ちょうど二年前のゴ―ルデンウィ-クのことでした。まんたん(義母)が、八十年もの長い間住み慣れた町大阪を引き払うその日、荷物を出し終え掃除をしている時に来て下さった女性が、昨年十月に旅立たれました。私達はいつも年賀状を出していたのですが、昨年は息子さんの代筆の年賀状が届きました。そして今年は年賀状ではなく「二月から入院し病気治療をしていましたが、その甲斐無く十月に亡くなりました」とのお返事をもらいました。
まんたんとは、子育て時代からのおつきあいです。子が結婚し、孫が生まれ、夫を見送り、一人暮らしとなり、地域での活動や友達との旅行など、女性の一生を共に過ごしてきた人でした。引っ越しのあの日、高齢である二人はこれが今生の別れになるかもしれないという思いが、私の頭をよぎりました。私は「お互いに元気で過ごして下さい。遊びにも来て下さい」と言いましたが、実現は無理かもしれないと思いました。明るく元気で大きな声で話される女性でした。私は結婚してからの四十年のおつきあいで「おばさん」と呼んでいましたが、とても気さくな下町のおばさんでした。
まんたんは認知症を発症し一人暮らしができなくなり、しばらくの間私達と行動を共にしていましたが、現在は有料老人ホ-ムに入っています。私達が仕事で三都市物語をしていた状況で、医師からそれは認知症の人にとってよくないことと言われての選択でした。
ホ-ムでの落ち着いた暮らしの中で、まんたんは明るく楽しく元気に過ごしています。認知症といっても、今は記憶だけに支障があるだけで、血圧が高くても三十年も前から薬でコントロ-ルしているので問題はなく、ホ-ムの中で一番元気な高齢者です。彼女にとって今の暮らしが合っていたのか、心配した認知症の進行も緩やかなものになっています。
元気で頭もしっかりされていて、まだまだ一人暮らしを続けることができると思っていたあのおばさんが、先に逝かれました。九十歳でした。あの日が今生の別れとなりました。ご冥福をお祈りします。
0 件のコメント:
コメントを投稿