった昭憲皇太后の産湯にも使われたそうです。
唯一現存する現役の井戸は、梨木神社の染井です。京都御苑の東側、寺町通りに面しています。市民に愛され、毎日たくさんの人が染井の水を頂きに訪れています。自宅から自転車で10分たらずです。





以前ブログに書きましたが、ポアロは時々自転車で5分たらずの下御霊神社の井戸へ、水を頂きに行っています。下御霊神社からさらにもう少し足を延ばせば、梨木神社です。染井の水はまろやかで、お茶やコーヒーに合うとのことです。9世紀後半に栄えた藤原義房の屋敷があったそうです。染井の水を頂く時には、遥か昔に思いを馳せ、京都に湧き出る井戸水を有り難く思います。この事が後世に続いてほしいと願います。
梨木神社は境内の萩が有名で9月の17日から「萩まつり」が開催されます。




2018年7月9日月曜日

豪雨の被害


 甚大な豪雨の被害に見舞われた日本列島で、やっと全容がわかってきています。九州から、四国、中国地方、近畿地方、岐阜県、北海道まで、広い範囲にわたり大変な被害が出ています。京都の有名な観光地嵐山では、桂川の水位が氾濫危険水位を超え、住民に避難指示が出ました。川上にあるダムが、満水になったため、放水を始めました。豪雨とダムの放水とで、桂川の水位はみるみるうちに上がっていきます。テレビを観ている私達も、どうなることかとはらはらドキドキでした。5年前には、桂川が決壊して嵐山一帯が冠水しました。復興には時間がかかり、住民の方々は大変な経験をされたのでした。その時と同じようなことになるのではないかと心配しましたが、氾濫寸前で豪雨は止まりました。家の近くの鴨川も、大変な状況まで追い込まれました。何日も降り続く大雨で水位は上がり、遊歩道も冠水しました。ポアロは雨降る中を、鴨川の様子を写真に撮ろうと出かけたのですが、パトカーを停めて市民に危険が迫らないように見守っている警察官に「危険ですので川に近づかないように」と制止されました。




そのすぐ後に、鴨川の三条大橋近くで、川岸の石壁が20メートルほどにわたって崩れました。水の力はすごいものです。どんどんえぐっていきます。京都府では、25万人もの人に、避難指示が出ました。土砂災害、川の氾濫など、あちこちで危険区域となり、携帯電話には50件ほど京都市から避難指示のメールが入りました。




 十年暮らした岡山県倉敷市でも甚大な被害が出ています。大きな川、高梁川流域です。自転車で走ったりドライブした地域です。吉備真備の出身地である真備町が、水害に襲われました。吉備真備公園へも行ったことがあります。テレビでは、吉備真備公園も避難場所と伝えています。雨が上がっても、元の町の姿に戻るのにはずいぶん時間がかかることだと思います。今回の豪雨は、50年に一度と言われるものとのことです。亡くなられた方、行方不明者、被災された方は多数にのぼっています。いつでもどこでも天災に見舞われる日本を思い知りました。