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2019年10月25日金曜日

久しぶりの挑戦


 今、地方文学賞への応募に向けて頑張っています。久しぶりの挑戦です。四十代、五十代の時には、公募ガイドという月刊誌を買って、いろいろ書いては送りました。仕事と子育て、二匹の愛犬の世話に追われた暮らしの中で、書くということは気分転換になっていました。ちょうどその頃は夫が単身赴任で留守だった時で、書くことに没頭できたのだと思います。輝かしい賞はもらっていませんが、少しのお小遣いをもらった時は、とても嬉しく飛び上がって喜びました。
私の書くものにジャンルはありません。思い付きで何でも書きます。今、挑戦しているのは小説です。私小説です。原稿用紙25枚から35枚までという規定です。以前書いたものでの最長は、原稿用紙50枚でした。それに比べれば、半分ほどの量です。一気に書いて20枚にはなりましたが、まだ少し足りません。あちこちに肉付けをしなければなりません。
いつも思うことですが、どんな公募にも非常にたくさんの人が応募しています。書くことの好きな人が、たくさんおられるのです。賞が取れるなど頭に毛頭ありませんが、読んでもらえるという楽しみはいつも持っています。自画自賛で申し訳ありませんが、自分の書いたものを読むと、ジーンと胸に熱いものが込み上げてくるのです。ということで、あとしばらく俄か作家業に専念します。

2012年3月29日木曜日

「嫁ぐ娘へ」


いよいよあなたの出発(たびだち)の時が、やってきましたね。あなたとともに過ごした二十四年の歳月(としつき)が、走馬灯のように思い出されます。お父さんとお母さんが、結婚して早二十五年。もうすぐ銀婚式を迎えます。若いパパとママは、あなたが生まれた時、二人の愛の結晶の誕生に、新しい命の誕生に、それはそれは大変感激したものです。二人が力を合わせ一致団結し、初めて体験する子育てに取り組みました。パパの大きな手に抱かれてのお風呂は、あなたに心からの安心と安らぎを与え、とても気持ちよさそうにしていたものです。無我夢中で子育てをしているうちに、あなたはいつのまにか少女になり、乙女になり、そして美しい女性になりました。

 いつまでも子供だと思っていたあなたが、素晴らしい人とめぐりあい、私たちのところから羽ばたいて行くのですね。大きな喜びとともに少しの淋しさを感じます。お母さんが結婚する前、心に記した一文を、こんどはあなたに贈ります。

 「愛とは相手を思いやる心。愛とは相手の苦しみを自分のものとする心。愛とは相手のために自分の痛みに耐える心。結婚生活は、尊敬、知識、配慮、責任の四本柱の家屋みたいなものである」

 幸せを二人の手で築いて下さいね。遠くから祈っています。

2012年3月15日木曜日

「ぼくの名前はナルド」 (8)

  どこからか、たくさんの子どもたちの声が、聞こえてきた。声のする方へ、歩いていった。小学校の運動場で、子どもたちが遊んでいる。ワーワーキャーキャーとてもにぎやかだ。ぼくは、運動場の中へ入っていった。トコトコ、トコトコ。何人かの子どもが、ぼくを見つけて寄ってきた。「捨て犬かしら」女の子が言った。「迷い犬かもしれないわ」もう一人の女の子が言った。「名前は?おうちはどこ?」二人の女の子は、しゃがんで聞いてくる。ぼくは、しっぽをふって、愛想をふりまいた。「かわいいわね」「でもすごく汚れている。汚いわ」すると、それを見ていた男の子が、「よし、この犬と追いかけっこだ」と、言って、ぼくを追い回し始めた。ぼくは、走った。何人かの男の子に追い回され、疲れてしまった。チャイムが鳴り、子どもたちは、教室へもどり、運動場は静かになった。
ぼくは、公園へもどった。だんだん日が落ち、薄暗くなってきた。向こうから、女の人と大きめの犬が歩いてきた。優しい目をしたシェルティーだった。お父さんのような、お母さんのような、においを感じた。ぼくは、夢中でシェルティーに近寄った。「ああ、やっぱり、お父さんとお母さんのにおいだ。ぼくの探していたにおいだ」ぼくが近寄っていっても、シェルティーは怒らなかった。後をトコトコついていった。お父さんとお母さんのにおいから、離れられなかった。家までついていった。エサも水もミルクももらい一晩泊めてもらった。次の日、女の人は、警察や知り合いに問い合わせた。ぼくが迷い犬かもしれないと思ったようだ。ぼくが、話せたら、「迷い犬じゃないよ、捨てられたんだ」と、言いたかった。捨て犬らしいということで、もらい手を探してくれたが、いなかった。近所の人たちは、「保健所へ、つれていったら」と、言っているようだ。女の人は、ぼくをきれいにシャンプーし、ケガをした足に、薬を塗ってくれた。「この家においてもらえたらなあ」ぼくは、かすかに期待した。東京へ単身赴任をしているお父さんと、ピアノの先生をしているお母さんと、高校生の二人のお姉さんと、シェルティーの家族だ。ぼくは、家族のみんなを大好きになった。家族会議の結果、ぼくは、家族の一員になった。心の底から、この幸運に感謝した。 
シェルティーは三歳上のお兄さん。名前は、レオ。「レオナルド・ダ・ヴィンチ」という偉い人から、名前をもらったそうだ。弟だから、ぼくの名前はナルド。

今日からぼくは、新しく生まれかわった。
あの日から三年が過ぎた。「今、ぼくは、家族の一員として、深い愛情と信頼の、強い絆で結ばれている」と、ボスに伝えたい。

                                         おしまい

2012年3月14日水曜日

「ぼくの名前はナルド」 (7)


「こんな悲しいことってあるのだろうか。ぼくの思いを、誰もわかってくれなかった。やっぱりぼくは、一人ぼっちなんだ。淋しいなあ。悲しいなあ」ぼくは、じっとしたまま泣き続けた。その時、野良犬のボスの声が、聞こえてきた。「人間に、裏切られたとわかった時、決して負けるんじゃないぞ。たくましく生きるんだぞ。俺たちがいることを忘れるなよ」ぼくは、立ち上がった。

「野良犬のボスのような、強い強い犬になろう。頑張ろう」そしてゆっくり歩き出した。足のケガのことも忘れていた。歩き始めると、やはり足が痛い。足をかばうようにして歩いた。空を見上げた。美しい星空だった。たくさんの星が、キラキラ光っていた。小さなお月さんが、ボーッと見えていた。歩きながら、辺りをキョロキョロ見回した。新しい家が立ち並び、団地のようだった。ノロノロ歩いた。「いつかまた、野良犬たちに会える日がくるかもしれない。その時、自慢話ができるように頑張ろう。会えたらいいのにな。きっと会えるよ」ぼくは、自分を励ました。しばらく行くと、大きな公園に出た。「何か食べる物は、ないかな」何日間も水だけで、飢えをしのいできたが、その時、食欲を強く感じた。「人間は、ぜいたくで、まだまだ食べられる物でも捨てる」と、ボスが言っていたのを、思い出した。公園に設置されているゴミ箱を、あさった。あったあった、パンのかけらが、いくつもあった。もっともっとあさった。出てきた出てきた、お弁当の残りが出てきた。「おにぎりもある。お肉も、魚も、ウインナーもある」こんなことは、今までしたことがなかった。「ボスの言ってたことは、本当だ。食べる物なんて、いくらでも自分でみつけられる」久しぶりにお腹がいっぱいになり、眠くなってきた。しげみの中へ入っていった。ちょうどいい場所を見つけた。「ここでゆっくり寝よう」疲れきっていたぼくは、すぐ眠ってしまった。赤ちゃんの時の夢を見た。お母さんのおっぱいを口にふくみ、まどろんでいた。お母さんの心臓の鼓動が、ぼくの体に心地よく響いている。隣では、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、気持ちよさそうに眠っている。お母さんの体温を、全身で感じていた。ポカポカポカ。ずいぶん眠ったようだ。まぶしくなって目をあけた。お日さまが、高く昇っていた。ぼくは、幸せな気持ちになっていた。とてもつらく悲しかった、たくさんのできごとが、もうずいぶん前のことのような気がしていた。



つづく

2012年3月13日火曜日

「ぼくの名前はナルド」 (6)


 家が見えてきた。いっそう大きな声で鳴きながら門をくぐった。「おじさん驚くだろうな。こんなに早くぼくが帰ってくるなんて、びっくりするだろうな。みんなどんな顔するかな。ぼくが、どんなに頭がよいか、感心するだろうな」広い庭を一目散に通りぬけ、玄関へと走った。家の中から、みんなの笑い声が聞こえた。ぼくは本当に嬉しかった。大きな大きな声で鳴いた。家の中から、一番下の子が顔を出した。「あっコロが帰ってきたよ」大きな声で叫んだ。おじさんもおばさんも他の子どもたちも、とんできた。ぼくは、一生けんめいしっぽをふり、ワンワン鳴いて、喜びを表現した。その時、おばさんの腕の中に、ちっちゃな子犬がいるのが、目に入った。「おやっ」変な気がした。みんなの顔を見た。みんなの顔は、喜んでいなかった。「大変な思いをして、やっと帰ってきたというのに、どうしたのかな」みんな困った顔をしていた。おじさんが、突然言った。「ダメだったか。近すぎたか。もっともっと遠い所へつれていかないとダメか」すぐに、ぼくを車に乗せた。みんなは黙って見ていた。  

車が走り出した。ぼくは、体中から力が抜け、体も心も氷のように、冷たくなっていくのを感じた。空腹も疲労も足の痛みも、何も感じなかった。スピードが、どんどん速くなる。ぼくは、体を横にし、目を閉じた。「もうどうなってもいいんだ。このまま眠って二度と目をさまさなくていいんだ」さっき見た子犬の顔が、頭に浮かんできた。「青い目をしていた。誰?今、人気のハスキーの子どもかな?わかった。みんなは、ぼくがじゃまなんだ。ぼくが帰ってきたら困るんだ。どんなに遠くへつれていかれても、家へ帰れる自信があるが、そんなことはしなくていいことなんだ。野良犬のボスが言ってたことは、正しかったんだ。でも、もうどうでもいいことだ」目を閉じて寝たふりをしていた。どれだけ走ったのだろうか。本当に遠い遠い所へ来たようだ。おじさんは、車を止め、何も言わずにぼくを降ろした。前と同じように、すごい勢いで車は走り去った。ぼくは、すわったまま車を見送った。「おじさん、そんなに急がなくていいよ。ぼくは、もう車のあとを、追いかけていかないから。おじさんさよなら、みんなさよなら」涙があふれてきた。今まで抑えていたものが、どっとあふれてきた。

                                             つづく

2012年3月12日月曜日

「ぼくの名前はナルド」 (5)

三つ目の町を、通り抜けた。いよいよぼくの住んでいる町だ。夜が明けた。川の水を飲み、空腹をしのぎ、橋の下で少し休んだ。そしてまた、どんどん、どんどん歩いた。走った。家は、どっちの方角だろう。ぼくは、一生けんめい考えた。一生けんめいにおいをかいだ。一生けんめい勘を働かせた。何となくわかった。たぶんこっちの方角だ。走った。走った。ポツリポツリと雨が降ってきた。体が少しずつ冷たくなってきた。お店の軒先へ入って休んだ。お店から、肉を焼いているいいにおいが、ただよってきた。空腹のぼくは、あまりのいいにおいに、気を失いそうになった。お店の中から出てきたおばさんが、「シッシッ、あっちへお行き」と、手を振った。ぼくは、また歩き出した。雨が、だんだんやんできた。また夜になった。四つ目の町を、ウロウロ歩いた。体は雨にぬれて冷たく、ぼくは、寒気でブルブル震えていた。空腹と疲労でフラフラしていた。その時、キュキュキューンと、車がすごい勢いで、飛び出してきた。ぼくは、何が起こったのか、すぐには、わからなかった。気がついた時、ぼくは溝にとばされていた。「どうしたんだ?車とぶつかったのか?どうしたんだろう。足が痛い。痛い痛い痛い」足から血が出ていることに、気がついた。そうっと血をなめた。生ぬるかった。足がズキズキ痛む。「立てるかな」おそるおそる立ち上がった。足だけケガをしたようだ。「歩けるかな」そうっと歩いてみた。ケガをした足が痛い。足をひきずって歩いた。ゆっくり歩いた。「あー危なかった。もう少しでひかれるところだった。足のケガだけですんだなんて、不幸中の幸だ」ぼくは、足をひきずりながら、ノロノロ歩いた。お腹がすいているのも、忘れていた。体は雨にぬれ、よごれ、とても汚くなっていた。「もう少しだ、頑張れ頑張れ」どんどん歩いた。かすかに、家のにおいがした。その瞬間、ぼくは、猛スピードで走り出した。ケガをした足のことも忘れ、猛スピードで走った。「やっと帰ってきた。やっと帰れたのだ」ぼくは、嬉しくて嬉しくて、大きな声でワンワン鳴きながら走った。

                                                つづく

2012年3月11日日曜日

「ぼくの名前はナルド」 (4)


今日311日は東日本大震災から1年です、日本各地、世界各地で追悼式が行われます。犠牲となられた多くの方々の、鎮魂の祈りとともに、被災された方々や、被災地への一日も早い復興を祈りたいと思います。知り合いの女性はフランスの南の都市モンペリエで東日本大震災発生後すぐに支援団体を立ち上げ、モンペリエで暮らす日本人フランス人その他の国々の人たちと力を合わせ、東日本を支援するために、チャリティーコンサートを始めいろんな活動を続けています。そしてその活動を永続的に行いたいと言っています。 
世界各国の人々が日本の国難といわれる大震災を受けた日本に対し、大きな支援と励ましを送ってくれています。感謝の気持ちでいっぱいです。

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「ぼくの名前はナルド」 (4)


とても大きな町だった。夜になり、だんだん人影が少なくなり、真夜中の町は、シーンと静まり返っている。ヒタヒタヒタ、ぼくは、自分の足音を聞きながら走った。その時、前方に黒い大きな影がたくさん見えた。前方から大きな犬が、五匹群れになって現れた。そして、ぼくの前に立ちふさがった。一番前の犬が言った。「こら、どこへ行くんだ。見ない顔だな。まだ小僧か。どうした、迷子になったのか、自分の家がわからないのか。それとも、お前も俺たち同様、勝手しほうだいの、わがままな人間の奴らに、捨てられたのか。かわいそうに。そうだろう」ぼくは、五匹の犬に取り囲まれた。他の犬たちは、「ぼくのにおいを、くんくんかいでいる。「違うよ。ぼくは、遠い所へ連れていかれて、そこから家へ帰れるかどうか、どんなに頭がよいか、テストされているんだよ。ぼくは、絶対、帰れるよ。帰ってみせるよ」ぼくは、小さな声で言った。一番体の大きい犬が、フフンと鼻で笑いながら、「お前はバカだ。捨てられたのがわからないのか。人間たちは、いつも気まぐれで、自分の都合で、俺たちを、かわいがったり、じゃまものにしたりするのさ。どうだ、俺たちの仲間にならないか。自由っていうものが、どんなに素晴らしいものか、お前に教えてやろう。町には食べる物なんか、何だってあるのさ。人間は、ぜいたくで、まだまだ食べられる物まで、どんどん捨てるんだ。おかげで俺たちは、食べるのに事欠かないってわけさ。主人にへこへこして、ろくにエサももらえず、年がら年中くくりっぱなしにされて、人間って奴は、俺たちを何だと思っているのか。あーごめんだごめんだ。人間たちに飼われるなんて、まっぴらだ。時々、人間どもに、こわい顔してうなってやるのさ。皆、こわがって逃げていくってもんだ。悪いことは、言わねえよ。俺たちの仲間になった方が、お前にとってどんなに幸せなことか」と、言った。ぼくは、よくわからなかった。ぼくのお母さんも、人間と仲良く暮らしていた。ぼくも、ずっとずっと、いつまでも人間と一緒に暮らすものだと思っていた。「ぼくには、よくわからない。でも、自分で正しいと思ったことを、したいんだ。ぼくを遠くへ、置いていったおじさんに、ぼくが人間と一緒に、仲良く暮らそうと思っていることを、伝えたいんだ。そして、ぼくが、どんな遠い所からでも、家へ帰れるってことを、証明したいんだ」と、ぼくは、答えた。五匹の犬は、かわいそうに、というあわれみの表情で、ぼくを見ていた。大きな犬が言った。「そうか、これほど言ってやっても、お前は、人間を信用しているのか。でも、もしかして、人間に裏切られたと、わかった時、決して負けるんじゃないぞ。たくましく生きるんだぞ。俺たちがいることを、忘れるなよ。じゃあ行け。チビ頑張れ」他の犬たちもそれぞれに、「頑張れ」「チビ頑張れ」と、言ってくれた。

                つづく

2012年3月10日土曜日

「ぼくの名前はナルド」 (3)


ずいぶん歩いて、ずいぶん走って、ぼくは、とてものどがかわいていた。周りを見渡すと、小さな川が流れていた。水をガブガブ飲んだ。そして、お腹もすいていることに、気がついた。「そうだ、今日は、一日一回のエサも、もらっていなかったのだ」もっともっと水を飲んだ。お腹が、水でいっぱいになってきた。「さあ、頑張るのだ。絶対に家へ帰ってみせる」ぼくは、また走り出した。だんだん暗くなってきた。少し心細くなってきた。「頑張れ、頑張れ」心の中でつぶやきながら走った。どれだけ走ったのだろう。真っ暗な闇の中を、休まず走った。でも、家のにおいは、まだしてこない。真っ暗な闇の中を、トボトボ歩いた。前方に、かすかに明かりが見えてきた。やっと町が見えてきたのだ。ぼくは、嬉しかった。ホッとしたのか、疲れを、どっと感じたぼくは、道のわきの草むらに倒れこんでしまった。どのくらい眠っていたのだろう。目がさめると、夜が白みはじめていた。また、ぼくは、立ち上がり歩き出した。やっと町へもどった時、もう朝になっていた。その時、ぼくは、おじさんに、車に乗せられ、いくつもの町を通り過ぎて、やって来たことを思い出した。「町は町でも、この町は、ぼくの住んでいる町ではないんだ。たしか、三つの町を通り過ぎたはずだ。それ走れ走れ、ぼくの住んでいる町を目指して走れ走れ」一つ目の町を通り過ぎた。また夜が来て、朝になった。ぼくは、水を飲んでは、少し体を休め、一生けんめい、帰るべき家へと向かった。やっと二つ目の町を通り過ぎた。「ここまでくれば、もう大丈夫。家も、もうすぐだ」少し元気が出てきた。町の中をウロウロ歩いた。まだ家のにおいはしない。ずいぶん歩いたが、家へ続く道が、まだ見つからない。足が痛くなってきた。また日が暮れてきた。二つ目の町から三つ目の町までは、ずいぶん遠かった。一生けんめい走ったり、歩いたりして、足は、棒のようだった。三つ目の町に、たどり着いたのは、次の日の夕方だった。

               つづく

                 

2012年3月9日金曜日

「ぼくの名前はナルド」  (2)


その日は、日曜だった。おじさんが早く起きて、つなを持ってぼくの方へやってきた。「散歩に行くのかな、珍しいことだ」ぼくは、大喜びだった。が、違った。「今日は遠くへ行くんだ。さあ、車に乗るんだ」と、おじさんは言った。車は走り出した。家がどんどん遠ざかっていく。「どこへ行くのだろう」その時、小さな頃の思い出が、フッと頭にうかんだ。大好きなお母さんから離され、車に乗って遠いところへつれていかれたあの日。不安になってきた。「どうして、おばさんも子どもたちも、一緒に来ないのだろう。おじさんは、ぼくをどこへつれていくのだろう」胸がドキドキしてきた。おじさんは、何も言わない。スピードがどんどん速くなる。町をいくつか通り過ぎ、だんだん山が近づいてきた。山のそばで、車は止まった。おじさんは、ぼくを降ろし、つなをはずした。首が軽くなった。スッとした。突然ドアがしまり、車はすごい勢いで走り出した。ぼくは、びっくりしたが、すぐ車のあとについて走り出した。一生けんめい、それはそれは一生けんめい、死にものぐるいで走った。わけもわからず、一生けんめい走った。でも、車は、どんどん遠ざかっていく。ぼくは、心臓がつぶれそうになるまで、一生けんめい走った。車は、どんどん小さくなっていく。「ぼくを、どうして置いていくのー」大きな声で叫んだ。だが、車は、見えなくなってしまった。ぼくは、立ち止まった。胸が苦しくて、心臓がつぶれそうだった。ハアハア、ハアハア、荒い息が続いた。「これからどうしたらいいのか。そうだ、歩きながら考えよう。おじさんは、どうしてこんな意地悪なことをしたんだろう。ぼくをためしているのか。こんな遠くまでつれてきて、置き去りにするなんて。ひどいよ。ぼくは、何も悪いことをしていないのに、ひどいよ。ぼくが、どんなに賢いか、おじさんは、テストをしているのだろうか。そうかもしれない。そうだ、きっとそうだ」ぼくは、そう思うことにした。そうと決めたら、気持ちが落ち着いてきた。「何が何でも帰るんだ。あの家へ帰るんだ。頑張ろう。おじさんは、ぼくが、いつ帰ってくるか、きっと待っているんだ。ぼくが、どんなに賢いか、見せてやろう。ぼくが帰ったら、みんな驚くだろうな」呼吸も少し落ち着いてきた。ぼくは、少し走ったり、歩いたり、道ばたのにおいをかぎながら、家へと向かった。

                    つづく

2012年3月8日木曜日

「ぼくの名前はナルド」 (1)


小犬の一人旅のお話です。


  ぼくが生まれたのは、海の見える町だった。お母さんと、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいたんだ。よちよち歩けるようになった時、ある日突然お兄ちゃんがいなくなり、次の日お姉ちゃんもいなくなった。「どうしたの?どこへ行ったの?」ぼくは不安になった。次の日ぼくは、小さな箱に入れられ、車に乗せられた。お母さんのおっぱいが大好きで、いつまでもお母さんと一緒にいたかったのに、本当に悲しかった。
箱から出た時、驚いた。そこは、知らない家だった。おじさんとおばさんと、小学校六年生、小学校二年生、幼稚園、の三人の男の子と、小学校四年生の女の子のいる家だった。
ぼくは、コロという名前をつけられた。大きなおうちで、子どもたちは、ぼくをとりあいして、広い庭で遊んでくれた。この家のみんなが、ぼくのことを気に入りかわいがってくれていると、信じていた。この家へ来て、六ヶ月が過ぎた頃、一番上の子は中学校へ、一番下の子は小学校へ入学した。朝、みんなは、ガレージの前につながれているぼくのほうを見ることもなく、バタバタと出かけていく。おばさんは、ぼくの前にポンとエサをおいて、パートの仕事に行く。ぼくの仕事は、留守番だと思って、一生けんめい仕事をした。家族以外の人が来たら、一生けんめいほえたよ。バイクに乗った郵便屋さん、軽トラックでやってくる宅配便のおじさん、セールスのおじさんやおばさん、お姉さんも来たよ。そして回覧板を持ってくる、隣の家のおばあさん。おばあさんには、ぼくはほえなかった。隣の家の人だとわかったし、顔も覚えたから。おばあさんは、時々そばに来て、「今日も一人だね。毎日毎日立派に留守番して、本当に偉いよ。それにしても、この頃は、遊んでもらえないし、ろくに散歩にもつれて行ってもらえないんだろう。はじめのうちは、かわいい、かわいいとおもちゃにしていたのにね。本当にかわいそうなことだよ」と言ってパンをくれるのだった。小さい頃の時のようには、遊んでもらえなかった。誰も声をかけてくれなくなった。「ぼくは、一人ぼっちなんだ」淋しくて悲しくて、お母さんや、お兄ちゃんお姉ちゃんのことを思った。鎖でつながれているぼくは、どこへも行くことができなかった。「かわいがってくれなくても、散歩につれて行ってもらえなくても、一日一回エサはもらえるし、これでも幸せなのかもしれない。もっともっと不幸な友達もいるかもしれない」と、自分をなぐさめた。

                                 つづく

2012年3月4日日曜日

「ぶきよう先生大好き」


 わたしの名前は、かあこ。小学三年生の女の子。
 担任の先生は、愛先生。
愛先生は、金太郎みたいな先生だ。金太郎といっても男じゃないよ。
どこが金太郎みたいかというと、愛先生は、右手に一人、左手に一人、そして背中に一
人、三人の子供を一度にぶらさげることができるんだ。
いつも愛先生のまわりには、子供たちが集まって、先生にぶらさげてもらうのを、取り合いしてるんだ。でも愛先生は、いつも忙しそうに走り回っている。だから、なかなかぶらさげてもらえない。それでわたしは、愛先生に聞いた。
「愛先生は、どうしてそんなに忙しそうに走り回っているの?」
愛先生は、言った。
「先生は、ぶきようなの。ぶきようだから人より時間もかかるし、いつも一生けんめいなのよ」
わたしは、よくわからなかった。お母さんに聞いてみた。
「ぶきようってどんなこと?」
「何でも楽にパッパッとできる人がいるけど、一つ一つ一生けんめいしないと、ってことかしら」
「愛先生は、「ぶきようだから、いつも一生けんめいしているの」って、言ってたよ」
「自分のことぶきようだと言える人ってなかなかいないのよ。誰でも楽したいでしょ。自分はぶきようだから、いつも一生けんめいしなくちゃ、って思う愛先生は立派な人ね」
愛先生はぶきよう先生なんだ。でも立派な人なんだ。愛先生大好きっ、と、わたしは思った。

ある日、学校で飼っているうさぎのももが、急に元気がなくなり病気になった。愛先生は、病院へももをつれて行ってくれた。
「ももは、重い病気になってしまったの。ももの病気が良くなるように、みんなでお祈りしようね」みんなで鶴を折ろうということになり、たくさんの鶴を折った。夜は、ももが一人になるので、愛先生は、ももを家へつれて帰ってくれた。教室に、たくさんの鶴が飾られている。でも、ももは、元気にならなかった。
 校庭の隅へ、ももを埋めてお墓を作った。みんなが泣いている。愛先生も泣いている。
「ももが、いなくなって淋しいね、悲しいね。ももありがとう。たくさんの思い出ありがとう。みんなで言おうね。ももも、みんなにありがとう、って言ってるよ。ももは、空からいつもみんなを見ていてくれるよ。みんなといつもいっしょだよって、言ってるよ」
「いつまでも、もものこと忘れないよ」わたしは、ももに言った。

わたしのクラスは、みんなで八人。男の子が五人、女の子が三人。ときどきケンカが起こる。誰かが泣く。そんな時、愛先生は、じっくりと話を聞いてくれる。仲直りの握手ができるまで、話を聞いてくれる。誰かが意地悪した時は、「自分が、されてイヤと思うことは、人にしないようにしようね。とっても大事なことだから、覚えておいてね」愛先生は言った。

わたしは、三年生になって愛先生から教えてもらったことを、考えた。
l  うそをつかない。
l  コツコツでがんばろう。
l  されてイヤなことは、イヤと言おう。
l  正しいのはどれか、よく考えよう。
l  人の気持ちになってみよう。
わたしは、寝る時、愛先生の顔を思い出しながら、これを三回言う。
愛先生は、今日も忙しく走り回っている。
愛先生は、ぶきようだ。
でも立派な人なんだ。
わたしは、愛先生が大好きだ。    

2012年3月2日金曜日

「あの日に帰ろう」


  ある町に淋しい顔をした、若者がいました。ガールフレンドが、一人もいない若者は、いつも淋しい顔をしていました。「僕の恋人は、どこにいるのだろう」いつもそんなことを考えながら、青い空を見上げていました。
 ある日、若者は、友達とドライブに出かけました。途中の村に、お母さんのお父さん、つまりおじいさんの生まれた家があることを、思い出しました。その家へ寄ることにしました。若者を出迎えてくれたのは、かわいい娘さんでした。若者はその時から娘さんのことを、いつも思うようになりました。思いきって手紙を書きました。 

「僕の住んでいる町へ、遊びに来てください。小さな愛車で案内します。ぜひ遊びに来てください」

娘さんは手紙を読んで、町へ遊びに行くことにしました。若者と娘さんは、町へ、村へ、海へ、山へ、あちこちへ出かけました。そして二人は結婚しました。 

二人は、いつも仲良く楽しく過ごしていました。そしてぼくの命が生まれたのです。ママのお腹にいるぼくに、二人はいつも話しかけます。

「元気で育ってね。大切な大切な私達の宝物」

 ママの声もパパの声も、しっかり聞こえます。ピアノの音が聞こえます。ママの弾くピアノに合わせて、パパが歌っています。ギターの音が聞こえます。パパの弾くギターに合わせて、ママが歌っています。二人で仲良く、ピアノとギターで合奏しています。「ぼくも早く仲間になりたいなあ」パパとママにはわからないけど、ぼくは言ってます。ママはぼくのために、栄養のあるものをたくさん食べます。ぼくは、どんどん大きくなりました。ぼくのお部屋が、なんだかきゅうくつになりました。ぼくは、手や足を伸ばして体操します。パパとママの話し声が聞こえます。

「動いてる、動いてる。こんなに元気に動いてる」

「パパとママに早く会いたいなあ」パパとママにはわからないけど、ぼくは言ってます。ぼくのお部屋が、ますますきゅうくつになりました。ぼくは、手と足で、ドンドン、ドンドンと、ドアをノックします。十ヶ月が過ぎて、パパとママに会える日がやって来ました。

「バンザーイ」ぼくは、パパとママに会える喜びで、つるーんと勢いよく飛び出しました。 

パパは、大きな手でぼくを抱っこします。黒いメガネをかけたパパが、嬉しそうにニコニコしています。

「こんにちは赤ちゃん、初めまして、私がママよ」と、ママは歌でごあいさつです。

十ヶ月の間、ずっと聞いてきたパパとママの声、やっと会えました。

ぼくのことを、大切に大切に十ヶ月育ててくれたパパとママ。

「今日から三人で仲良く手をつないでいこうね」

パパとママは、ぼくの顔を見ながら言っています。

「よろしくー」ぼくはニコッと笑いました。

2012年2月27日月曜日

「わたしのお家 変かしら」 (2)


  かあこちゃんは、とても不思議な気持ちがしていました。わたしのお家は、変なのかしら、みんなの家と違うのかしら、と考え始めました。わたしの家では、みんなが働いている。子供も大人も、黒牛も乳牛も、にわとりもねこも、犬もやぎも。子供達に、滋養があるやぎのおっぱいを飲ませる為に、やぎを飼ったのだと、お父さんが、話していたし、ねこは、ネズミを追っかけて、犬は、留守番をしてくれる。わたしの家では、いろんな食べ物を作っている。米、麦、そうめんやひやむぎ、みそしょうゆ、梅干しらっきょうたくあん、梅酒、おもちかきもちあられ、きなこにおはぎ、パンもケーキも、お母さんが作ってくれる。かあこちゃんは、考えました。町で買う物は何かしら。魚と肉と、とうふあげ。洋服やセーターは、お母さんとおばあちゃんが、作ってくれる。でも、お正月には、町で洋服を買ってもらっていることを、思い出しました。みんなの家では、ほとんどの物を店で買っているんだわ、だからあんなに驚いていたんだわ。かあこちゃんは、いろいろ考えました。お兄ちゃんは、朝早く起きて、しぼった乳を、お父さんと牛乳屋さんへ運び、殺菌してビンにつめて配達している。わたしは、お姉ちゃん達と卵を集めて、汚れをとり箱につめる。それをお父さんが、店へ持って行く。かあこちゃんは、一年生のわたしも、ちゃんと仕事をしているんだよと、胸を張りました。
レオは、レオナルドダヴィンチからもらった名前です。レオと散歩している時、捨て犬と出会いました。赤ちゃん犬が、ヨチヨチと後をついてきます。もらい手を探しましたが見つからないので、大家族の一員になりました。レオの弟なので、ナルドです。来てすぐナルドは、重い病気になり、入院しました。かあこちゃんは、毎日病院へ通い励まし、一生けんめい祈りました。ナルドは元気になり、三人で追いかけっこしたり遊び回りました。   
元気だったおじいちゃんが、秋の終わりに病気でなくなりました。かあこちゃんの家には、二百年も前から、家の守り神だと言い伝えられている、大きなくすの木があります。
「おじいちゃんは、どこへ行ったの?」お母さんに聞くと、「お空に昇り、このくすの木へ帰ってきて、いつもみんなを見守っていてくれるのよ」と、言いました。
 今、かあこちゃんは、くすの木を見上げています。あれから何年たったのかしら。みんなみんなレオもナルドも、くすの木に行ってしまった。「ありがとうみんな。いつもいっしょよ。ずーっとずーっといっしょよ」かあこちゃんは、孫の手をギュッと握りつぶやきました。                                

                                       おわり

2012年2月26日日曜日

「わたしのお家 変かしら」 (1)


かあこちゃんの小さい時のお話です。

かあこちゃんは、一年生。
 とっても元気な女の子。
 家族は、おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、お兄さん、二人のお姉さん、黒牛のタロ、乳牛のハナとモモ、やぎのメリ、たくさんのにわとり、ねこのミイ、大の仲良しの犬のレオ。
 学校で家の話をする時、かあこちゃんは大きな声で、身ぶり手ぶり一生けんめい話します。家族みんなの話をすると、とても時間がかかります。でもクラスのみんなは「それでどうなったの?教えて教えて」と、かあこちゃんの話を、楽しみにしています。
 ある日「みんなで、かあこさんの家へ、見学に行きましょう」ということになりました。かあこちゃんは、びっくりして恥ずかしくなって、胸がドキドキしてきました。でも、ちょっぴり得意な気もしました。
 その日は、とってもよいお天気でした。ハナとモモの乳しぼりを、お母さんが、見せてくれました。お母さんの手に握られたおっぱいから、勢いよくシューシューと音をたてて、お乳が出ています。どんどんバケツが、いっぱいになっていきます。みんなは「ワーッワーッ」と、歓声をあげています。ハナもモモも、目をパチパチさせて、小さなお客さんに驚いています。でも、おっぱいをしぼってもらって、気持ちよさそうです。
 次に、お父さんが、たくさんのにわとりがいる鶏舎を、案内してくれました。生まれたばかりの卵が、ならんでいます。お父さんは、われないように、ていねいに集めます。「ワーッあったかいよ」誰かが、卵にさわりました。「生みたてだからね」お父さんが、言いました。みんなは町の子なので、店で売っている卵しか知りません。「かあこちゃんずるいー」ブーブー言っている子もいます。
 次に、田んぼへ行きました。おじいさんが、タロと働いています。力を合わせて、耕しています。タロは、力もちです。田植えの準備です。みんなが見ている間に、どんどん耕されていきます。「タロは、すごいなあ」と、みんなは感心しています。
 次に、畑へ行きました。おばあさんが、働いています。草をとる仕事も大変です。おばあさんは、体を起こし「よう来たなあ、ゆっくり見ていってなあ」と、言いました。
 かあこちゃんは、畑でとれるいろんなものの名前を言いました。「人参じゃがいもたまねぎ、ねぎ大根きゅうりかぼちゃ、トマトピーマン白菜キャベツ、いんげんえんどうさつまいも、落花生とうもろこし、スイカメロンイチゴ、にんにく大豆小豆、えーっとそれから」「すごーい、八百屋さんみたい」みんなが叫びます。「やぶでは、柿栗みかん夏みかん、ゆずびわいちじく、それから竹の子、えーっとそれから」「すごい、すごい」歓声があがります。かあこちゃんは、鼻高々です。この日の見学は、終わりました。みんなは、興奮して帰りました。                             つづく
 

2012年2月25日土曜日

昭和のヒロイン

激動の昭和を生き抜いた日本の母

 戦後生まれの私が、お話を聴くボランティアで出会った九十歳の女性は、私が考える昭和のヒロインである。激動の時代を生き抜いた日本の母である。男達が引き起こした戦争によって、大切な人を失い、深い悲しみ大きな苦しみを胸に、歯をくいしばり、昭和を生き抜いた。彼女達にはただただ頭が下がる。平和で豊かな今の日本からは、想像するのも難しい彼女達の人生。昭和のヒロインは、このような多くの彼女達である。
 彼女の夫は、終戦になっても消息不明で生死もわからず、引き上げ船が帰るたびに、幼い四人の子供をつれて、舞鶴まで何度も出かけた。戦争という恐ろしい渦に巻き込まれ、悲しみ苦しみを押し付けられ、それでもそれに負けず、歯をくいしばって生きてきた。負けるわけにはいかない。子供達を立派に育てあげねばならない。一番下の子は父親の顔を知らない。生まれてすぐ写真を撮り夫のもとへ送った。夫はとても喜んでいたと、後で人づての聞いた。この子は父に一度も抱かれることはなかった。戦争が終わった。いろんな仕事をして、必死で子供達を育てた。とにかく夫が帰るまで頑張らなければと一生懸命だった。子供達の元気な姿を、夫に見せたいという思いで必死だった。いつかきっと帰ってくると信じ、元気で帰ってくれることを信じ、無事を祈り続けて十一年。遺骨が還った。名前を書いた木の札のみの遺骨だ。他に何もなかった。夫が出征した日から六十余年の歳月が流れた。四人の子供は亡夫から託された彼女の宝物だった。夫を見送った最後の時に「子らをたのむよ」と言った夫の言葉と、手の熱い感触を胸に生きてきた。「子供達も立派に成人し、夫に自慢したいと思います。現世での生活は、七年足らずでしたが、あの世で会えるのを、楽しみにしています」と話す彼女が、夫に会える日はそう遠くではない。
 激動の昭和を生き抜いた、彼女達の踏ん張りの上に、今の日本がある。