一心寺へお参りしたあと、阪堺電車に乗って浜寺へ向かいました。私達は始発駅の天王寺から、終点の浜寺公園まで乗りました。五十分ほど乗るのですが、料金は210円でその安さに驚きました。路面電車、トラムですが、ところどころは専用の線路を走ります。私は初めて乗る阪堺電車です。ポアロは、浜寺に叔母さんが住んでおられたので、子供の時に何度か乗ったそうです。二両または二両編成の小さなチンチン電車は、民家の軒先にあたりそうなほどギリギリに狭い線路を走ります。住んでいる人達の足になっています。
大阪南部の中心地天王寺は大都会を思わせましたが、住吉大社の前を通りすぎ大和川を超えるとひろびろとした景色に変わっていきます。堺は戦禍を受けて、ほとんどが焼け野原になったそうです。戦後の復興で徐々に戻りましたが、その姿にはまだ昔の名残とは違うだだぴろっさを感じます。途中には、住吉大社近くの与謝野晶子生家跡、千利休屋敷跡、南宗寺、将棋名人阪田三吉記念室などがあります。近くには日本最大の前方後円墳・仁徳天皇陵古墳もあり、見どころいっぱいで「堺まち旅」が人気を呼んでいるそうです。私達は終点の浜寺公園で下車し、少し歩きました。
ポアロは遠い日の記憶を辿りましたが、叔母さんの家はすでになく、駅前のここら辺りだと思うけどと言っていましたが大きなマンションが建っていました。海側の浜寺公園の歴史は古く、明治6年開園の大阪で一番古いものだそうです。広大な面積で、松林が広がり水練学校もあり、ここから巣立った著名人も多いとのことです。
駅の山側は立派なお屋敷群が続いています。明治、大正、昭和と大阪で成功を収めた商人たちが、別荘を浜寺に建てたそうです。地名も浜寺昭和町と言います。何メートルも続く生け垣や塀には、時代の富を手にした人達の財力を思わせます。時代が変わってもその大きな屋敷を維持してこられたことに感心します。
静まりかえったお屋敷群の中をしばらく歩いてから、駅に戻りました。南海電鉄の南海本線浜寺駅駅舎は、建築遺産に指定され、駅が高架になるのに合わせて移築工事の途中でした。
私達は、阪堺電車のチンチン電車に揺られて来た道を戻りました。帰りは最新式の低床トラムの2両連結でした。
天王寺から淀屋橋へ、そして京阪電車で京都三条へと帰りました。ワンデートリップですが、懐かしい思い出に浸ることができて、とても充実した一日でした。