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2020年11月6日金曜日

思い出の中の歌

 いろんな歌を口ずさんでいる私は、無意識に出てくる歌を歌っています。記憶のメモリーに入っているたくさんの歌です。子守歌、童謡、唱歌、歌謡曲、フォークソング、軍歌、民謡、自分でも驚くほど多岐にわたる歌の数々です。考えて歌っているわけではありません。先日は調子よく無意識に口ずさんだ歌ですが、はて題名は何だったかなと苦笑してしまいました。しばらくして題名を思い出しました。舟木一夫の「君たちがいて僕がいた」です。「高校三年生」でデビューした舟木一夫は、次々と学園シリーズをヒットさせました。すべての曲が映画にもなりました。「高校三年生」からファンとなった私は、新曲が発売されるとそのたびにレコードを買いました。どの曲も大好きになり、レコードを聞いてはよく歌いました。十代の思い出です。 

「君たちがいて僕がいた」   作詞 丘灯至夫

               作曲 遠藤実

    心の悩みを うちあけ合って

   眺めたはるかな 山や海

   言葉はつきても 去りかねた

   そんなときには いつの日も

   ああ 君たちがいて 僕がいた

 

   さよならする日は 肩くみあって

   しあわせ信じて うたおうよ

   大人になるのは こわいけど

   そんなときにも 離れずに

   ああ 君たちがいて 僕がいた

2020年7月9日木曜日

思い出の中の歌(筑後川)


 梅雨真っ只中の豪雨は、九州に大きな被害を起こし、中部地方にも被害が出ています。熊本県の球磨川が氾濫し、大分、福岡、佐賀を流れる筑後川も氾濫しました。テレビの映像で大変な状況を見て、何もできない私です。自然災害の怖さを見せつけられています。新型コロナウイルスが猛威をふるい、社会全体を震撼させてまだまだ収束の見通しが立ちません。いろんな分野に携わる人々は、厳しい状況に追い込まれています。そこへ自然災害の追い打ちです。国を挙げて、この国難を乗り越えねばなりません。

 荒れ狂う筑後川を映像で見て、思い出の中の筑後川が豹変しました。転勤で東京暮らしが始まった頃のことです。日本の首都東京へは、修学旅行でしか行っていません。東京への憧れと、首都東京という大きく立ちはだかるような壁を感じていました。そんな東京で暮らすということに、嬉しくもあり、地方出身の気後れも抱えていました。武蔵野の面影の残る郊外での、暮らしが始まりました。素晴らしい環境でした。買い物に、散歩に、チャリダーにと、充実した毎日でした。遠くに富士山を眺め、大木となったケヤキ並木の下を通る時、いつも口ずさむ歌がありました。「思えば遠くへ来たもんだ」です。1978年発表の海援隊の歌です。歌詞に筑後川が出てきます。行ったこともない見たこともない大河、筑後川に自分勝手なイメージを膨らませていました。今でも憧れの存在です。



「思えば遠くへ来たもんだ」

              作詞 武田鉄矢

              作曲 山木康世



   踏切の側に咲く

   コスモスの花ゆらして

   貨物列車が走り過ぎる

   そして夕陽に消えてゆく



   十四の頃の僕はいつも

   冷たいレールに耳をあて

   レールの響き聞きながら

   遥かな旅路を夢見てた



   思えば遠くへ来たもんだ

   故郷離れて二十年

   思えば遠くへ来たもんだ

   この先どこまでゆくのやら



   筑後の流れに

   小鮒釣りする人の影

   川面にひとつ浮かんでた

   風が吹くたび揺れていた






2020年4月23日木曜日

考えさせられる歌「死んだ男の残したものは」


 1965年に発表された日本の反戦歌の一つです。ベトナム戦争のさなかにつくられた曲です。作詞谷川俊太郎、作曲武満徹です。当時、たくさんの若者たちに歌われました。戦後75年が経った今、日本は平和な国になりました。しかし世界では、まだ戦争というものが消えてはいません。新型コロナウイルスの猛威が世界を襲い、人間の死が身近な存在となっています。

「死んだ男の残したものは」

   死んだ男の残したものは
   ひとりの妻とひとりの子ども
   他には何も残さなかった
   墓石ひとつ残さなかった

   死んだ女の残したものは
   しおれた花とひとりの子ども
   他には何も残さなかった
   着もの一枚残さなかった

戦争によって死んでいった人たち、男、女、子ども、兵士、かれら、歴史と歌は続きます。

一人の人間の死は、何を残していくのでしょう。考えさせられます。コロナウイルスにより死に至るというものは、戦争ではありませんが人の終焉です。何も残さなかったというのも、一つの美学です。音楽、絵画、文学などの芸術分野では、作品とともに名は永遠に残ります。一般凡人は、何を残すのでしょう。財、名誉、子孫などもあります。何も残さなかったという旅立ちに向けて、人生の後始末を頑張らねばなりません。頑張ろうと思います。

2020年3月26日木曜日

歌はともだち


 「歌はともだち」という歌がありますが、私にとって本当に歌はともだちです。
     歌はともだちだ
     歌はよろこびだ
     歌はあふれでる
     ラララわきあがる

 朝起きだす時は「ラジオ体操の歌」から始まります。
     新しい朝が来た
     希望の朝だ
     喜びに胸を開け
     大空あおげ

 探し物をする時は「夢の中へ」を歌います。
     探しものは何ですか
     見つけにくいものですか
     カバンの中もつくえの中も
     探したけれど見つからないのに

何かのミスを家族に指摘された時には
     何でだろう
     何でだろう
     何でだろう
             を連発します。素晴らしい言葉です。

うるさい家族の文句には
     気にしない
     気にしない
     気にしない
             これまた素晴らしい言葉です。

それぞれの言葉には節をつけます。ミュージカルやオペレッタのようにです。

夜寝る時には、布団の中で子守歌のオンパレードです。目を閉じて歌える歌を増やしています。数曲歌っていると、いつのまにか眠ってしまいます。歌大好きなおばあさんで、一日が始まり一日が終わります。歌を歌うことはとても楽しいものです。


2020年2月28日金曜日

思い出の中の歌「かあさんの歌」


 春だ春だ春が来たと喜んでいたところ、ここ数日は冬に逆戻りです。寒い冬と結びついている思い出がよみがえります。私が小学校高学年、二人の姉が中学生と高校生、兄が大学生の頃です。冬の夜のことです。兄がテープレコーダーを買ってきました。初めて見るテープレコーダーです。兄妹4人が集まって、物珍しいテープレコーダーに興奮です。兄が、ラジオから録音した歌がありました。「かあさんの歌」です。初めて聞く歌で、すぐにお気に入りの歌になりました。兄が、テープレコーダーを操作します。おしゃべりする私たちの声を、録音しました。初めて聞く自分の声です。とても変に思えて、大笑いしてしまいました。兄妹4人が、盛り上がってやかましくしている頃、父や母や祖母は何をしていたのか思い出せません。私たちのそばにはいませんでした。その記憶はあります。かしまし娘三人は、「かあさんの歌」に合わせて歌います。それを兄が録音します。テスト録音で、何度もくり返します。無邪気な私は、楽しくて嬉しくて意気揚々と歌います。懐かしい子ども時代のひとコマです。農家の茶の間は、台所や食堂が一続きの土間に面しています。父や母や祖母は、時々土間で夜なべをします。母は編み物や繕い仕事を茶の間でします。「かあさんの歌」の通りです。「かあさんの歌」は、思い出すと胸にじんとくる思い出の中の歌です。日本人の誰もが持っている、心のふるさとに繋がる素晴らしい歌だと思います。

「かあさんの歌」
           作詞・作曲 窪田 聡

       かあさんが 夜なべをして
       手袋 あんでくれた
       木枯らし吹いちゃ 冷たかろうて
       せっせと あんだだよ
       ふるさとの 便りはとどく
       いろりの においがした


       かあさんは 麻糸つむぐ
       一日つむぐ
       おとうは 土間でわら打ち仕事
       お前も がんばれよ
       ふるさとの 冬はさみしい
       せめて ラジオ聞かせたい

 *作者の窪田聡は、アコーディオンを弾きながら歌ごえ運動に専従していて、この歌は昭和31年2月に詞とメロディが殆ど同時に完成したそうです。

2020年2月4日火曜日

節分・立春


 新型コロナウイルスの大騒動が続いていますが、日めくり暦は一日々淡々と過ぎていきます。昨日は節分、そして今日は立春です。暦の上では春です。この冬は暖冬で、まだ積雪を見ていません。毎年のことながら、立春を迎えると大好きな歌「早春賦」を口ずさんでしまいます。春を待つ人々の心情をとらえ、歌い上げています。春は人の気持ちを明るくし、未来への希望につなげてくれるようです。雪深い地域に暮らす人達にとっても、時差はありますが確実に春はやってきます。待ち遠しい春です。

「早春賦」

   春は名のみの風の寒さや
   谷の鶯歌は思えど
   時にあらずと声も立てず
   時にあらずと声も立てず

   氷解け去り葦は角ぐむ
   さては時ぞと思うあやにく
   今日もきのうも雪の空
   今日もきのうも雪の空

2019年10月16日水曜日

私の好きな歌「およげたいやきくん」


 1975年に発表された「およげたいやきくん」は、愛唱歌の一つです。替え歌を作って楽しんでいます。毎日毎日の繰り返しが生きるということだと、自分に言い聞かせ、自分を励まし、ここまで来ました。その中で、子供が育ち、孫が育ち、そして自分は朽ち果てます。自然の摂理です。誰もこの摂理からは、逃れることはできません。毎日毎日の繰り返しが、偉業となります。忍耐力がいります。途中で放り投げることはできません。我慢我慢です。持久力もいります。ほぼ半世紀近く、我ながらよく頑張ってきたと感心します。長きにわたり勤めてきた人には、いつか仕事が終わる日が来ます。しかしその後も人生は続きます。「生きる」は続きます。家庭に入って生きてきた人には、終わりの日は来ません。エンドレスです。毎日毎日おさんどんは続きます。食べたらできる洗い物。毎日毎日三食の用意と片付け、一日があっという間に過ぎて行きます。人間は、こんなに物を食べる生き物だと呆れ返ります。食べなくなる時、それは終焉です。「およげたいやきくん」の心境がよくわかります。「はじめておよいだうみのそこ」どこかにパラダイスがあることを夢に見て、昨日も今日もそして明日も生きるは続きます。

「およげたいやきくん」
  まいにちまいにち ぼくらはてっぱんの
  うえでやかれて いやになっちゃうよ
  あるあさ ぼくはみせのおじさんと
  けんかして うみににげこんだのさ

2019年10月4日金曜日

私の好きな歌「一週間」


 この歌はロシア民謡で、ボニ一ジャックスが歌っていました。1963年4月に、NHK「みんなのうた」で紹介されました。簡単な歌詞で歌い易く、私はよく口ずさんでいます。思いつくままに、替え歌をしたりして楽しんでいます。歌詞では「一週間の仕事」と歌っていますが、結局は仕事をせずに毎日を楽しんで過ごしているのです。うらやましい暮らしです。そこで「シニア夫の一週間」を作ってみました。

「シニア夫の一週間」

 日曜日は朝からテレビ
 午後はゴルフ観戦
 ルルルル ルルルル ルルルン
 ルルルル ルルルン

月曜日は朝からジムへ
火曜日もまたまたジムへ

水曜日も朝からジムへ
木曜日もまたまたジムへ

金曜日は朝からCafeへ
土曜日はチャット三昧

奥さん奥さん奥さん
これが私の一週間の仕事です

怒らないで怒らないで
どうぞよろしく



2019年9月27日金曜日

チャリダークラブ再開


 酷暑の間は休んでいたチャリダークラブを再開しました。といっても遠出は控えています。今回は鴨川を上り、今出川通りの一つ北の出町柳で鴨川を渡り、下賀茂神社に沿って北上し、御蔭橋で高野川を渡り御蔭通りを東へ走ります。鴨川ではススキが美しい穂を広げています。

鴨川の川原を上流へ向かいます。

ススキは最盛期

比叡山の上には白い雲と青空が広がっています。

出町デルタは外国人に人気です。 

鴨川と別れて高野川です。上流は大原です。

心地よい風を受けて、気分は最高です。白川通りの一本手前で、疎水の北分流に沿っている道に入ります。京大グラウンドを見ながら走ります。たくさんの若者がスポーツに汗を流しています。その姿は爽やかです。疎水分流に沿っての道は、素晴らしい散歩道が続いています。私のお気に入りの道です。

京福電鉄鞍馬線

疎水は深くなっています。右に京大グランドがあります。

素敵な散歩道です
その散歩道の東側にある住宅地は、戦前に建てられた古いものです。京大の人文研究所もあります。住宅地の中に立つこの建物は、西洋風の雰囲気でひと際目をひきます。この辺りからは、遠くに京都西山が見えています。
  

 銀閣寺へと続く今出川通りを横断し、京大のキャンパスが広がる裏道を走ります。吉田神社を通過し、聖護院を通過し、丸太町通りを横断し岡崎へと進みます。平安神宮を通過し、ロームシアター京都のスタバで休憩です。 

京大時計台

スタバで抹茶フラペチーノ

4時20分頃に自宅を出て、ちょうど1時間です。ロームシアターは、二条通りに面しています。二条通りの西に、美しい夕焼けです。空を朱色に染めてきました。休憩しながら、刻々と変わる夕焼け空に見とれてしまいます。私の大好きな夕陽です。



童謡「夕日」を口ずさんでしまいます。
ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む
ぎんぎんぎらぎら日が沈む
まっかっかっか空の雲
みんなのお顔もまっかっか
ぎんぎんぎらぎら日が沈む



この歌の通りです。街の家並みも道路も、大人も子供も、みんなまっかっかです。休憩している間に、夕日は西山の向こうに沈んでいきました。今日のチャリダークラブは、近場を走っただけですが気分は爽快で、素晴らしい夕陽で幕を下ろしました。

2019年9月25日水曜日

学生街の喫茶店


 秋の訪れとともに、心は深くなりいろんな思い出がよみがえります。大好きな歌「学生街の喫茶店」を、口ずさんでしまいます。京都には大学がたくさんあります。「学生街の喫茶店」を探しに、チャリダーで出かけました。ずいぶん走り回りましたが、思い出の「学生街の喫茶店」は見つけられません。学生街にある小さな喫茶店です。半世紀の時が過ぎ、町並みもずいぶん変わっています。長い歴史を持った小さな喫茶店の姿はありません。近代的な現代のCafeとは、イメージが違います。唯一京都大学の北側にある喫茶店で、満足することにしました。1930(昭和5年)に創業した進々堂京大北門前です。入口の上にはBIENVENUEとフランス語で「いらっしゃいませ」と書いてあります。






創業以来ずっと現役で頑張ってこられました。たくさんの学生たちに、愛されてきた喫茶店です。店の前の今出川通りには、プラタナスの並木があります。京都にはあちこちにプラタナスの並木があり、「学生街の喫茶店」の歌のイメージを膨らませてくれます。誰の思い出の中にもある青春時代の1ページです。秋の深まりにピッタリの「学生街の喫茶店」です。

「学生街の喫茶店」

         君とよくこの店に 来たものさ
         訳もなくお茶を飲み 話したよ
         学生でにぎやかな この店の
         片隅で聴いていた ボブ・ディラン
         あの時の歌は聴こえない
         人の姿も変わったよ
         時は流れた
         あの頃は愛だとは 知らないで
         サヨナラも言わないで 別れたよ
         君と         

2019年3月27日水曜日

私の好きな歌「夢をあきらめないで」


 今甲子園では選抜高校野球大会が開かれています。毎日熱戦が繰り広げられています。大会第三日には、京都と三重が対戦しました。延長戦の末に0対2で三重が敗れました。どちらのチームにも勝ってほしいという複雑な思いでのテレビ観戦でした。
 ずいぶん前になりますが、甲子園で開かれる高校野球大会のテーマ曲に選ばれた歌「夢をあきらめないで」は、私の大好きな歌です。作詞作曲は岡村孝子です。手元にあるCDは、1985~1994のシングルコレクションです。このCDを買ったのはずいぶん前です。「夢をあきらめないで」は、愛唱歌の一つになっています。人生の応援歌です。十代の若い人へのメッセージと捉えられますが、年齢に関係なく自分を励ましてくれる歌です。いくつになっても「夢をあきらめないで」です。


「夢をあきらめないで」  

   乾いた空に続く坂道
   後姿が小さくなる
   優しい言葉 探せないまま
   冷えたその手を 振り続けた
   いつかは皆旅立つ
   それぞれの道を歩いていく
   あなたの夢を あきらめないで
   熱く生きる瞳が好きだわ
   負けないように 悔やまぬように
   あなたらしく 輝いてね