平城京歴史館を観て、少し興奮気味の私達は、歴史館の東にある朱雀門へ行きました。
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芝生の部分が中国大陸で「せんとくん」の立っているところが日本列島です |
平城京の入り口からは、75m幅のメインストリートの朱雀大路が広がります。その朱雀大路を北へ3.7km歩くと、突き当りが平城宮の正門である朱雀門です。間口25m、奥行き10m、高さ22m、二重の屋根で、他の門より特に立派に造られているとのことです。かつて平城宮の周囲は大きな築地塀で囲まれ、合計12の門があり、朱雀門は平成10年(1998)に復原されました。門の南にある広場は朱雀大路の一部を復原したもので、門のすぐ前を幅37mの二条大路が東西に横切っています。朱雀大路の広いこと広いこと。見上げる立派な大きな美しい朱雀門に圧倒されます。うっとりしてしまいます。つくづく昔の人は偉かったと思います。
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朱雀門の向こうに大極殿の屋根が見えています |
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朱雀門の南に広がるのが朱雀大路です |
朱雀門の前に銅像が立っていたので近づいてみました。棚田嘉十郎像でした。その人が何をした人なのか、私は知りませんでした。説明によると棚田嘉十郎は明治時代から大正時代にかけて、平城宮の保存活動を先頭に立って行いました。江戸時代に調査が始まり、明治30年(1897)に平城宮は発見されました。しかし放牧地となり堆肥が山積みになっている状況を嘆き、明治39年(1906)に平城宮跡保存会を作り発起人となり、私財を投じて平城宮跡の保存と顕彰に一生を捧げたとのことです。立派な人がいたことを知り感動しました。そういう人がいて今につながっています。
朱雀門から北にまっすぐ伸びる視界の先に、またまた立派な大極殿が見えています。広大な平城宮跡の中を、ススキの群生を見ながら大極殿へと向かいました。
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朱雀門から大極殿を望む |
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ススキの群生が広がっています |
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