2019年6月13日木曜日

お出かけ(枚方―京街道)


 久しぶりに京阪電車に乗って出かけました。大阪へ通勤した日々を懐かしく思い出します。特急電車からいつも目にしていた場所、一度は行ってみたいと思っていた枚方の宿へ出かけました。東海道の続きとしての京街道と大坂街道が、淀川に沿ってあります。京都と大坂のちょうど真ん中が枚方です。京都方向へは京街道、大坂方向へは大坂街道と呼ばれています。京都三条から枚方公園まで電車で行き、そこから一駅分を歩きました。1.2キロほどです。





 江戸時代、京都と大坂を往来する手段は二つありました。京街道と大坂街道と呼ばれた街道をゆく方法、もう一つは淀川を船で移動する方法です。中間あたりに位置する枚方は、街道の貨客輸送の中継地として枚方宿が置かれました。淀川往来の旅客船や貨物船の船着場も設けられ、水陸交通において重要な場所となっていました。この枚方宿で宿屋を営業していた「鍵屋」を見学しました。市立平方宿鍵屋資料館として公開されています。平成9年に廃業するまで、料理旅館・料亭を営んでいたそうです。江戸時代後期の町家構造を残しており、枚方を代表する歴史的建造物として市の有形文化財に指定されています。敷地は史跡に指定されています。
  




本陣跡や船番所跡、問屋場跡、高札場跡など、いくつかの歴史を物語る碑が建っています。往時をしのばせる大きな家も何軒かありました。整備され保存に努力されている町並みの中を、昔の街道を感じながら歩きました。



本陣 今は児童公園



 京街道を枚方市駅まで歩き、駅前にできたモダンな蔦屋ビルの最上階で遅い目の昼食となりました。東方向に連なる山々を眺め、京都はあっち、大阪はあっち、山崎はあっちと、地理を確認しました。書籍専門の蔦屋ですが、新しいビルにはいろんな工夫が随所に見られます。ゆっくり時間を過ごせる場所だと思いました。







追記   京阪三条駅に4時頃着いて地上に出ると、孝明天皇、明治天皇の陵に参拝された上皇ご夫妻がまもなく通られるとのことです。あまりのグッドタイミングで、私たちも列に並びました。昨日に続いて上皇ご夫妻にお会いできるとは、嬉しい限りです。最前列に立てた私は、思い切り手を振りました。京都へぜひまた来られることを楽しみにしています。

三条川端を通り大宮御所に向かわれる



2019年6月12日水曜日

上皇、上皇后陛下京都へ


 昨日4時頃に京都大宮御所に到着された上皇皇后両陛下をお迎えに行くことができました。退位されて初めての地方訪問です。退位に伴う儀式に臨まれるのです。11日に京都へ到着されて、12日には孝明天皇、明治天皇の陵を参拝され、13日には東京へ戻られます。
 私たちは夕方の御所散歩に出かけたのですが、丸太町通りにはたくさんの京都府警の方や、他の所属の警備の方たちがおられます。上皇、上皇后陛下がこの日京都へ来られることは知っていたのですが、時間的なスケジュールは把握していませんでした。ポアロが警備に立っている人に尋ねたところ、京都駅に3時半頃着かれて大宮御所に4時頃到着されるという情報を得ました。御苑内の大宮御所でお迎えしようと、急ぎました。あちこちに警備の方が立っておられます。京都府警の方は制服でわかりますが、皇宮警察の方や宮内庁の方、職員の方は、どこの所属かわかりません。ポアロがまた尋ねました。「上皇、上皇后陛下は、堺町御門から入られて、大宮御所へ行かれます。堺町御門か大宮御所の前でお迎えください」とのことでした。大宮御所の前にはたくさんの人がいます。お迎えする場所にはロープが地面に置かれ、制限されています。多くの人が日の丸の旗を持ち、今か今かと待っています。私たちもその列に加わりました。



小雨が降り出し、雷も鳴ってきました。一刻一刻と時間が過ぎていきます。宮内庁の職員かと思われる男性が、拡声器を持って手順を説明されます。「到着3分前には、足元のロープをかたづけます」とのことで、ロープもはずされました。 






2台の白バイから始まり、パトカー、白バイ軍団、長い隊列が続きます。上皇皇后両陛下の車が近づくと、前にいた女性が大きな声で叫びました。「美智子様~ありがとうございます。上皇陛下ありがとうございます」と。私たちの側に乗っておられた美智子様は、にこやかに会釈をされています。胸がジンとします。前の女性たちは「鳥肌がたつね」と興奮状態です。隊列をくんだたくさんの車が、大宮御所へと入っていきます。興奮冷めやらぬ気持ちで、日の丸の旗を握りしめ、御苑の砂利の中を帰りました。





心配した雨も、到着される寸前には止み、青空と太陽が出て素晴らしいお天気となったのは感動的でした。
 夜の情報番組で、両陛下を迎える人たちの姿を伝えていました。京都駅では。5時間も前から待っていた人たちがいたそうです。皆さん一目お会いしたいという強い想いで、今日を迎えたのでした。私たちは三度目ですが、両陛下の優しいお姿にはいつも感動します。これからも時々お目にかかれることを望んでいます。

2019年6月11日火曜日

ホタル2019


 今年もホタルの季節がやってきました。先日木屋町高瀬川で恒例のホタルまつりが催されました。今年は行けませんでしたが、去年のホタルまつりを思い出します。
ホタルまつりの三日ほど前に、鴨川から高瀬川へ水を引き込むためのみそそぎ川へ行ってみました。日没間際に行ったのですが、やがて暗くなってもホタルの姿はまだありません。観光客の人も地元の人もたくさん集まっています。皆が「まだかな、まだかな」と言い合っていると、八時頃やっとホタルが飛び始めました。あちこちから歓声が上がっています。多くのホタルがタイミングを合わせて光ります。不思議な光景です。






いつものみそそぎ川で見るホタルより、たくさんのホタルです。暗闇の中を飛び交うホタルは、幻想的です。みそそぎ川では、地元の人たちが「ホタルを守り育てる会」を作って活動されています。その方々の努力、ご苦労によって、十年ほど前からみそそぎ川にホタルが戻ってきました。ありがたいことです。京都の町の中でホタルを観賞できるとは、本当に贅沢なことです。一年に一度のホタルとの出会いに感無量です。

2019年6月10日月曜日

京都府立植物園(花菖蒲)

 先月植物園へバラを見に行った時には、はなしょうぶはまだ見頃には少し早く、今回再度出かけました。いつものように自転車で行きました。鴨川の岸辺を走るのは、私のお気に入りです。比叡山、大文字山を見ながらペダルを踏みます。気持ちの良い風を受けながらペダルを踏みます。
 平日の夕方なので、来園の人はピークを過ぎています。はなしょうぶ苑へ急ぎます。見事なはなしょうぶがたくさん咲いています。紫、薄紫、ピンク、白、黄色、色とりどりのはなしょうぶです。紫系が多い中で、黄色のはなしょうぶは一番目立っています。









私が一番好きなのは、定番と思われる濃い紫のはなしょうぶです。はっきりした色で、存在感があります。たくさんあるはなしょうぶには、それぞれ名前がついています。江戸時代にノハナショウブから改良されたもので、江戸系、伊勢系、肥後系を中心に植栽しているとのことです。江戸系は端正美麗、伊勢系は優雅、肥後系は雄大で豪華と説明されています。約150品種、1万株があります。うっとりするほどのはなしょうぶです。カメラを構えたシニア男性が多くおられます。写真を撮るにも、太陽、光、はなしょうぶの姿など、結構難しそうです。こだわりがあるようです。




 北大路通りの正門から入ったすぐのところにある植物園会館の玄関に、嬉しいニュースが表示されていました。この日の10時頃、月下美人が咲いたというニュースです。テレビの報道番組ではよく目にするニュースですが、京都植物園での開花は身内のニュースのようです。私たちは残念ながら見ることができませんでした。今回の目的、満開となったはなしょうぶを見ることができて大満足でした。



タイサンボクの大きな花

アジサイは開花したばかり


2019年6月7日金曜日

時代は変わる(消え行く実家)


 五十年以上お付き合いしてきた人が、先日旅立たれました。二ヶ月半の入院で、人生に幕を降ろしました。別れの喪失感の真っ只中にいます。その方は30年ほど前、二人の娘を残し妻は亡くなっています。長女は名古屋に、次女はフランス人と結婚してフランス在住です。その後二十年前に再婚し、親子関係はうまくいっているとは言えず、ぎくしゃくしたものでした。実家は代々医者をしていて、田舎の名士でした。広い敷地に大きな家、医院関連の建物、墓、山も畑も茶畑もあります。そのすべてを相続しましたが、熱心な相続人ではありませんでした。就職したときから実家を離れて、町で暮らしていました。立派な家は、徐々に人が旅立ち、無人となりました。その後は時々のぞきに行くだけで、茶畑も親戚の人に任しておくという状況となりました。ここ数年前から、医院だった場所を無料で人に貸していました。アートギャラリーに使われていました。
 彼が亡くなり、妻と二人の娘は公正証書を元に、諸々の手続きに奔走しています。実家については、二人の娘が相続人となっていましたが、娘たちはこれを放棄しました。亡くなる寸前に、娘たちは放棄する旨を父に伝えたので、急遽他人にただでもらってもらうこととなりました。前述のアートギャラリー借り主です。蔵には先祖代々のいろんなものがあり、亡き前妻の嫁入り道具も中身が入ったままでしまわれていました。再婚する時に実家に運ばれ、二人の娘たちのためと、そのまましまわれていたのです。実家が他人の手に移り、消え行く運命となりました。
 七十八歳で旅立った彼は、立派な仏壇の性根抜きや墓じまいの段取りを最近済ませていたそうです。二人の娘たちに相談することもなく、一人で進めたようです。元気な時にけんかしながらでもこれから先のことについて、娘たちと話し合いができなかったのかと残念に思われてしかたありません。
 田舎の御大家も都会の老舗も、時代と共に消え行く運命になりつつあります。子供たちが実家を離れ、大きな家は無人化し、朽ち果てる運命となってきたのでしょうか。代々続いてきた家を守り今日まで存続させてきた先人たちの努力も、終わりの時を迎えるのです。私の周りでも、よく聞く話となりました。

2019年6月6日木曜日

小さな庭 イチゴの収穫


 我が家の小さな庭にもいろんな花が咲き、野良部部長(娘)が丹精込めて育てたいちごも収穫の時を迎えました。小さな苗が寒い冬を乗り越え、すくすく育ちました。立派な葉と茎は見ごたえがあるほどです。しっかりした濃い緑色です。二つのプランターから飛び越え、庭にまで伸びて行きました。今年は野良部部長は、わらを敷きつめ愛情を注ぎました。







採れたいちごはまずまずの大きさです。香りも素晴らしく、色は濃い赤、味は抜群、普段口にするスーパーのものとはずいぶん違います。数はそれほど多くはありません。一週間に10個ほどです、それでもトータルすると30個ほど採れました。パクッと食べてしまうにはもったいなくて、香りを楽しみ、口の中で甘さをじゅうぶん味わいました。野良部に関して、私は何もできず見ているだけですが、最高の瞬間はプレゼントしてもらいます。感謝です。

2019年6月5日水曜日

ふるさとの風景(麦畑)


 先日グラウンドゴルフに行くのに、自転車で田園地帯を走りました。田植えのあとの稲は順調に育っています。田んぼに比べると少ない麦畑ですが、先日まで美しい緑色だった麦は、一面の銀波のようです。背は高く伸び、穂は充分実っています。




道路沿いに麦畑が多くあるように見受けられます。そんな中コンバインが忙しく動いています。麦の刈り入れです。刈り入れた麦は、すぐにトラックに移されます。コンバインとトラックの連携プレイです。数台のコンバインと数台のトラックが目に入りました。トラックはいっぱいになると、農協へ運んで行くようです。集積場へ運ぶのだと思います。田園地帯の中を走るトラックが目立ちます。 



 麦とは、コムギ、オオムギ、ライムギなどの、外見の類似したイネ科穀物の総称です。夏に愛飲する麦茶はオオムギからです。パンや麺類、菓子などはコムギからです。子どもの頃、実家では米とコムギを作っていました。すべての工程は人の手によるものです。便利になった今の農業事情からすると、気が遠くなるような作業です。夏が近づくと収穫した小麦を持って製麺所へ行き、そうめんと冷や麦を作ってもらいました。そうめんには、色つきのものが数本入ります。子供心にはそれがとても嬉しく、冷や麦よりそうめんを好みました。麦を収穫した時には、茎の部分を集めてストローにしたり、麦わら帽子や手芸の材料にしました。麦を収穫しているコンバインやトラックを見ていると、穂だけが対象のようです。子どもの頃の田園地帯の風景は様変わりしています。

2019年6月4日火曜日

初体験(グラウンドゴルフ)


 三重の家の近くに農業公園があります。広い敷地に、レストラン、マルシェ、温室、バラ園、芝生の広場、貸し農園、そしてグラウンドゴルフ場があります。以前二回ほど行っています。レストランで食事をして、マルシェで買い物をしたり、バラ園へも行きました。広い敷地の隅にグラウンドゴルフ場があるのに気づいて以来、いつか行ってみたいと思っていました。真夏日が続いていましたが、少し気温も下がり曇り空のこの日、自宅から自転車で行きました。30分ほどで着きました。
 事務所で申し込んで道具を借りて、グラウンドゴルフ場へ行きました。一時間のPlayです。一人300円で利用できます。1時から2時までが私たちの時間です。グラウンドゴルフ場には誰もいません。早速スタートしました。

大きな木もあり涼しげです

 ゴルフもグラウンドゴルフもしたことがない私は、興味、関心、好奇心でワクワクします。ポアロはゴルフを長年してきています。グラウンドゴルフも一度はしたことがあると言っています。ボールの大きさは、テニスボールより少し小さいくらいです。運動神経は良いほうだと自負していた私は、一打目からショックを受けました。空振りです。今度こそと集中して打ちました。なんとか飛びました。1ホールは10打もかかりました。ホールは全部で8ホールです。ゴルフもしたことのない私ですが、ポアロより打数は少し多いという程度でPlayできました。まずまずです。
 
少し傾斜がついています

近くまでいってもなかなか難しいものです


私たちが4ホールほど回ったところで、シニアの人達が徐々に来られました。5人~6人ほどのグループが、3チームです。男性が多い中で、女性も一人二人おられます。女性が練習を始められたので、少し見ているとなんとホールインワンです。「すごいですね。お上手!私たちは初めてなんですよ」と、声をかけると「やみくもに力いっぱいで打っているんです」と言われました。グラウンドゴルフ場が活気を帯びてきました。シニアの方たちは、常連のようです。自分のクラブとボールを持ってのPlayです。安い料金で楽しめて、健康作りにも役立つスポーツだと感心しました。


隣はバラ園です
 8ホールを回っても、30分しか経っていません。二回目を回りました。一回目に比べると、二人とも少ない打数で回れました。吹き出したのは、折角ホールポストの近くまで打ったのに、ホールのそばで行ったり来たり、行きつ戻りつと打数が増えることです。集中力が欠けるのでしょうか。力加減の難しさを感じました。初体験のグラウンドゴルフでしたが、自然を感じる環境の下でスポーツをしたという爽快感がありました。ぜひまた行きたいと思います。

2019年6月3日月曜日

樹木葬


 先日テレビで樹木葬のドキュメンタリー番組を見ました。いろんな事情で墓じまいをされる人が増え続けています。田舎に先祖の墓があっても、都会に出て働き続けてきた後継者は、墓参りも段々難しくなってきます。高齢者になれば、自分の体もままならずです。先を考えれば早い目に墓じまいをした方が良いと考える人が増えるのも無理はありません。田舎にある先祖の墓を墓じまいして、自分が暮らす都会に、コインロッカーのようなお墓を買う人も増えています。
 樹木葬を取り上げた番組では、72時間定点カメラで樹木葬にお参りする人達にインタビューするのです。生涯独身で生きてこられた人、子どものいないご夫婦、樹木葬を選んだ理由が語られます。故人の希望だったとか、自分一人が生きた人生を無に返したいとか、理由はいろいろです。感動したのは、今生きている自分が、死を迎えたあとのことについて真剣に考えておられることです。生と死が同一線上にあることを、素直に捉えておられるのです。広い墓苑にはお花がいっぱいです。たくさんの人がお参りに来るので賑やかです。大きな桜の樹の下で自分は眠るという選択をした人達の表情は、明るく穏やかです。長きにわたるお寺との絆を断つという決断は、檀家として大変だったと思います。子孫が絶えて無縁仏になるとわかっていれば、決断は早いかもしれません。費用はかかりますが、五十年の永代供養はお寺でしてくれます。それはわかっていても、樹木葬を選ぶ人は増えているのです。