2016年3月3日木曜日

読書の楽しみ(5)(伊勢人・いせびと)

 


この隔月刊誌は、先日三重県松阪市飯高町にある小津安二郎資料室を訪れた時に手に入れたものです。2001年(平成13年)の12月に発行されました。「小津安二郎を歩く」と題して特集が組まれていたのです。副題として「名監督の原風景は三重で過ごした青春の日々にあった」と書かれています。
 小津安二郎は、1903年(明治36年)東京深川で生まれました。深川には、松尾芭蕉が終の棲家とした深川芭蕉庵があります。芭蕉は三重県伊賀の出身で、「奥の細道」の出発地は深川です。小津安二郎の小津家は、三重県松阪の豪商であり、彼は9歳~19歳の十年間を、最も多感な時期を三重県で過ごしました。そのことは彼の人間形成に何らかの影響を与えており、映画人となる素地が生まれたのだと思います。松尾芭蕉と小津安二郎、二人の巨匠は、三重と深川でつながっているのです。二人は隅田川を眺め、愛し、究極の人生観である「無常」を、世界は違いますが、俳句と映画の世界で追求したのではないでしょうか。
深川には、小津本家の倉庫から荷物を積みおろしするために架けられたという小津橋があり、小津安二郎生誕記念碑もあるそうです。小津安二郎の墓は鎌倉の円覚寺にありますが、両親が眠る小津家の墓は深川陽岳寺であり、松阪小津と深川小津がここでつながっています。小津安二郎監督の映画は、家族の日常、親子、夫婦、兄弟の愛情が描かれ、小市民映画といわれるそうです。時代は変わっても、変わらない人と人のつながりは不滅のものです。小津安二郎特集を読んで、また新しい発見をしました。胸が熱くなる言葉です。

  「なんでもないことは流行に従う
   
          重大なことは道徳に従う
   
                  芸術のことは自分に従う」


               小津安二郎

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