今から十年ほど前のことです。叔母の葬儀が終わり、最後に夫である叔父の謝意が述べられました。叔母は心不全で突然亡くなりました。八十歳でした。その時叔父は八十六歳でした。長年警察官として勤め上げ、冗舌ではありませんでした。何人かいる叔父、叔母の中では、寡黙なほうでした。そんな叔父が語る謝意には、みんなが耳を澄ませました。叔父は小さな声で、ぼそぼそと語りました。途切れ途切れに聞こえてくる言葉から、夏目漱石の「草枕」の一文だとわかりました。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
叔父がぼそぼそと語るこの言葉は胸に響きました。世渡りの上手な人もたくさんいると思いますが、叔父は真面目にこつこつ人生を歩んだように思います。二人の息子のうち、長男は四十二歳で亡くなっています。親としてどれほどつらく悲しい苦しみを経験されたことでしょう。読書家で博学だった叔父、目立たないけれど立派な精神性の持ち主だった叔父が語った言葉は、何年経っても忘れることはありません。時々ふっと思い出します。叔母が亡くなって五年ほど後に、叔父も静かに旅立ちました。
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