2017年10月19日木曜日

「そろそろ? 早いかな?」

 高齢者ドライバーが、アクセルとブレーキを踏み間違えたり、高速道路を逆走したりと、高齢者ドライバーによる事故は増え続けています。これからますます高齢者ドライバーが増える一方の日本では、高齢者の運転免許証返納を推進しています。しかし高齢者の足となっている車の必要性は、地域により大きな差があると思います。個人差も大きいと思います。自分で運転しなくても、バスとかコミュニティーバスを利用するなど、それに代わるものがあれば、車の必要性は低く自発的に運転免許証返納に至るのではないでしょうか。それとは正反対の場合もあります。老化による身体の不都合は、車への依存度を高めてしまいます。父は老いとともに足が弱り、健脚自慢だった父は自信をなくしました。痛みを伴う足の弱りは、活動を制限してしまいます。行動範囲を狭めてしまいます。歩くのは足が痛いので車を足にして、本屋へ、スーパーへ、友人宅へと、活発に行動していました。ところが八十五歳を過ぎた頃、スーパーの駐車場でうたた寝をしてしまい、そのあと縁石に乗り上げ、ちょうど通りかかった若者に助けられ、自宅まで送ってもらい、無事に帰ることができました。どんな事故になっていたかと思うと、高齢者の運転はいつか潮時があると思いました。
 先日田園地帯を走行していて、途中のスーパーへ入った時のことです。駐車場で背中がくの字に曲がった超高齢女性に出会いました。足元も心もとない感じです。見た目は九十歳ぐらいです。「おばあさんあぶないよ、気を付けて」と思いながら車を停めたのですが、なんとその女性は車のキーを手に持って、運転席に乗り込みました。この超高齢女性が運転されるとは、想像もできず、本当に驚きました。農村地帯にあるスーパーの駐車場には、高齢者マークの付いた車がたくさん停まっています。田や畑へ行くのにも、近くのスーパーへ行くのにも、車は必需品なのかもしれません。歩くより車の方が便利で楽かもしれません。地方では、こういう光景がたくさん見られるのかもしれません。家族がいるのかいないのか、そのことも気になりました。
 父は八十五歳で車の運転にピリオドを打ちました。姉は七十歳で免許証を返納しました。知人の八十一歳の男性は、「車の運転何のその」という感じで、遠距離ドライブをされています。自信過剰も危険です。「人のふり見て我がふり直せ」という諺がありますが、車の運転にいつピリオドを打つのがいいのか、悩まされることになりました.

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