2013年1月25日金曜日

幸福の木


 先日我が家の「幸福の木」につぼみがあるのを発見しました。観葉植物ということなので花が咲くとは知りませんでした。嬉しい驚きです。

 
 
「幸福の木」は別名ドラセナといい、長寿の木として有名で、育てやすく観葉植物のギフトナンバ-ワンだそうです。アジア・アフリカの熱帯が原産地で、樹齢数千年に及ぶのもあるそうです。ハワイ・ポリネシアでは、この木を垣根に植えると、悪霊を防ぎ、幸運を呼ぶといわれて珍重されているとのことです。生命力の強さも抜群で、枝を切ってさし木すると、簡単に発芽・発根させることができるということです。

我が家の木は十数年前、会社員をしていた夫が、独立し事務所を開いた時に、開業のお祝いに頂いたものです。枝が大きくなったので分稙し、現在子供が三鉢に増えています。部屋の南側に置いて、時々水をやるくらいの世話しかしていませんでしたが、突然の変化です。二十日間ぐらいしたら花を咲かせるそうなので、記録をとろうと思います。
 

 「幸福の木」という名前に惹かれ、事あるごとに希望と期待を抱きながら見ていましたが、花が咲くとなっては一大事です。「幸福の木」に、今、なお一層の魅力を感じています。

2013年1月24日木曜日

一月の花 蝋梅


 一月の花として、蝋梅をあげようと思います。日本の一番寒い時期に、梅の花が咲く前に、黄色い花を咲かせ、とてもよい香りを私達にプレゼントしてくれます。中国原産で、江戸時代初めに渡来しました。蝋細工のような質感を持った花弁が特徴です。
 
 

 実家にも、そして私達が初めて手に入れた戸建の庭にも、蝋梅はありました。年末年始を賑やかに過ごしたあと、少し淋しくなった私の気持ちを、黄色い蝋梅の花は慰めてくれたものです。庭に眼をやると、厳しい寒さの中に、ひっそりと花を咲かせています。実家の蝋梅は、年数とともにがっちりとした花木に育っていましたが、我が家の蝋梅は、ほっそりしていてスラッと立っています。若い分、花数も少なめで、狭い庭にふさわしい趣でした。今頃、私達のあの蝋梅は、きっと大きく成長し、新しい家族を喜ばせていることと思います。散歩していると、時々庭に蝋梅があるお家を見かけ、蝋梅とともに懐かしい光景が思い出されます。

2013年1月23日水曜日

嬉しいニュ-ス


 先日嬉しいニュ-スが報道されました。七十五歳の女性が、芥川賞を受賞されたのです。同賞受賞の中では史上最年長ということで、年齢がクロ-ズアップされていますが、なんと彼女は筆歴七十年ということです。五歳の時に、物語を書き始めたそうです。受賞作品「abさんご」は、自分の半生を描いた小説で、固有名詞がなく、横書きで、ほとんどがひらがなという、独自のスタイルを貫いておられます。驚くことに、一つの作品にかける期間は十年間とのことです。「どういう作品を書きたいかっていう衝動のほうが大きいので、結果的にどんどん普通の小説ではなくなっていって、変わったものになってしまった。生きているうちに見つけてくださって本当にありがとうございました」と、受賞の喜びを話されました。

 このニュ-スを聞いた時、本当に感動しました。自分の好きなことを、黙々と地道に続けた結果です。一本の道の素晴らしさが伝わってきます。器用な人は、何でもすぐにマスタ-してしまいますが、その反面一つのことをこつこつと地道に進むのは苦手かもしれません。七十五歳女流作家の生きる姿勢に、感銘を受けました。陰ながら応援したいと思います。フレ-フレ-と声援を送ります。

2013年1月22日火曜日

びっくりぎょうてん


 先日夫婦で出かけた時のことです。夫が「コ-ヒ-が欲しい」と言い、途中のコンビニで買い物をしました。コ-ヒ-と菓子パン二個を買って戻ってきました。私は車で待っていたので、どんな菓子パンを買ったのかと、早速パンを取り出しました。あんパンとジャムパンです。その時、袋に印刷されている賞味期限の日付が目に入りました。昨日の日付と明日の日付です。私は「あれっ今日は何日だった?」と夫に確認し「これ賞味期限切れているのに、売っているのね」と驚きの声を上げました。夫はすぐ、店員さんにそのことを伝えにコンビニへ行きました。そして苦笑いしながら戻ってきました。私がキョトンとしていると、袋に印刷してある日付を指して、「一ヶ月先の日付だって」と言います。私は「えっ!」と言いながら、賞味期限の日付を見ました。何ということでしょう。昨日の日付から一ヶ月先まで、賞味期限となっているのです。今迄ずっと菓子パンの賞味期限は3日~4日と思い込んでいたので、まさか一ヶ月もあるとは信じられません。袋には「おいしさ、ずっと長持ち」と書いてあります。日付の最後の数字だけを見て、これは昨日迄こちらは明日迄と、即断していたのです。もちろん夫も同様です。菓子パンが、一ヶ月先迄「おいしさ、ずっと長持ち」するとは思われません。パンの製造方法も日進月歩しているということでしょうか。それでもやっぱり私は、少しでも製造日に近いものを買おうと思います。本当にびっくりぎょうてんしましたが、自分達の思い込みと早とちりに、二人で大笑いしました。笑い話になりました。

 が、しかし、この商品が開発された背景には、何があるのでしょうか。ひょっとして東日本大震災と関係があるのでしょうか。私達は、情報キャッチが遅れていたことを痛感しました。

2013年1月21日月曜日

徒然に想ううた 短歌三首


年頭に 大志を抱く 古希の人
 

    夢を追いかけ 学び舎に立つ

 

 

待つことは 人を成熟 させる道
 

      泰然自若 胸に刻んで

 

 

たそがれる 山の向こうに 沈みゆく
 

      赤き夕陽の ギンギンギララ

2013年1月20日日曜日

徒然に想ううた 俳句三句


 

年の瀬に 良寛訪ね 瀬戸の海

 

 

冬日和 心ほころび 歌い出す

 

 

夕焼けが 木立染め行く 冬枯れ野

2013年1月19日土曜日

人生の大先輩―2


 先日ニュ-スで、すごい方がおられるということを知りました。現在九十九歳の男性は、大学へ通っています。週に二回、電車・バスを乗り継いで、片道二時間近くかけて大学へ通っておられます。国際政治史や国際法の講義を受講されています。

 「勉強したい」という思いを持ちながらも、家庭の事情で尋常小学校を卒業後すぐに働きに出ました。夜間学校なら進学させてもらえるかと、独学で勉強し、商業学校の編入試験に合格しましたが、父親の許可は出ず進学できませんでした。太平洋戦争では、ビルマ戦線に衛生兵として送られ、砲弾を受け多くの仲間を亡くし、戦場は食べ物もなく餓死する仲間もたくさんいて、オタマジャクシもヘビもなんでも食べたそうです。帰国後は紳士服の縫製工場で働き、八十五歳でリタイアして、九十三歳の時に、子供の頃からの夢「勉強したい」を実現されました。「自らが体験したあの戦争がなぜ起こったのか、その背景を明らかにしたい」という思いで、今迄に日本史、世界史、国際法などを受講され「国際的な対立は、戦争ではなく、外交的努力で回避すべきだとの思いが募っている」と述べておられます。「大学通いを支えているのは、尽きることのない好奇心」だと話され、英会話講座にも挑戦され意欲満々です。十四年ほど前に妻に先立たれ、子や孫がいますが「一人のほうが気楽でええ」と、一人暮らしをされています。十二月で百歳になられますが「世の中にはいろんな知らないことがある、いくつになっても勉強を続けたい」と話されています。

 私の親世代のこの男性には、本当に圧倒させられます。百歳を前にして、この素晴らしい好奇心と行動には目を見張ります。精神的、肉体的な条件は授かり物だと感じますが、後に続く後輩達に立派なお手本を示されていると、拍手喝采し脱帽します。

2013年1月18日金曜日

雪舟の寺へ


 良寛さんの寺、円通寺へお参りしてから、倉敷市の北に位置する総社市にある宝福寺を訪れました。

 宝福寺は、天台宗の僧・日輪が開いたとされ、千年を超える歴史を持つ古刹です。三重塔は国の重要文化財に指定されています。水墨山水画の巨匠、雪舟(1420年生まれ)が、少年期に修行し、落ちる涙でネズミの絵を足の指で描いたという逸話でもよく知られています。岡山県の史跡に指定されている境内は、紅葉の名所としても有名で、11月中旬から下旬は、たくさんの人が訪れるそうです。

 私達が宝福寺へ着いたのは3時頃で、冬休みということもあり、訪れる人は誰もいませんでした。深い山の中にひっそりと静かにたたずむお寺でした。雪舟がネズミと一緒にいる石像がありましたが、雪舟が後ろ手に縛られている姿だったので、その写真は撮りませんでした。宝福寺でも家族で俳句をいくつか作り、旅の思い出ができました。


 
 

2013年1月17日木曜日

良寛さんの寺へ


 冬休みに家族で、岡山県倉敷市にある円通寺を訪れました。円通寺は、越後生まれの若き良寛さんが、長年修行をした曹洞宗の寺で、瀬戸内海を望む小高い山の上にあります。自然の地形や岩を、巧みに取り入れた庭園が広がっていました。近くには円通寺公園と国民宿舎もあり、四季折々の花が見事だそうで、風光明媚なところです。円通寺で修行した良寛さんは、その後全国を行脚して、後世に名を残す僧となったのは、周知の通りです。子供達にもよく知られている良寛さんは、どんなに気さくであったろうかと、その人柄にどんどんイメージが広がります。犬や馬と肩を寄せ合ってほほえむ石仏を見て、こちらもほほえんでしまいました。


源平水島合戦の古戦場や美しい瀬戸内海が見渡せる場所に立ち、家族で俳句を詠みました。義母は長年俳句の同人に入っているので、いろいろヒントを言ってくれて、にぎやかな俄か句会となりました。

 
冬休みということで、円通寺を訪れる人もなく静かなものでしたが、ヘルメットをかぶった中年男性が、一人静かにお参りされているので印象に残りました。オートバイでツーリングをされているようでした。
円通寺の本堂は茅葺きで、歴史を感じる落ち着いた風情でした。鐘もつかせてもらい、全身をつらぬくよい音を出すことができて、素晴らしい思い出になりました。


2013年1月16日水曜日

京の街歩き-4


 年末年始を京都で過ごし、初詣にあちこちへ出かけました。街歩きをしていると、あちこちで石碑を見かけます。歴史のある京都では当然のことと思いますが、興味を持ちました。

 木屋町通には、桂小五郎と幾松が住んだ寓居跡があり、今は料亭になっています。



三条通には、池田屋騒動のあった池田屋跡の石碑あります。さらに三条通のすぐ南へ入った通りには、坂本竜馬が下宿していた家(酢屋)があります。そして河原町通へ出ると、坂本竜馬と中岡慎太郎の遭難の地の石碑があります。

 
 
 
 

 三条木屋町の高瀬川にかかる三条小橋の際には、佐久間象山の遭難の地の石碑があります。NHK大河ドラマ「八重の桜」の第一回、第二回に、佐久間象山が登場しています。塾を開き、若者達に時代の先端をきって、日本の国の進むべき道を説いています。吉田松陰、勝海舟、河井継之助、八重の兄の山本覚馬などが学んでいました。


 武市半平太の寓居跡の石碑も、木屋町通にありました。

 
 河原町通、三条通、木屋町通だけでも、かなりの石碑を見ました。百五十年ほど前、明治維新という激動の時代をかけぬけた、多くの若き人達が、この界隈を歩き回り、走り回っていたと思うと、歴史が身近に感じられます。