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2022年11月4日金曜日

氏郷まつり

 氏郷とは戦国武将蒲生氏郷(がもううじさと)1556~1595のことです。滋賀県日野町の城主を皮切りに織田、豊臣に仕え1588年にまつさかじょうを築城し、その後奥州会津91万石となった大大名です。松阪では築城の功績をたたえ毎年11月3日には氏郷まつりを行ってきました。ただしこの2年間はコロナ禍により開催されず今年は規模を縮小して3年ぶりとなりました。

 11時ごろに火縄銃の号砲が城下に響き渡り、お城からの出陣となりパレードとなります


馬に乗った氏郷は以前は市長でしたが評判が悪く、最近は公募されています。奥方の冬姫さんも公募のようです。






今回はコロナ禍からの再出発として規模縮小でパレードも短かったのですが市民としては久々のお祭りということでたくさんの人出でした。メインストリートには屋台が並び久々の祭り気分です。先日の韓国の群衆事故もあったので警備もされ皆さんマスクをしています。


(ポアロ記)






2022年10月24日月曜日

ふるさと自慢 (ポアロ記)

 NHKの朝ドラ「舞いあがれ」の舞台は東大阪市の高井田、私の故郷の隣の学区です。大阪城の東に広がる中小企業の集中地域です。ネジ、金網、キャスターなど小型金物の生産で有名な地域です。また最近では人工衛星を地域の仲間で作り上げたというエピソードもありました。この朝ドラのセットやロケは見たことがある景色で懐かしく頭の中によみがえってきます。

 鉄と油の臭いのするこの地域に足を踏み入れるとフォークリフトが道路を我が物顔で走りまわっていました。私の隣家の息子さんもこの地域で金物加工業を立ち上げました。友達の父親はこの地でネジ屋を営んでいました。その友達は大学を出ると家業は弟に譲り金物部品業の商社に入りアメリカ暮らしとなりました。

 創意工夫がモットーのこの地域からはノーベル賞学者が2人誕生しています。江崎玲於奈さんと山中伸弥さんです。山中さんはまさにネジ屋さんの息子さんです。





 ドラマの主題でもある飛行機も縁があります。この地域の工業高校である布施工業高校には以前航空学科がありました。私はその滑走路跡で虫取りをした覚えがあります。今近大のキャンパスが広がっているところです。主人公は大学に進みますが、大阪府立大学には航空学科がありました。
 油や鉄の匂いがして、あまり綺麗とは言えない街並みですが大阪の工業化の発展の基礎となった街です。阪神工業地帯として海岸近くは重工業、内陸部は電気会社などが発展しましたがこの地域はそれらの製造会社を支える部品業で成り立っています。
 NHKの番組宣伝になりますが時間があったら見てください。俳優さんの大阪弁もまずまずのようです。
(ポアロ記)

2022年10月11日火曜日

ローカル線 JR名松線


 青空の下、ススキがなびく誰もいない駅。このJR名松線は松阪と三重最西端の名張を結ぶつもりで松阪から工事が始まったのですが1935年に部分開通したのが最後で現在は伊勢奥津という山間部の駅が終点になったまま43.5kmで88年も経過しています。横の道を通りかかったので駅舎を見に寄ったらやはり無人駅。駅前にも何もなく寂しい限りです。


この井関駅はちょうど中間位に位置し、まるこの母の実家はこの駅から歩いて30分ほどの波瀬にあり、よく来たそうです。


小さな待合室があり時刻表が貼ってあります。上り下りそれぞれ2時間ピッチ、つまり1時間に一度だけ列車がくるようです。少し待つと列車がくるようなので待ちました。


松阪方向から鉄橋の音、レールの振動を伝えてやってきました。一両の気動車です
キハ11型とあります。


定刻に到着しましたが降りる人も乗る人もいません。扉もあかずに30秒ほど停車して出発していきました。多分、朝夕の高校生、病院通いの高齢者がお客さんでしょう。


 この先は谷間の川を縫って、トンネルをくぐって進んでいきます。車の発達した現在将来とも乗客が増えることはないでしょう。数年前少人数の県立高校が甲子園に登場して話題になった白山高校はこの先の家城駅の近くにあります。終点の伊勢奥津駅は以前に報告しました。


 (ポアロ記)

2022年8月26日金曜日

知るを楽しむ(ふるさとの旧跡水屋神社)

  先日報告しました巨樹大楠がある水屋神社についてのいわれや歴史について調べてみました。国道166号線の松阪市飯高町赤桶にあります。住所の名にある通り国道沿いに大きな赤い水桶があります。以前からあの桶はなんだろうかと思っていました。その道路の反対側に鳥居があり水屋神社の境内となっています。

高さ3mくらいあります



伝説では、昔お伊勢さま(天照大神)が、白馬に乗って珍布峠(めずらしとうげ)にさしかかられ水屋の森から鹿にまたがった春日さま(春日大明神)が出迎えました。
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人の神は、伊勢と大和の国境を決めるため笹舟を浮かばせ、巨石を投げ笹舟の留まる処を国境としました。波で笹舟は川上へと流れて、舟戸で止まりました。波は高見山を越え杉谷村で消えました。これ以降、高見山が両国の境となったといわれています。

 創建は648年(大化四年)に、奈良の三笠山から素盞鳴尊と龍神姫尊及び櫛稲田姫尊を勧請しました。710年(和銅三年)興福寺東門院領「閼伽桶(あかおけ)の庄」となり1600年(慶長五年)関ヶ原合戦以降は伊勢領となりました。ちなみに、閼伽(あか)とは神仏に捧げる水をいいます

水屋神社に残る、1373年(南北朝時代文中二年)の棟札(むなふだ)には大和州閼伽桶庄宮と記されており、三殿並立の朱塗の春日造も明治二十五年現在の神名造に改められました。

また清和天皇859年(貞観元年)119日より、春日大社にお水送り(水を奉納)をはじめましたが、1577年(大正5年)の兵乱で途絶えてしまいました。戸

そして平成14年い、425年ぶりに復活し、お水祭りでは閼伽桶(あかおけ)の井戸でくんだ水を、奈良県の春日大社へ神水として奉納されているようです。

 この周辺では戦国時代の初期に、織田信長の伊勢攻めで北畠軍との戦闘の跡がたくさん残っています。

境内にはこの神社の歴史をあらわすように多くの巨樹が所狭しと伸びています。また裏側は櫛田川の清流が流れています。


(ポアロ記)



 

 

 

 

 

 

 

2022年7月30日土曜日

知るを楽しむ(ふるさとの土木学会-立梅用水)(まるこ記)

 我が家の土木学会部長(娘)の案内で、立梅(たちばい)用水へ出かけました。松阪市飯南町粥見~多気町丹生を結ぶ約28キロメートルの灌漑用水です。江戸時代後期の完成で、現在も一級河川櫛田川から水を運んでいます。最初に櫛田川の水の取り込み口である立梅井堰を見学しました。
  井堰の反対側の丘の上には道の駅「茶倉」があり、井堰のある対岸とはつり橋で横断できます。そして井堰側にはキャンプ場とその売店がありました。
   





    用水路を流れて広大な農地に水を供給し、発電や防火用水など地域住民のために貢献してくれています。地元の有志西村彦左衛門為秋らが和歌山藩へ請願したことから、立梅用水は完成に向けて動き出しました。先人たちの知恵と勇気は、後世へと引き継がれています。感動をもらいました。


(まるこ記)


2022年7月19日火曜日

知るを楽しむ(郷土の偉人)野呂元丈 (まるこ記)

  郷土の偉人について、今さらながら知る昨今です。伊勢の国多気郡波多瀬村(現在の多気町波多瀬)出身の野呂元丈(1693~1761)を知りました。江戸時代中期の本草学者です。20歳のとき、京都に出て医学、儒学、本草学を学びます。享保5年(1720)江戸幕府の命で、諸国の薬草を採取します。当時の将軍徳川吉宗の命を受けて青木昆陽とともに蘭語を学び、日本最初の西洋博物学書「阿蘭陀本草和解」を著したそうです。将軍吉宗のお抱え医師となり、18世紀後半に芽生えた和蘭医方の基礎を築きました。

 


 


 野呂元丈の功績を讃え、多気町波多瀬に記念館と薬草園が2000年につくられました。少し前に、家族で訪れました。知らなかった野呂元丈が身近に感じられ、薬草についても興味関心を持ちました。どこにでもある、どこでも目にする、植物が、人間の体を救ってくれる薬草なのです。たくさんの植物が植えられており、それぞれの効能が説明されていました。 



 

現代人は薬を乱用しているように見受けられます。病院ではたくさんの薬を処方します。特に高齢者は、薬だけでお腹がいっぱいになるほど処方されています。我が家には、ドクダミが自生しているので、時々ドクダミ茶を飲んでいます。薬草園で、ポアロはウコンとしょうがを買いました。薬草も興味津々ですが、きれいな花が咲くとの情報を得て買ったようです。

ウコン

ショウガの収穫


(まるこ記)


2022年6月29日水曜日

知るを楽しむ(ふるさとのお城3 五箇篠山城)

 ふるさとのお城三つめは、五箇篠山城です。三重県多気郡多気町にあります。自宅から30分ほどで到着しました。櫛田川の南岸にそびえる標高137m、麓からは60mほどの小高い山に築かれていました。お城の麓は芝生の公園になっており駐車場の横に説明看板、そしてその横に登り口があります。小高い山の城跡へと登山道は続いています。途中からの眺めは素晴らしく、少し上っただけで町や櫛田川が一望できます。最後まで上るのはしんどそうなので、そこで折り返しました。

公園から城山を見上げたところ




麓の旧勢和村

 櫛田川の渓谷

 築城は鎌倉時代中期、築城主は北畠氏一党の野呂氏、最後は織田の伊勢攻めで廃城年は1583年頃らしいです。ふるさとにはたくさんのお城がありますが、知っているのはごくわずかです。お城を訪ねるとともに、歴史も学んでいきたいと思います。

2022年6月7日火曜日

VISON ふるさとの新名所

 松坂の近くに大規模なリゾート観光施設が昨年春にできました。

多気町の伊勢道勢和・多気インターに隣接する場所にできたIC直結施設です。「VISON(ヴィソン)」日本最大級の商業リゾートとうたっています。

そしてその後のグランドオープンでその中のホテルも開業したそうです。三重県一番観光地である伊勢神宮へ来たお客さんをその先の伊勢志摩に足をのばしてもらうのか、熊野方面へとのばすのかの分かれ目がこの伊勢道の勢和・多気インターです。



敷地が54Haと広大で周囲はほぼ山の中といったところです。

施設内容は伊勢の海や農業の産品を販売を伴った飲食ゾーン、薬草を使ったお風呂エリア、そして農園エリア、さらには工房とリゾートホテルなどです。

マルシェゾーンは大きな木組みの大屋根の中に各ショップが点在しています。名産の松阪肉のバーベキューは屋外でセルフでいただきます。また魚はいけすの魚をその場で料理してもらうようです。大きなカフェもあるようなのでゆっくり時間をとって楽しむ施設づくりのようです。



 ホテル棟は山の傾斜に合わせた階段状のデザインです。ここも泊まるだけではなくゆっくりと夜空を見て過ごすのがよさそうです。近くに住む我々はマルシェではちみつと魚の干物を買って帰りました。伊勢へ来られての宿泊は海が好きな人は志摩へ山が好きな人はこのVISONへどうぞ。https://www.kankomie.or.jp/report/detail_847.html

(ポアロ記)