先日買った文庫本「フランケンシュタイン」を読破しました。小説を読んだのは、久しぶりのことです。文庫本の小さな活字を読むのは、とてもつらかったです。老眼のメガネをかけて読むのは、限界があります。2時間も読めば、目がショボショボし、痛くなってきます。私は目薬をさしながら、焦る気持ちをおさえて、ほぼ毎日読みました。都合で読めない日もありましたが、八日間で読み終えました。NHKの「100分DE名著」で、2月にフランケンシュタインを取り上げていたのを知らなかったので、早速この冊子も買い、2冊を同時に読みました。
まず始めに「フランケンシュタイン」は怪物の名前ではなく、怪物を創り上げた科学者の名前であることを知りました。大きな間違いをしていました。初版は、イギリスが産業革命のまっただ中ともいえる1818年です。著者のメアリ・シェリーが、理想とする人間像があり、登場人物は皆素晴らしい人達ばかりでした。このことは大きな驚きです。十九歳のメアリ・シェリーが、人間探求・人間追求を続ける旅をしているように感じました。
若き科学者フランケンシュタインは、自然科学の中の生理学の分野に専心します。生命を持つあらゆる動物の構造に興味を覚え、生命の本源とはどこにあるのか、生命の根源を調べるには、まず死というものを知らねばという思いから、解剖学を学びます。そして生から死へ、死から生への因果関係を観察・分析し、無限の可能性を発見します。創出と生命の原因を突き止めることに成功し、生命を持たないものに魂を吹き込むことが可能となりました。そして巨大な人間を創造したのです。科学者フランケンシュタインの心の内には、人類にとって最大・最高の偉業を成し遂げるのは自分だという野望が渦巻いていたと思います。巨大な人間が誕生した瞬間、自ら生み出した怪物のおぞましい姿に耐えかねて、科学者フランケンシュタインは逃げ出すのです。人間が野心・野望を抱くのは、悪いことではありません。自然の流れです。医学・科学などの分野で研究する人々は、日々切磋琢磨し、人類の進歩・発展のために頑張っておられます。その人達の心の中に野心・野望があったとしても、誰からも責められることはありません。人類のためであり、私達はその貢献を受けるのです。問題は、科学者フランケンシュタインが、怪物から逃げ出したことです。そこから怪物と科学者フランケンシュタインの悲劇がくり広げられることとなるのです。
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