2012年10月26日金曜日

「ぼくは指揮者」 (2)


 お父さんは、会社へ行き、おじいちゃんとおばあちゃんは、田んぼと畑へ行く。お兄ちゃんと上のお姉ちゃんは、学校へ行き、下のお姉ちゃんは、幼稚園へ行く。お母さんとぼくと、タロとミーは留守番だ。タロとミーは、お庭で日なたぼっこしながら、お昼寝をしている。そんな時、お母さんは、ピアノを弾く。お母さんは、ベートーヴェンとショパンが好きだ。ベートーヴェンは、少し重々しくそしてはげしく、ショパンは、優しく軽やかだ。ぼくも、ベートーヴェンとショパンが好きになった。ベートーヴェンの曲を聞くと、すごく考える人になるみたいだ。ショパンの曲が流れると、踊りだしたくなってくる。

 ある日のこと、家族のみんなが、旅行に出かけ、家には、お母さんとぼくと、二人きりだった。その夜、お母さんは、電気をつけないでピアノを弾き始めた。窓から明るい月の光がさしこんでいる。ベートーヴェンの「月光」だ。静かに淋しく一楽章のメロディーが流れている。ふと見上げると、お母さんの目には涙があり、お母さんは、泣きながらピアノを弾いているのだ。ぼくも悲しくなって、涙があふれた。

  次の日、お母さんとぼくは、お母さんのお父さん、つまりおじいちゃんのお見舞いに、病院へ行った。お母さんのお母さん、つまりおばあちゃんは、ぼくのお母さんが子供の時に、お星さまになっていて、おじいちゃんしかいない。そのおじいちゃんが、今、重い病気になって大変なのだ。おじいちゃんは、ぼくを優しく撫でて「会えないのは残念だなあ、おじいちゃんの分もしっかり生きておくれ」と静かに言っている。そのおじいちゃんは、一ヶ月後に天国へ行ってしまった。そしてぼくは、お母さんが、泣きながら「月光」を弾いていた訳を知ったのだった。

つづく

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