2012年3月13日火曜日

「ぼくの名前はナルド」 (6)


 家が見えてきた。いっそう大きな声で鳴きながら門をくぐった。「おじさん驚くだろうな。こんなに早くぼくが帰ってくるなんて、びっくりするだろうな。みんなどんな顔するかな。ぼくが、どんなに頭がよいか、感心するだろうな」広い庭を一目散に通りぬけ、玄関へと走った。家の中から、みんなの笑い声が聞こえた。ぼくは本当に嬉しかった。大きな大きな声で鳴いた。家の中から、一番下の子が顔を出した。「あっコロが帰ってきたよ」大きな声で叫んだ。おじさんもおばさんも他の子どもたちも、とんできた。ぼくは、一生けんめいしっぽをふり、ワンワン鳴いて、喜びを表現した。その時、おばさんの腕の中に、ちっちゃな子犬がいるのが、目に入った。「おやっ」変な気がした。みんなの顔を見た。みんなの顔は、喜んでいなかった。「大変な思いをして、やっと帰ってきたというのに、どうしたのかな」みんな困った顔をしていた。おじさんが、突然言った。「ダメだったか。近すぎたか。もっともっと遠い所へつれていかないとダメか」すぐに、ぼくを車に乗せた。みんなは黙って見ていた。  

車が走り出した。ぼくは、体中から力が抜け、体も心も氷のように、冷たくなっていくのを感じた。空腹も疲労も足の痛みも、何も感じなかった。スピードが、どんどん速くなる。ぼくは、体を横にし、目を閉じた。「もうどうなってもいいんだ。このまま眠って二度と目をさまさなくていいんだ」さっき見た子犬の顔が、頭に浮かんできた。「青い目をしていた。誰?今、人気のハスキーの子どもかな?わかった。みんなは、ぼくがじゃまなんだ。ぼくが帰ってきたら困るんだ。どんなに遠くへつれていかれても、家へ帰れる自信があるが、そんなことはしなくていいことなんだ。野良犬のボスが言ってたことは、正しかったんだ。でも、もうどうでもいいことだ」目を閉じて寝たふりをしていた。どれだけ走ったのだろうか。本当に遠い遠い所へ来たようだ。おじさんは、車を止め、何も言わずにぼくを降ろした。前と同じように、すごい勢いで車は走り去った。ぼくは、すわったまま車を見送った。「おじさん、そんなに急がなくていいよ。ぼくは、もう車のあとを、追いかけていかないから。おじさんさよなら、みんなさよなら」涙があふれてきた。今まで抑えていたものが、どっとあふれてきた。

                                             つづく

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