車内のアナウンスが流れていますが、私達は言葉がわかりません。その上、人のどよめきで、声もよく聞こえません。でも何か緊急事態が発生したのだということは、感じとれました。同じ列車に乗り合わせた人達が、網棚から荷物を下ろし、降りる準備をしているようです。何が何だかわからないまま、私達もみんなの真似をして、降りる準備をしました。そのころになると車内は騒然となり、人々が動き回り、大声で叫び回り、本当に難民の民族大移動のような感じになりました。そして列車はジローナで停車し、みんなが降りました。もちろん私達もみんなの後をついて降りました。長距離国際特急なので、人々は大きな荷物をたくさん持っています。駅のコンコースで人々は並びます。どこにでもリーダー的な人がいるものです。その女性はさっさと駅員室へ行き、これからどういう段取りになっているのか、交渉を始めました。その概要は「行き先別に高速バスを出すので、ここからはバスに乗って下さい」というものでした。フランスも広いので、各都市別に分かれるのです。私達は、ただ「モンペリエ」という地名だけを頼りに、耳をすませていました。どうやら1グループがモンペリエ行きのバスに乗るということを知り、バスが到着するのをベンチに座って待ちました。雨はあいかわらず激しく降っています。
隣に座った男性(私達よりもだいぶ年上に見える)が、英語で話しかけてきました。私達は、英語もあやふやですが、人間のコミュニケーション能力は大きいものです。「あなた達は日本人ですか?私は若い頃にベトナムへ行ったことがあります。ベトナムで日本人と友達になり、日本語も教えてもらい、富士山の写真も見ました。こんにちは、ありがとう、さよなら、を覚えています。今日はバレンシアからマルセイユの息子のところへ行くのです」もっといろいろ話されたように思いますが、記憶が定かではありません。お手洗いに行ってくるので荷物を見ていてほしいと頼まれ、そのあと行き先が違うのでそこで別れました。
もう一人記憶に残った50歳位の男性がいました。多くのにぎやかなスペイン人の中で、静かに物事を見ているような知的な雰囲気の紳士でした。私達は、言葉ができないという気後れでしゃべれませんでしたが、その人はイギリス人のようでした。
ジローナ駅でも2時間ほど待ち、やっとバスが到着しました。
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