2015年11月12日木曜日

ふるさとの歴史(神山一乗寺)

 櫛田祓川頭首工の近くにある古い歴史を持つ神山一乗寺(こうやまいちじょうじ)へ寄りました。天台宗のお寺です。三重県松阪市中万町の一番東に位置し、高さ約100mの山上にあります。



    以前三重県津市美杉村にある北畠神社へお参りし、ブログに書いた伊勢国司を務めた北畠氏と深い関わりがあります。この寺の西側に位置する一段高い山の上(海抜約130m)に、神山城跡があります。南北朝時代の延元2年(1337)北畠親房の命により山城が構築され、田丸城、一之瀬城と共に北畠氏の根拠地になっていました。南朝方と北朝方との幾度かの激戦により落城しましたが、北畠氏の神山一乗寺への帰依は深く、神山一乗寺は手厚く保護されました。地元の郷土史には、国司北畠氏からの堂舎再建、寺領寄進、大日如来鋳させるなどと記述されています。北畠氏から下知された制札は、延徳2年(1490)四代教具、明応5年(1496)五代政具、天分2年(1533)七代晴具からのものが三枚残っているそうです。これは殺生、放馬、軍勢の狼藉を禁止するという意味とのことです。境内の広さは約1360坪で、本堂、正殿、庫裏、五智堂、経蔵、鐘楼、客寮、山門などがあります。神山一乗寺は、失火により焼失したり、再建されたりと、波乱万丈の道を歩んできました。 
 お寺へは、東坂と西坂の登り口があります。私達は東坂から登りました。碑のそばにたくさんの杖が用意されていて「お参りありがとうございます。どうぞこの杖を使って下さい」と書かれていました。



   久しぶりの山登りです。息を切らしながら苔むした石段を登り、20分ほどで到着しました。目の前に歴史を感じさせる神山一乗寺があらわれました。以前自転車で下の道を通りましたが、山の上にこんな立派なお寺があるとは知りませんでした。テレビの番組のタイトルですが「昔の人は偉かった」とつくづく思いました。約100m登っただけですが、地上からずい分離れたような気がします。空が近くに感じられました。

人もいず、足跡が見えず不安な気持ちで!
5合目位で少し明るくなりました

葵か?

やっと見えた竹囲い


門をくぐると予想外に立派な伽藍がありました。この日は誰とも出会いませんでしたが、お堂の前に置かれていた記帳ノートには、三日前にお参りされた方の記帳がありました。時々はどなたかがお参りに来られているのだと思いますが、山の上に隠れた佇まいの神山一乗寺でした。
東門

こんな山の中に立派な伽藍

庫裏


鐘楼

正殿

経蔵

西門

本堂

本堂内陣


さらに上に行くと神山城跡か?

城の石垣か?


次回は西坂登り口から登ってみたいと思います。

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