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2022年10月24日月曜日

ふるさと自慢 (ポアロ記)

 NHKの朝ドラ「舞いあがれ」の舞台は東大阪市の高井田、私の故郷の隣の学区です。大阪城の東に広がる中小企業の集中地域です。ネジ、金網、キャスターなど小型金物の生産で有名な地域です。また最近では人工衛星を地域の仲間で作り上げたというエピソードもありました。この朝ドラのセットやロケは見たことがある景色で懐かしく頭の中によみがえってきます。

 鉄と油の臭いのするこの地域に足を踏み入れるとフォークリフトが道路を我が物顔で走りまわっていました。私の隣家の息子さんもこの地域で金物加工業を立ち上げました。友達の父親はこの地でネジ屋を営んでいました。その友達は大学を出ると家業は弟に譲り金物部品業の商社に入りアメリカ暮らしとなりました。

 創意工夫がモットーのこの地域からはノーベル賞学者が2人誕生しています。江崎玲於奈さんと山中伸弥さんです。山中さんはまさにネジ屋さんの息子さんです。





 ドラマの主題でもある飛行機も縁があります。この地域の工業高校である布施工業高校には以前航空学科がありました。私はその滑走路跡で虫取りをした覚えがあります。今近大のキャンパスが広がっているところです。主人公は大学に進みますが、大阪府立大学には航空学科がありました。
 油や鉄の匂いがして、あまり綺麗とは言えない街並みですが大阪の工業化の発展の基礎となった街です。阪神工業地帯として海岸近くは重工業、内陸部は電気会社などが発展しましたがこの地域はそれらの製造会社を支える部品業で成り立っています。
 NHKの番組宣伝になりますが時間があったら見てください。俳優さんの大阪弁もまずまずのようです。
(ポアロ記)

2020年11月10日火曜日

CMソング

  テレビで流れるCMソングをいくつぐらい歌えますか。子どもから大人まで、CMソングを歌ってくれればその宣伝は大成功だと思います。子どもの頃から長きにわたって口ずさんできたCMソングがいくつかあります。先日その一つが破産に追いこまれました。1902年創業の老舗レナウンです。かつて日本一の売上高を誇った名門です。華やかな若い女性たちの映像にのって流れる軽快なメロディーは、愛唱歌になるほどのCMソングでした。ファッションにも憧れました。何着かは買いました。時代の流れとはいえ、淋しいかぎりです。

 「チョコレートは明治」のCMソングもよく口ずさみました。年上の従兄が勤めていたので、いつもお土産にチョコレートをたくさんもらいました。懐かしい子ども時代の思い出になっています。

 「わっわっわっ輪が三つ」のミツワ石鹸のCMソングも愛唱歌でした。子どもの頃に大人気だったテレビドラマ「名犬ラッシー」のスポンサーでした。1860年~1975年にかけて、製造販売された石鹸のブランドです。現在の状況については知りません。

 「ポンポンポンと時計が三つ、坊やおやつを食べました」で始まる大須ういろのCMソングも大好きでした。子どもの頃に覚えたCMソングは、いくつになっても忘れることはありません。当時の思い出とともによみがえります。

 今もテレビから流れてくるCMソングを、すぐに覚えて口ずさむ子どもたちは多いことと思います。時代とともに変化するCMソングです。

2020年10月30日金曜日

テレビの力

  今シニアの私たちにとって毎日の暮らしの中でテレビは欠かせない存在です。朝起きてから寝るまで、テレビから得る情報は大きなものです。見たい番組は、録画していつでも都合の良い時に見られるようにします。二つの局の番組を同時に録画することもできるようになりました。科学技術の進歩のおかげです。多大な恩恵にあずかっています。

昨夜は十三夜でした。十五夜に出る中秋の名月と並ぶ名月とされています。煌々と輝く十三夜の月にしばしの間見とれてしまいました。ウェザーニュースで知った情報です。

テレビを見ていて、恩師や知人に出会うこともあります。ずいぶん御無沙汰してしまっている方たちのお元気な姿に嬉しくなります。そういうことも何度かありました。

ニュースはよく見ています。地元のニュース、地域のニュース、日本全国のニュース、そして海外のニュースなど、目が離せません。娘が遠いフランスに住んでいるので、ヨーロッパ、フランスのことがいろいろと心配です。最近ではテロも起きています。残酷な酷い殺害をするなど、テロ集団は危険な存在です。コロナの感染拡大が大きくなり、再び非常事態宣言が出されました。今日から一ケ月ほど外出禁止となりました。国の努力が国民に届かないのでしょうか、国民性でしょうか、感染拡大を封じ込めるのは難しいようです。

聴力が落ちている私は、画面に字幕を出しています。その字幕でいろいろ勉強もできます。漢字の難しさ、読めても書けない漢字、今となってはあやふやになっている漢字、字幕を見ながら再確認です。特に同音異義語はためになります。テレビの力を味方にして日々過ごしています。

2020年4月22日水曜日

為せば成る(カンパネラおじさん)


 最近のことですが、テレビでカンパネラおじさんのことを知りました。今や有名人で、ユーチューブにも登場されています。ピアニストフジコ・ヘミングの演奏を聴いて感動し、弾きたいという一心で7年の歳月をかけて弾けるようになったそうです。職業は漁師で、楽譜は読めず、ピアノを弾いたことはなかった人です。リストのラ・カンパネラです。超絶技巧練習曲で難曲です。リストがこの曲を発表した時には、難しくて誰も弾けなかったような難曲です。素人のおじさんは、52歳から7年かけて、59歳の時に自分の夢を達成されました。世の中には、すごい人がいるものだと驚きます。
 半世紀ほど前のことですが、アメリカのピアニストアンドレ・ワッツが来日しました。私より少し年上の若い青年でした。テレビで彼の演奏を初めて聴いて、感動しました。リストのラ・カンパネラです。この曲を弾きたいという情熱で、先生にレッスンをお願いしました。楽譜を読むのも大変です。♯が5つの調で、臨時記号がたくさんあります。こんがらかって頭が変になりそうです。鐘が鳴る音を表現している部分は、2オクターブも飛んでの演奏です。小さな手を最大限に広げ、鍵盤の上を飛びまわります。楽譜を自分のものにするのも至難の業、弾きこなすのも至難の業です。途中でギブアップしそうです。弾きたいという一心で、レッスンをお願いした以上、挫折はできません。達成させるには、根性がいります。根気がいります。こつこつの努力です。曲を仕上げようという信念がいります。最後には暗譜です。こんなことを実現できた私は、今振り返っても若かった自分をよく頑張ったと褒めています。こんな積み重ねが、自分への自信へとつながりました。
 ピアニストフジコ・ヘミングは魂のピアニストと称されています。ヨーロッパで活躍されて、25年ほど前に帰国されて、脚光を浴びることとなります。その頃、テレビで彼女のことを知り、ファンになりました。彼女の人生が、演奏に滲み出ているのを感じます。
 カンパネラおじさんは、毎日7~8時間かけて、10個の音ずつ弾いて覚えていったそうです。素人のカンパネラおじさんに触発されて、私もまた弾き始めました。半世紀ほどの時を経て、まったく弾けません。もちろん暗譜などできていません。初めからの出直しです。一回弾くのに30分はかかります。若い時と違って、視力も体力も根気も落ちています。それでもまた弾けるようになりたいという想いが、頭を持ち上げています。ぼちぼち、こつこつの再チャレンジです。

2020年4月1日水曜日

連続テレビ小説「エール」


 今週からNHK連続テレビ小説「エール」が始まりました。作曲家古関裕而夫妻がモデルとなっています。1909(明治42年)福島県福島市に生まれた古関裕而は、1909(平成元年)に亡くなるまで作曲一筋の人生で、多くの名曲を残しました。国民的作曲家と呼ばれる彼の作品は、校歌、応援歌、行進曲、戦時歌謡、歌謡曲など多岐にわたっています。作曲した曲は、5千曲に及ぶそうです。作曲する時には、楽器を使わず頭の中だけで行ったそうです。子どもの時からよく耳にした「長崎の鐘」、東京オリンピックの「オリンピックマーチ」、甲子園全国高校野球の「栄冠は君に輝く」など、有名な曲がたくさんあります。優しく包容力を感じる風貌は、魅力あるジェントルマンでした。知らなかった彼の人生を、テレビを通して見ることができるのは楽しみです。

2020年2月19日水曜日

テレビの力(ぬか床)


 先日テレビを観ていて衝動買いに走ってしまいました。老舗の漬物屋のぬか床です。祖母や母は、毎日ぬか床からいろんな野菜の漬け物を食卓に出してくれていました。子供の時は、それほど食べなかったように思います。結婚して故郷を離れてからは、時々食べたくなりスーパーでぬか漬けを買うようになりました。帰省した時には、母のぬか漬けがとてもおいしく、おふくろの味を実感しました。あちこちを移動した暮らしをしている私たちには、ぬか床を作るなど発想もしませんでした。二ヶ所暮らしとなった今、ぬか床を持つことが可能かもしれないと、今回テレビを観ていて飛びついたわけです。スーパーでもぬか床のための材料が並んでいますが、今までは目にもとめませんでした。
今回飛びついた漬物屋は、和歌山県の、昔ながらの無添加の漬け物を作っている漬物屋です。今まで知らなかった言葉「野菜の捨て漬け」を知りました。ぬか床を作る最初の工程に、野菜の捨て漬けがあります。それが終わったぬか床を売っているので、購入したすぐから、おいしいぬか漬けができるのです。1㎏入りのぬか床が3袋と、調味料として唐辛子、みかんの皮、昆布が入っていました。 




前もってスーパーでぬか床の容器を買っておきました。ぬか床が届き、早速2袋を開封し、キュウリとナスを浸けました、キュウリは一日ほど、ナスは二日ほど漬けました。炊き立ての白ご飯とともにいただきました。懐かしい味です。続けて小かぶ、再びキュウリ、ナスを漬けました。
  



ぬか床を混ぜる時に、ぷんと匂う香りが、ぬか漬け女房(ぬかみそ女房)を、糟糠の妻を連想させます。米ぬか美人という化粧品もあります。ぬかが人間にとって健康食品だということを改めて認識しています。

2020年1月31日金曜日

テレビで再会


 先日何気なく見ていたテレビのワイドショーで、思わぬ人に再会しました。ポアロの同僚の方で、ポアロが独立してからも仕事でいろいろお世話になりました。私も何度かお会いしています。毎年の賀状のやりとりもしています。ポアロが数年前にお会いした時には、奥様が亡くなられたことを知り大変驚きました。かつて東京の社宅で、ご一緒していたこともあったのです。



 テレビのワイドショーでは、一つのコーナーとしてシニアに関する情報が取り上げられます。今回は民泊がテーマでした。民泊を運営するというシニアの方が、最近増えているそうです。知り合いの方は、東京郊外に住んでおられます。東京駅から、中央線一本で行ける便利な所です。テレビでは、閑静な住宅街の戸建て住宅が紹介されました。民泊を運営しているというシニア男性が登場した時には、本当に驚きました。まさか知り合いの方とは、びっくり仰天です。我が家の子どもたちと、同じ年頃の息子さんが二人おられました。以前は子供部屋が二つあった二階を、ゲストルームにリフォームされました。シャワールームや、共有スペースのリビングもあり、二つのベッドがある洋室と、和室がゲストルームです。ちょっとまとまった額の、リフォーム代です。子どもたちが独立し、奥様が亡くなられ、一人暮らしをされていましたが、今はゲストの人達との関わりが楽しいと話されています。昨年は、100日ほどの宿泊があったそうです。ゲストの方々との写真が出ましたが、外国からの人達ばかりでした。「日本の代表として、粗相のないように心がけています」と話されるインタビューには、彼のお人柄が表れているようです。シニアライフに興味関心好奇心旺盛な私にとっては、良い情報提供でした。お元気に過ごされている知り合いの方との、テレビでの再会は思わぬものでした。嬉しい驚きでした。

2019年4月11日木曜日

私の好きなテレビ番組(こころ旅)


 私の好きなテレビ番組の一つにBSで放送されている「日本縦断こころ旅」があります。よく見ている番組です。俳優の火野正平さんが自転車で回ります。視聴者から寄せられたこころの風景を訪ねる番組です。四月から2019年春の旅がスタートしました。先週は奈良県でした。そして今週は三重県です。


 思い出の場所&エピソード募集を知って、私は早速応募しました。残念なことに採用されませんでした。私の思い出の場所は、南伊勢市のさざら浦漁協と宿田曽小学校です。半世紀ほど前、音楽教室の講師として通った懐かしい場所です。自宅から近鉄電車で伊勢へ行き、そこからバスで一時間ほどかかるところに宿田曽小学校があります。三階の音楽室を借りてのレッスンです。眼下には太平洋が広がっています。海の大好きな私はいつも海に魅せられ、レッスンを終えたあと砂浜を歩きました。広がる海に自分の未来を重ね、まだ見ぬ人に想いを寄せる二十代の私でした。
 土曜日に宿田曽小学校で、日曜日にはさざら浦漁協でレッスンをしました。さざら浦へは五ヶ所浦でバスから連絡船に乗り換えます。30分ほどで到着します。季節によっては釣り人で賑わうルートです。漁業協同組合の建物の二階を借りてのレッスンです。港のそばに建つ建物から眺める海は、湾内の穏やかな海です。
 海の子どもたちのお父さんは、遠洋漁業に出ている漁師さんです。船が出港する時は、お祭りほどの賑わいです。たくさんの大漁旗をなびかせ、元気な音楽に送られての出港です。元気いっぱいの子どもたちとのレッスンは三年続きました。遠隔地教室ということで功労賞をもらいました。レッスンを終えて帰る私を、バスが見えなくなるまで、船が見えなくなるまで手を振って見送ってくれたかわいい子どもたちでした。小豆島を舞台にした「二十四の瞳」の大石先生になったような私でした。はるか遠くに過ぎ去った思い出です。

2019年3月6日水曜日

テレビの力(烏)


 先日テレビを観ていて、カラスについての驚きの情報を得ました。天才カラスというのがいるそうです。公園などに設置されている水飲み場の蛇口を、自分の用途に合わせてひねることができるのです。水を飲む時は少量の水が出るように、水浴びする時は多くの水が出るようにと、出る水の量を蛇口で調節するとのことです。カラスの生態を知らなかった私は、驚きました。

ベランダから見えるお寺の屋根に陣取るカラス
京都の住んでいるマンションのベランダからは、巣作りの時期に洗濯物のハンガーをとられたことはありますが、他のことは知りませんでした。カラスの生態について長年調査観察を続けてこられた研究者のお話は、とても面白いものでした。カラスは、クルミの殻を割るのに、人間を利用します。車が通る道に、車が来る寸前にクルミを置きます。タイヤがクルミを割るようにと考えての行動です。児童公園の滑り台では、人間の子供たちが遊ぶように、カラスも滑り台で遊びます。研究者は、すべてのカラスというわけではなくて、天才カラスと呼ばれていました。ゴミ集積場では、カラスがゴミの袋をやぶいて自分の欲しい物だけを取り出すということはよく知られています。そのときカラスをやっつけようとする人は、カラスの襲撃を受けるそうです。カラスは人間の顔も判別できるそうです。天才カラスには負けそうです。天才カラスについて、テレビに教えてもらいました。

2019年3月4日月曜日

ひなまつり2019

 昨日のひなまつりはあいにくの雨でした。七段飾りを飾らなくなって久しいひなまつりです。木目込みのおだいりさまとおひなさまだけ飾りました。きれいに咲いている桃の花も壷に生けました。ささやかなひなまつりです。  
ちなみにこの並びは関東風のようです







 夜NHKの「チコちゃんに叱られる!」を数日遅れで観たのですが、目からうろこの衝撃の事実を知りました。おだいりさまとおひなさまを、それぞれの名称と思い込んでいました。ところがおだいりさまは、内裏に住む高貴な男女を指し、おひなさまはひな人形全部を指しているとのことです。小さい時からずっと歌い続けてきた「うれしいひなまつり」の歌詞のとおりを理解していました。「おだいりさまとおひなさま、二人並んですまし顔」です。この歌詞が間違っていたとは、大問題です。大きなショックを受けました。おそらく日本中の子どもたちが、2~3歳頃から口ずさんできた「うれしいひなまつり」の歌です。これからは、子どもたちに注釈をつけて教えねばなりません。本当に驚きました。

2019年1月31日木曜日

テレビの力(緑の光線)


 先日テレビから今まで知らなかった情報を得ることができました。題名に魅かれて観た映画「緑の光線」からです。この映画は、1986年フランス製作のものでヴェネチア映画祭で金獅子賞をとっているようです。


宇宙のことについては何も知りませんが、夕陽が水平線に沈む時、その瞬間に一瞬見える緑の光線です。映画のラストシーンで、主人公は緑の光線を見ることができました。夕陽が大好きな私は、そのシーンでとても感動しました。いろんな条件が重なった時に、見える緑の光線です。早速ネットで調べました。秋田県に住む男性は、緑の光線の写真撮影に成功したそうです。肉眼で実際に見ることができる緑の光線です。遅ればせながら、早速緑の光線を求めて行動を起こそうと思います。生涯に一度見ることができるかどうかの、緑の光線です。夢ができました。ワクワクしてきました。いつでも夢をです。

2019年1月9日水曜日

テレビの力(チコちゃん)


 NHKで放送されている「チコちゃんに叱られる!」が話題となっています。五歳の女の子チコちゃんは何でも知っています。博学です。先日観た中では、「ごちそうさまって誰に言うの?さまは誰なの?」という質問でした。何かを食べる前に「いただきます」食べた後に「ごちそうさま」と言うのは、感謝からです。大地の恵みへの感謝から始まり、たくさんの人の手を借りて、自分のもとへ届けられたというすべてに感謝です。このぐらいは即答できますが、チコちゃんは、もっと詳しく歴史を教えてくれます。お釈迦さんを守る役目の韋駄天が、食の神様だそうです。「ごちそうさま」の「さま」は、韋駄天さまをさしているとのことです。
 チコちゃんの質問は、簡単なようで実は難しいと思います。誰でも知っているつもりでいることを改めて質問されると、「ん?」となります。答えられないと、チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られます。年齢を重ねてここまで来た私ですが、チコちゃんにはかないません。おちおちしておれません。チコちゃんからたくさんの知識をもらおうと思っています。

2018年8月23日木曜日

 ピアノの力(駅ピアノ)


 駅ピアノの存在を知ったのは数年前のことです。確かフランスから始まったと記憶していますが、その時はユーチューブを見て感動しました。最近NHKのBS1で、世界の駅ピアノが放送されています。放送時間が決まっていないようで、番組と番組の隙間を埋めるような駅ピアノです。偶然見ることができてから番組表をチェックするようになりました。夜中に放送されたり、本当にまちまちの時間で放送されていて一定ではありません。
  


 駅ピアノは、たくさんの人が乗り降りし利用する駅にピアノを置いて、誰でもピアノが弾けるように、「ピアノが弾きたい人はいつでもどうぞ」という趣旨で行われています。定点カメラが設置されているので、ピアノを弾く人の様子やコメントが映ります。音楽に国境はありません。たくさんある楽器の中でも、ピアノは誰にも馴染みある楽器です。音を出すことは容易です。赤ちゃんでも小さな手で、音を出すことができます。
映像に映る人達は、いろんな国の人達です。仕事もさまざまで、ホームレスの人もいます。私が観た時は、アメリカのロサンゼルス、チェコのプラハ、オランダのアムステルダムの映像でしたが、とても感動しました。日本社会ではあまり見ないような、ラフな服装の人がほとんどでした。気軽にピアノの前に座り、思い思いにピアノを弾きます。驚くのは、ほとんどの人が独学でピアノを弾いているのです。オリジナルの曲もあります。自分の想いをピアノで表現しています。長年ピアノに携わってきた私にとっては、目からうろこです。これこそ本当の音楽のように思えます。「好きこそものの上手なれ」です。映像に登場する人達は、皆さんピアノが大好きで、音楽が大好きで、心の中を表現しています。
コメントも哲学的です。
「音楽は自分のすべて」
「ピアノは自分のパートナー」
「ピアノに癒されている、救われている」
「いつでも夢を忘れない」
など、音楽に、ピアノに対する愛情と情熱が溢れています。
ある男性は「これまでの自分の人生には良かったものは何一つ無い。駅ピアノを弾いている時に声をかけてくれた女性と出会い、愛し合っている。駅ピアノが幸せをくれた」と言っていました。傍らにはその女性がいます。素晴らしい光景でした。映像には、様々な人生模様が映ります。音楽と人、ピアノと人との絆です。音楽の力、ピアノの力を再認識しました。私にとってもピアノはパートナーであり、嬉しい時、悲しい時、苦しい時、心の内を大きな心で受け止め、いつもそばにいて見守っていてくれました。大きな存在です。

2018年8月22日水曜日

全国高校野球記念大会


 全国高校野球記念大会が終わりました。まだ興奮覚めやらぬといった感じです。今年は100回目の記念大会です。決勝戦は、北大阪代表の大阪桐蔭高校と秋田県代表の金足農業高校の対戦でした。桐蔭高校は、春夏の連覇を目指し、金足農業高校は、大会一回目の決勝戦に挑んだ秋田県代表に続き100年ぶりの記念すべき決勝戦です。決勝戦の試合が始まる前から、テレビでは金足農業高校のいろんな話題を提供してくれました。盛り上がりは大変なものでした。強豪大阪桐蔭高校に関しては、あっさりしたもののように感じました。どちらのチームを応援するかについて、大阪人のポアロは、大阪桐蔭高校を応援します。私は、テレビから得た情報を元に金足農業高校を応援します。金足農業高校の応援の席には、雑草軍団と書かれた横断幕が人々の目をひきます。強くたくましく、何事にも全力で立ち向かうといった、高校のスローガンのようです。決勝戦を前にして、高校では飼育しているブタが9匹の赤ちゃんを産みました。飼育担当の生徒が決勝戦に出ています。9匹のブタの赤ちゃんの姿もテレビに登場し、誰もが「かわいい!」を連発します。
試合が中盤に入ると、強豪桐蔭高校の強さが目立ってきます。実況中継をするアナウンサーの「応援席の空気が変わってきたようです。金足農業高校に大きな声援が送られています」という言葉が出ます。テレビの前にいる私達にも伝わってくるような、甲子園の熱風です。手に汗を握るといった状況で、試合が進んでいきます。日本人の判官びいきが表れているようです。金足農業高校に、何とかあと1点でも追加点が入るようにと願い祈ります。9回表で試合が終わりました。
  


結果が出たものの、しばらく放心状態です。試合が終わり、閉会式に向けて準備が始まります。少しずつ気持ちも落ち着いてきます。100回目の記念大会ということが、ずしりと響いてきます。大会委員長の言葉が胸に染み入りました。「三つのHが浮かんできます。ヒーロー、ハンドレッド、ヒストリーです」の言葉には、深い意味があるように思います。戦争をはさんでいるものの、100回という記念すべき大会です。全国高校野球選手権大会が100回も続けられてきたのです。若人の純真な心、野球一筋にかける青春、試合を見ている者にとっても、過ぎ去った青春時代がよみがえります。優勝チーム、準優勝チームが、球場を一周します。大きな拍手が送られます。甲子園の空には不思議なことに虹が出て、空からも若者達に声援が送られているようです。感動で瞼が熱くなります。いつものことながら「感動をありがとう」の言葉を贈ります。翌日のニュースでは秋田の空にも同時刻に虹が出ていたそうです。
 私のふるさと三重県は、県立白山高校が初出場の快挙を手にしました。県庁所在地津市の西部に位置する、山に囲まれた田園地帯にある小さな高校です。始めは部員の数も足りず、2年前までは県予選1回戦で敗退していました。今回三重県代表となった白山高校は、マスコミからも注目され「下克上」と言われました。野球部の部長は、女性教諭です。このこともマスコミは取り上げて取材をしていました。全国でも珍しいそうです。三重県代表となったことから、地元では大騒動です。応援団もありません。ブラスバンド部は、たったの8人です。俄か仕立てのブラスバンド部は、近隣の中高生も加わり80人となりました。寄付金集めも地元では大きな仕事です。甲子園での白山高校は、初々しさを感じる爽やかな印象を醸し出しています。初出場ということもあり、三重県人は一生懸命応援しました。勝敗にはこだわりません。甲子園に来たというだけで十分です。参加したことに意義ありです。
100回記念大会には、史上初の56校が出場しました。すべての人がふるさとを想い、それぞれのふるさとの代表高校を応援します。皆が盛り上がる素晴らしいものです。高校野球が終わるとともに、2018年の夏が終わった気がしています。

2018年4月17日火曜日

別世界(修学院離宮)2


 時間となり、整理券を渡し待合所でビデオを見せてもらいます。1時半に見学出発です。この日のこのグループは、予約と当日分を合わせて50人ほどでした。ガイドのお兄さんを先頭に、皆が続きます。後尾には皇宮警察の人がついています。



修学院離宮は、左京区の山のふもとにあります。少しずつですが、上り道となっています。進むにつれ非日常の別世界の光景が広がります。遠くに京都の街が見えています。






空は広がり明るく、広大な敷地に驚きます。総面積54万5千㎡を超える雄大な離宮です。後水尾上皇によって造営され、1659年頃に完成した山荘です。比叡山の麓、東山連峰の山裾に造られた修学院離宮は、上・中・下の三つの離宮からなり、上離宮背後の山、借景となる山林、三つの離宮をつなぐ松並木の道と両側に広がる田畑で構成されています。


なぜもっと早く参観に来なかったのかと思いました。所要時間は80分ほどでした。ベストシーズンは秋とのことで、美しい紅葉の写真が飾られていました。無料で参観できる素晴らしい場所です。外国からの観光客も、前もって予約を取られているそうです。まだ行っておられない人には「ぜひ一度出かけてみて下さい。おすすめします」この日の私の歩数は1万3千歩を超え、心地よい疲れを感じました。

2018年3月7日水曜日

梅便り(京都御苑)


 今日のお昼のNHKで、京都の城南宮から梅の花が満開という中継が放送されました。城南宮ではたくさんの紅白枝垂れ梅が見頃となっています。城南宮へは行けませんでしたが、近所の京都御苑へ梅を見に出かけました。以前にもブログに取り上げましたが、御苑の中には紅梅、白梅がたくさんあります。見頃となっていて、梅のいい香りが漂ってきます。毎年のことながら、美しい梅を見てうっとりし一年ぶりの再会を喜びました。たくさんの写真が撮れたのでご覧ください。















2018年1月19日金曜日

第二の人生(僧侶)

 先日テレビで、僧侶として第二の人生を歩まれている男性を紹介していました。その方は六十歳で仕事を終えられてから、僧侶の資格を取ったとのことです。京都にある妙心寺では、全国に増えつつある空き寺の対策にプロジェクトを組んでいるそうです。
住職のいない無人の空き寺は、全国に二万もあるそうで衰退への一途をたどっています。妙心寺では、一年の修行を経て僧侶の資格が取れるとのことです。希望者を募ったところ、全国からたくさんの人が集まりました。中でも多いのは、仕事を定年退職した男性が、第二の人生を僧侶になって人のため世のため、そして自分の生きがいのためにその道を選択された人たちです。

テレビで見た男性は、愛知県岡崎市から、和歌山県の山の中にある空き寺に入られました。十七年も無人だったお寺で、地域の住人は十二世帯です。その方は元々仏教に関心があり、時々座禅を組みにお寺へ行っていたそうです。現在の心境を聞かれて「欲もなく、地域の皆さんと仲良く、自然の中で心穏やかに暮らしています」と、おっしゃっていました。以前私が傾聴ボランティアで出会った先輩の男性は、仕事を終えられてから、福井県の永平寺で修行、勉強されました。そのあと僧侶にはならずに、傾聴の世界で活躍されています。ポアロの友人は建築の仕事をしながら、僧侶の資格を取り、お父さんが亡くなられたあと実家のお寺を継がれました。大阪で建築の仕事をしながら、愛媛県のお寺へ通っておられました。大変な暮らしが続きましたが、残念なことに昨秋亡くなられました。仕事を終えたあとの第二の人生を考えると、人生百年と言われる現代においては長い長い日々が続きます。自分に合った第二の人生を模索しなければなりません。

2017年12月13日水曜日

ある解散

 テレビを観ていてあるヴォーカルグループの解散を知り驚いています。そのヴォーカルグループは「デュークエイセス」です。結成六十二年で解散することとなりました。私が子供の時からよく知っている、そして大好きなデュークエイセスです。初めて知ったのですが「デュークエイセス」とは、「選りすぐられた公爵たち」という意味だそうです。以前よく見慣れていたトップテナーの人は五十一歳で亡くなられ、そのあとを引き継いだ人も五十六歳で亡くなられたそうです。三年前には結成メンバーの一人が脳梗塞で倒れ、メンバー四人のうち三人は後から加わった人とのことです。テレビがまだ普及していなかった時代、NHKの「夢で逢いましょう」にレギュラーとして出演されていました。黒柳徹子さんと同じ頃です。昨年亡くなられた永六輔さんや、いずみたくさん、中村八大さんたちが、歌謡史に残る名曲をたくさん世に送り出し、デュークエイセスの歌声にのって日本中に広まっていきました。にほんのうたシリーズは、子供から大人まで幅広く、たくさんの人に歌われたものです。
私が青春時代に何度か通った歌声喫茶では、デュークエイセスの曲をいくつも歌いました。当時大阪や京都にあった歌声喫茶は、いつのころからか姿を消しました。若い人達が集まる元気いっぱいの場所でした。番組の中で現在の東京にある歌声喫茶の映像が出たのですが、皆さんは昔若者の人達でした。同世代の方や少し上の世代の方が元気に歌っておられ、懐かしく思いました。今度東京へ行ったら訪ねてみようと思います。
六十二年の歴史を刻んできたデュークエイセスが解散するのは残念ですが、その歌声はみんなの心の中にずっと記憶されることと思います。名曲は歌い継がれていくことでしょう。
デュークエイセスの皆さん、楽しい歌声をありがとうございました!


2017年11月16日木曜日

お出かけ(洛北大原阿弥陀寺)

 私の好きな番組「NHK京都・京いち日」から旬の情報を得て出かけました。洛北大原にある阿弥陀寺では、もみじが見頃になっているとの情報です。映像には美しく紅葉したもみじが映っています。京都に住んで十七年ですが、山間にあるお寺、阿弥陀寺について何も知りませんでした。雨がよく降った日の翌日は、秋晴れのお出かけ日和となり早速出かけました。自宅から20kmのところにあります。大原三千院を通り過ぎてまだ少し走ります。車を駐車場に停めて600mほど坂道を登ります。駐車場横の山門周囲にも見頃となったもみじがたくさんあり、ポアロは写真を撮るのに忙しくなりました。


600mとはいえ、急な坂道を登るのは息がきれます。久しぶりのいい運動です。あと少しあと少しと自分に言い聞かせ登ります。前方に阿弥陀寺が見えてきた時には、大きな喜びにかわります。15分ほどで到着しました。


阿弥陀寺はずい分高い所に建っているので見上げるほどです。お寺の入口そばに、樹齢八百年を超えるもみじの大木があり、紅葉した葉は上のほうだけありました。老木なので何本かのつっかえの木に支えられています。


阿弥陀寺は、弾誓(たんぜい)上人が慶長14年(1609年)に開基した浄土宗のお寺です。昔から皇族諸家との由緒が深く、閑院宮、有栖川宮、両家の祈願所となっていたそうです。高松宮、秋篠宮のご参拝の写真が飾られていたので驚きました。本堂には阿弥陀如来座像があり、重要文化財に指定されています。


 本堂の他に宝物殿もあり、弾誓上人がミイラ佛となり今も眠っているという石廟は、修行僧らが掘った洞窟にありました。山から湧き出た水が静かに流れていました。


本堂に座り、周りの山や木々、そして美しい紅葉のもみじを眺めて、しばしの間、日常を離れました。そのあと境内を散策し写真を撮りました。私達のあとから何人ものシニアの方たちが来られて、静かなお寺が賑やかになりました。中にはタクシーで来られた人もおられて、阿弥陀寺は洛北の紅葉の名所となっているようです。




山野草のダイモンジソウが可憐に咲いていました。苔むした湿潤な地に適しているようです。


2017年11月1日水曜日

京都で和婚

 NHK京都放送局では平日の6時半から「京一日」という情報番組を放送しています。私はこの番組から京都のいろんな情報を得ています。寺社仏閣、博物館、美術館、観光名所、お花情報、などいろんなホットなトピックスを教えてもらいます。先日は「京都で和婚」と題しての情報でした。京都の伝統産業である着物を着て、京都で結婚式を挙げる「和婚」がブームになっているとのことです。
上賀茂神社には婚礼部が置かれ、日本中から、外国からも申し込みが殺到しているそうです。その数は十年前の4倍で、一年先まで予約がいっぱいと言っておられました。北海道から来たという女性は、「親や親戚の人達が京都観光を兼ねて、結婚式に列席すると喜んでいます」と、インタビューに答えていました。アメリカからのカップルは、インターネットを通じて情報を得て申し込んだそうです。新婦も新郎も和装がよく似合っています。新婦は文金高島田で白無垢の花嫁衣裳です。新郎は紋付き袴です。日本が大好き、親日家というのが伝わってきます。

ブライダル会社の多彩なアイディアとプランは、結婚市場で大成功をおさめているようです。ある大手のブライダル会社は、十五の神社や仏閣と連携して皆さんの要望にこたえ、個性的なより良い「和婚」を目指して頑張っています。あるお寺では貸し切りで提供し、宿坊に新婚さんのためのホテルも用意していました。茶道で参列者をおもてなしするという「茶婚式」や、能の主人公になって式を挙げるというユニークなものまで紹介されていました。和装に身を包み、京都で結婚式を挙げる「和婚」のブームの理由の一つに、晩婚化があげられていました。人生経験を積み、あるていどの経済力も持った年齢の人達は、自分達の人生の門出に自分達の想いを込めて、京都での「和婚」を選んだのかもしれません。結婚式も簡素化されてきているような現代ですが、この話題を知って日本回帰のイメージを持ちました。