2018年1月10日水曜日

冬散歩

 寒風の中、散歩に出ると、寒さに負けず頑張っているいろんなものたちに出会います。自然界に生きるものたちの逞しさに、感動します。赤や白の山茶花は、厳しい寒さの中で満開となっています。




これほど寒さに強い花だとは、本当に驚きます。以前岡山県倉敷市に住んでいたのですが、住まいだったマンションの裏玄関には、たくさんの山茶花の低木並木が植えられていました。赤、白、ピンク、色とりどりの山茶花が、満開となると賑やかに咲き、寒さの中で元気をもらいました。その頃、ブログに書きましたが、童謡「たきび」の歌とともに、子どもの時の思い出がよみがえりました。最近ではたきびをする人もいなくなり、たきびというものを知らない子どもたちが多いようです。時代は変わり、たきびは環境を悪化させるような風潮になっています。人のいない過疎の地域では、遠慮せずにたきびができるかもしれませんが。私にとって、山茶花とたきびは結びついている思い出です。




すべての葉を落とした木々も、枯れ木のような風情です。厳しい寒さの中に立つ木々は、なおいっそうの寒さを感じさせます。寒さ厳しい日々の中で「冬来たりなば春遠からじ」は、春イコール希望を感じさせてくれます。





2018年1月9日火曜日

ふるさとの山

 たくさんある山の中でも、ふるさとの山は特別な存在です。幼い時から記憶にある限り、私のそばにある山です。ふるさとの山を見て何を思うかと聞かれれば、ただ崇拝の思いでいっぱいです。その地に生きる人々、それ以上のすべてを知りつくしている偉大な山だからこそです。過去から現在、そして未来へと続いていく永遠の山です。父も母も、祖父母も、曾祖父母も、高祖父母も、すべての人を見守り続けてきた山です。結婚してふるさとを離れあちらこちらで暮らしましたが、帰省するたび山を見てはほっとしたものです。そしてふるさと離れ四半世紀ぶりに、ふるさとへ住むことになりました。京都と三重の二都暮らしですが、これから先の日々の半分はふるさとに暮らします。家から眺めるふるさとの山は格別です。家の中からも見えます。二階からはもちろんですが、一階のリビングから、台所から、八段ある階段の途中から、どこからでも見えます。
 
二階から

リビングから

台所から

駐車場から


三重の家を建てる時に、設計したポアロは、そのことをよく考え検討して完成させました。嬉しい限りです。私をいつも見守ってくれているふるさとの山は、父であり母であり愛しい存在です。

「ふるさとの山に向かいて 言うことなし ふるさとの山は ありがたきかな」石川啄木


ふるさとの山を眺めながら口ずさんでいます。

2018年1月5日金曜日

仕事初め

 一月四日は仕事初めです。2018年平成30年が始動しました。ニュースでは株価が700円以上も値上がりし、勢いよくスタートをきりましたとのこと。この絶好調が、新しい一年を走り続けてくれることを願わずにはおれません。
京都市役所では、毎年職員が着物を着て仕事初めに臨みます。京都市長は、普段から着物を着て活躍されています。京都の伝統産業である着物を、日本全国にそして世界にアピールされています。

用事があって京都市役所へ行ったのですが、受付の女性は、美しく華やかな着物を着て座っておられました。その姿を目にするだけで、京都らしさを感じます。観光立国京都の、おもてなしの心を感じます。市長をはじめ、職員のみなさんの、京都を背負っているという心意気と自負が表れていると思います。着物を着ての業務は、いろいろ制約がかかり大変だと思いますが、「皆さん本当にご苦労様です」と、心の中でつぶやきました。





2018年1月4日木曜日

時の流れ

 いつの頃からか年末恒例のNHK紅白歌合戦を見なくなりました。国民的番組なのにシニアになってからは、魅力を感じなくなってしまいました。子供の頃から、十代二十代と熱心に見たものです。結婚して子供が生まれてからも、家族皆で楽しみました。魅力を感じなくなった理由は、いろいろあります。自分が年を重ねるごとに、知らない歌手たち、それも若い若いアイドルと呼ばれる歌手たちの出演が増えたことです。聞いたことのない歌が多くなりました。そして歌合戦というより、お祭り騒ぎのような感があり少しうるさく思うほどです。歌は世につれ世は歌につれ、で良いのだと自分に言い聞かせていますが、一抹の寂しさを感じます。

年末年始のテレビ番組で、昔も今も大好きなのは、NHKの「ゆく年くる年」です。日本全国の何ケ所かを中継で結んで放送します。暖かい地域や豪雪の地域などいろいろです。除夜の鐘が響く中を、静かにお参りする人たちが映ります。見ている私達も、厳かな気持ちになります。今回は、京都の八坂神社の中継もありました。父は、この番組の大ファンで晩年まで楽しみに観ていました。懐かしく思い出します。年末年始は、テレビ番組も特別番組が多く、映画も多いようでしたが、じっくりテレビの前に座ることはありませんでした。お正月のテレビ離れが続いています。

2018年1月3日水曜日

新しい年(正月飾り)

 新しい年を迎えてあちこちできれいな正月飾りが目につきます。お寺も神社もホテルもお店も個人の家も、正月飾りが新しい年の賑やかさを醸し出しています。大きな門松は、近くのホテルの玄関に立派なものが飾られています。





  実家では大きなしめ縄を玄関の上に、根つきの松を、玄関の両側に父が飾っていました。しめ縄は代々当主が手作りしたそうです。父も若かりし頃には作っていました。師走の行事の一つでした。ワラをたたき打ちながら縄を編んでいきます。子供の私は、父の見事な手さばきに見とれました。しめ縄が出来上がるまでには時間がかかり、難しそうでした。遠い日の思い出です。

 
一般的なしめ縄

ミニチュアの門松が売られているのを見ましたが、現代の住宅事情に合ったものだと感心しました。今住んでいるマンションの玄関には、小さな住まいに合わせたかわいいしめ縄を飾っています。


 田舎では床の間に大きな鏡餅を飾っておられる家も多いと思います。師走のもう一つの行事に餅つきがありました。実家では大きな鏡餅から小さな鏡餅まで、切り餅もたくさん作っていました。伊勢地方は丸餅ではなく角餅です。マンションには床の間はありません。リビングの棚にかわいいかわいい鏡餅を飾っています。時は流れ、正月飾りも時代とともに変化し、また地域によって違ったり、住まいに合った合理的なものも考案され、消費者にとって使い勝手の良いものが店には溢れています。



2018年1月2日火曜日

年の始めに


初春のごあいさつを申し上げます

   本年もよろしくお願いいたします

 2018年 平成30年がスタートしました。天皇陛下退位が発表され、最後の一年となりました。国民として、陛下とともにこの一年の日々を心にしっかり刻みながら過ごしていきたいと思っています。
 元日は晴れて穏やかなお天気でした。家族で近くの平安神宮へ初詣に出かけました。一番目についたのは、犬とともに初詣に来ている人が多かったということです。干支が戌ということで、犬も飼い主も堂々とした風情を感じました。バッグに入った犬や、飼い主のコートの胸元から顔を出している犬など、小さい犬が多かったように思います。





平安神宮の西側隣に、お土産もの店や食事処が入った観光拠点が十二月二十日にオープンして、多くの人で賑わっていました。建物の名前は「京都・時代祭館十二十二(ト二ト二)」です。時代祭が十月二十二日に執り行われることからのネーミングだそうです。平安遷都1100年を記念して造営された文化・商業施設です。
  




平安神宮で参拝してから、神宮道から三条通りへ出て河原町通りを歩きました。ずっとたくさんの人の流れが続いています。元日は起きるのが遅く、朝食と昼食を兼ねて、おせちと雑煮を頂きます。 



夕食も同じくおせちと雑煮です。いろいろおやつを食べるので、家族皆が「お腹いっぱい!」を連発します。食事の後は、年賀状をゆっくり見ます。慌ただしく一度は目を通しましたが、再度ゆっくり見ます。届いていない人について、どうされたのかと思い巡らします。ある方からは欠礼についてお電話が入りました。十二月に入ってから妹さんが亡くなられ、「欠礼しました」とのことでした。そんなこんなで年の始めの一日が終わりました。

2017年12月29日金曜日

今年最後のブログ

 ゆく年もあと二日となりました。私のブログも今日で1290回となりました。短くて長い五年の年月が過ぎようとしています。ここまで続けてこられたことに感謝しています。私のブログを読んで下さっている皆さま、本当にありがとうございます。細く長く、継続は力なりをモットーにこれからも続けていきたいと思っています。
新しい年がみなさんにとって良い年でありますように。

良いお年をお迎えください。

2017年12月28日木曜日

好きな作家

 先日NHKの九時のニュースに五木寛之氏が出演されました。インタビューのコーナーでした。現在八十五歳になられていますが、執筆活動に燃えておられます。私は三十歳代後半頃から、五木寛之氏の著書を読み始めました。東京から三重へ引っ越して来た頃には、講演会にも出かけました。本も講演もひきつけられるところがあります。考え方に共通点があるように感じています。考え方に共通点があるということは、共感したり納得したり、そうそうと自分を認めたり、自分に自信をもたらせてくれます。
 ブームとなった終活も、私の場合は追い立てられるような思いですが、五木寛之氏は、「がらくたも宝の山」とおっしゃいます。振り返ると自分の後ろには、宝の宝庫があるということです。自分が歩いてきた道には、出会った人も物も宝として存在するのです。五木寛之氏は「私はゴミ屋敷に住んでいます」と言われます。終活、終活と、強迫観念にかられていた私は、私と同じ、同類項の方の強い言葉を聞いて少し気持ちが軽くなりました。

2017年12月27日水曜日

移る季節の中で

 厳しい寒さ到来の中で、木々たちは葉を落とし寒風にさらされています。先日ブログに書きましたが、見事な紅葉を見せてくれた三重の家のそばに立つエノキも幹だけの姿です。葉が茂っている時には見えなかったふるさとの城、松坂城が、エノキの向こうに少しですが見えるようになりました。今、私は家からふるさとの城が見える喜びにつつまれています。

葉っぱの落ちたエノキの向こうに石垣が見えます

望遠でアップすると
 十代の頃、私の部屋は二階にあり、いつもお城を眺めていました。実家は田園地帯にあったので、邪魔するものは何もありませんでした。それから半世紀が経ち、たくさんの建物が建ってお城は見えなくなっていました。愛唱歌「青春の城下町」を口ずさみながら、お城を眺めていた十代の私がよみがえります。甘酸っぱい思い出です。

「青春の城下町」
        流れる雲よ 城山に
        のぼれば見える 君の家
        灯りが窓に ともるまで
        見つめていたっけ 逢いたくて
        ああ 青春の 思い出は

        わがふるさとの 城下町


お城の下には母校の中学校が見えます

2017年12月26日火曜日

私の好きな言葉「繕う」

 たまに家族が寝静まった夜遅く、針箱を出してきて繕い仕事をすることがあります。静寂の中で針と糸、布を手に持って縫い物をするのは心が落ち着きます。子どもの頃の母の姿が思い出されます。農家に嫁いだ母は、昼間は肉体労働で疲労困憊しているにも関わらず、夜は遅くまで繕い物をしていました。家族八人のいろいろな繕い物です。「かあさんが夜なべをして、手袋あんでくれた」で始まる唱歌「かあさんの歌」を思い出します。「お母さんは仕事が多くて大変だ」と子ども心に感じていました。「夜なべ」という言葉も大好きです。自分のことよりも、家族を想う母親の深く広い愛情を感じました。
いつのころからか、使い捨て時代の到来によって、繕うことが少なくなったように感じています。わざわざ繕わなくても新しいのを買えば済むのです。物に対する執着も無くなってきているように思います。恋に恋する年頃の時には、繕ってある服を着ている人にひかれました。半世紀も前の時代です。豊かな日本になって「繕う」「繕い仕事」という言葉はどんどん遠ざかって行く気がしています。