今から800年前に鴨長明が書いた「方丈記」が話題をよんでいます。今のこの時代を生きている人々の心の不安に何らかのヒントを与えてくれているのかもしれません。昨年の東日本大震災、原発問題、経済の不安定さなど、人々の心は迷える子羊のようです。こんな時、人々の心を救うのは信仰なのかもしれません。しかし現代の日本では無宗教の人が増えて、仏教さえ葬式仏教と揶揄されています。葬儀に始まり法事、お彼岸、お盆、お正月などのお墓参りは、日本人の生活の中に定着していますが、自分の心を救う信仰とは少し違っているように思います。
鴨長明が言う「人間が生きることにおける無常さ」は、どんなに文明・科学が進歩発展しても無くなるものではありません。ずっとずっと昔の古代の人々も、今もそのことは普遍のものです。人間の命には限りがあるからです。しかし人間の寿命が、人生50年といわれていた時代に比べ、現代は医学医療技術の進歩により人生100年になっている分、無常を抱えて生きる年月が長くなっています。
無常とは、すべてのものは、ほろびたり、うつり変わったりして、同じ状態ではないこと。はかないこと。と辞書に書かれています。この苦しみ、哀しみからほんの少しでも逃れる方法は、能動的に人生の無常を受け取ることだと思います。人の生きる道は無常で当たり前、苦しいこと悲しいことがあって当たり前、命には限りがあるということをいつも頭のどこかにおいて生きていれば、小さな喜びにも気づき、小さな幸せにも感謝する自分がいるということを発見するのではないでしょうか。
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