深夜、早朝に鳴り響く救急車のサイレンの音を聞くと、過ぎ去った悲しい記憶がよみがえります。心筋梗塞で倒れた母は、救急車の中で蘇生術をしてもらいましたが、戻ることなくそのまま亡くなりました。母の妹である叔母は、浴槽で突然最期を迎えました。救急車が来た時には、すでに事切れていました。私の家の近くには大きな総合病院があり、深夜、早朝には特に救急車のサイレンが響き渡ります。今頃の厳しい寒さの頃が多いように思います。母が旅立ったのも今頃でした。
私にとって救急車は、近寄りがたく遠い存在でした。ずい分前のことになりますが、娘が三歳の頃です。遊びに行っていた近くの広場の少し高さがあるところから落ちて、泣いて帰ってきた時には、みるみる膨れてくるこぶに私は驚き動揺し、すぐ病院へ行かねばと焦りました。近くの病院は休診日だったり、午後の休診時間です。どこの病院へ行ったらよいのかわからず、119番へ電話しました。すぐ診てもらえる病院を教えてもらい、車の運転に心細さを感じながらも「母は強し、為せば成る」と自分に言い聞かせて、知らない土地の病院へ駆けつけました。その時に「救急車出しましょか」と言って下さったのですが「自分で行きますので」と答えた私には、救急車を呼ぼうという気は毛頭なかったのです。
母は歳を重ねるごとに体の不調が起こり、何回か救急車のお世話になりました。義母も義兄も姉も、数回お世話になりました。救急車に助けてもらえるのはありがたいことです。先日救急車が家の近くに止まったので、何事が起こったのかと驚き心配しました。近所の五十歳代の女性が、助かることなく突然亡くなられました。動脈瘤破裂でした。
今日も早朝から救急車が何度も出動しています。小さい子供、高齢者、異変が起こった身体など、要請を受けて走る救急車は、正義の味方「月光仮面」のようです。
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