2014年7月8日火曜日

 死後の世界

 死後の世界はあると思いますか。その世界から戻ってきた人はいないので、真実はどうなのかはわかりません。私はあると確信しています。
 死後の世界で心安らかに、安穏な日々を過ごすことができれば、その人も残された家族も幸せといえるでしょう。天災は別として、死後の世界で心安らかに安穏な日々を過ごすことができない人が、仮に、もしいるとなると大変です。その人は現世を思い、復讐を企んでいるかもしれません。生と死を隔てる壁はないと思います。いかに生きるかが大切です。その生き方が、健康的な死後の世界を構築するということを忘れてはいけません。
 数年前に大ヒットした「千の風になって」に出てくる歌詞について、疑問を抱いた人もいると思います。「私はお墓にいません。お墓に眠ってなんかいません」通常お墓にはお骨が納められ、故人はお墓に眠っているとされてきました。目に見える形でお骨はお墓に納められています。「千の風になって」に出てくる「千の風になってあなたのそばに」というのは、お骨ではなく魂のことと考えます。私の死後の世界は、お骨はお墓で眠り、魂は自由に世界をかけめぐり、愛する者たちの幸せを願い「千の風になって」の歌詞のとおりになると確信しています。
 現代のお墓事情はめまぐるしく変化しています。若い人の中には「お墓なんかいらない」と言う人もいます。散骨を望む人もいます。宗教も数多くあり、自分の最期の儀式をどういうふうにするかは個人の自由です。他人がとやかくいうものではありません。知人は、夫が亡くなり三年半が過ぎた今も、お骨を家に置いています。新家なのでお墓は新しくつくらねばなりません。知人の気持ちはずっと揺れ動いています。一人娘が嫁ぎ、お墓に入るのは自分達二人だけだと思っているからです。そしてその一人娘は「お墓はいらない」と言うので、知人は、ますます迷路の中にいるようです。人間は故人になる前に、自分の意思・希望のメッセ-ジを残す必要があると思います。

 私はラッキ-なことに、夫の父親が眠っているお墓は、私の実家のお墓のすぐそばにあります。私が死後の世界を考える時、私のお骨は、父や母のそばで眠るという安心感があります。本当に心安らかに安穏な日々を、父や母、祖父や祖母、縁ある人達と共に眠れるのです。そういう意味でも、お墓があり、自分はここで深い眠りにつくということが生前からわかっていることは、死後の世界に不安を持たないですむように思います。

2014年7月6日日曜日

誉れ高き都

 先日ニュ-スで知ったのですが、アメリカの大手旅行雑誌が行った読者投票で、旅行で訪れたい世界の都市の第一位に京都が選ばれました。日本の都市が初めて一位に選ばれたのです。京都市民としてとても嬉しく思います。「文化・芸術」「景観」「人」「レストラン」など五つの項目の総合評価で行われたとのことです。去年「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことも、選ばれた大きな理由になっているとの説明がありました。世界の国から多くの人が、日本へ京都へ来て下さることは、京都が誉れ高き都として、世界に名をとどろかしているということの証だと思います。
 
 今、京都では、祇園祭の祭囃子「コンチキチン」が商店街をにぎわせています。



祇園祭は日本三大祭の一つです。

京都三大祭(葵祭・祇園祭・時代祭)の中で最大の祭です。7月17日に山鉾巡行が行われ、祇園祭のクライマックスとなりますが、それに先立ちいろんな行事がスケジュ-ルに則って、着々と執り行われています。7月1日に神事の無事を祈願して、八坂神社へ稚児の代表が参拝しました。7月2日には山鉾巡行の順番を決めるくじ取り式が、市役所で行われました。7月5日には稚児舞がありました。7月10日からは山鉾の組み立てが始まります。そして祭の前日の宵山だけでなく、前々日の宵々山、三日前の宵々々山と、どんどん盛り上がっていきます。今年から、昔行われていた前祭と後祭が復活します。後祭山鉾巡行は7月24日に行われます。そして今年の祇園祭の大きな話題は、百五十年ぶりによみがえった大船鉾です。私達は何度も祇園祭山鉾巡行を見ていますが、この大船鉾は初めてなのでぜひ見に行こうと思っています。

2014年7月5日土曜日

「保育園」

時々見かける保育園の子供たち
保母さんに手をひかれ
友達同士手をつなぎ
大きい乳母車に乗って
つかまり立ちして
おそろいの黄色い帽子をかぶり
とってもかわいい
かわいいヒヨコが目に浮かぶ

ヨチヨチ歩きに
カタコトしゃべり

もう少し大きくなったら
ピ-チクパ-チク
とってもにぎやか
ヒヨコの子供たち

我が家のメダカが
卵をたくさん産んで
赤ちゃんいっぱい誕生し
かめは飽和状態

我が家は只今保育園
私の娘は保母さんに
なって毎日忙しい
水かえ エサやり
新しい水鉢買って
赤ちゃん育てる家も
二つに分けて新築し
てんやわんやの保育園

日に日に育つメダカの赤ちゃん
名付け親の私は
目を白黒させて
この子にあの子
その子はどの子

とってもかわいい
我が家は只今保育園

我が家はメダカの保育園

2014年7月4日金曜日

京都御苑界隈(今出川通-2)

 京都御苑の北側の通り、今出川通のほぼ中央、同志社大学の校舎の間に、相国寺(しょうこくじ)の参道があります。少し進むと立派な歴史ある山門が見えてきます。



山門をくぐると広い庭園です。相国寺は、正式名称「萬年山相国承天禅寺」という臨済宗相国寺派の大本山です。禅寺寺院です。14世紀末室町幕府三代将軍足利義満によって創建されました。有名な金閣寺(北山鹿苑寺)、銀閣寺(東山慈照寺)は、共に相国寺派の塔頭寺院です。




 相国寺の数多い建物の中に、承天閣美術館があります。いろんな美術展が催されます。私達も一回行きました。その時は伊藤若冲展でした。列ができるほどの多くの来館者でにぎわっていました。相国寺は、誰でも参加できる座禅会を毎月2回開いています。東京でも開いているそうです。相国寺には、伊藤若冲、長谷川等伯、円山応挙の作品や、多くの国宝、重要文化財などが、大切に保存され、歴史的文化財として今に伝わってきました。

 境内は、誰でも自由に出入りできるので、自転車でも通り抜けられます。散歩・散策の人もいます。大きく育った木々の下、きれいに整えられた、手入れの行き届いた境内は、中を通るだけでも清々しい気持ちになります。私の好きな心癒やされる場所の一つです。

2014年7月3日木曜日

京都御苑界隈(今出川通-1)

 京都御苑の北側の通りが今出川通です。その今出川通に面して同志社大学があります。去年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公新島八重の夫、新島襄が1875年に創設しました。薩摩藩邸跡にできたということです。京都に数多くある私立大学の中で、いろんな意味での上位に位置づけられています。レンガ造りが同志社大学の象徴的な建物です。教会や牧師館がいい雰囲気を漂わせています。




京都御苑の隣という素晴らしい立地と、京都駅から地下鉄一本で行けるという交通の便利さで、とても人気があるそうです。学生食堂は誰でも利用できるので、一般市民の方もたくさん行かれます。ワンコインランチが人気で、私達も一度食べに行きました。




 大学の周辺は若者であふれています。自転車で通学する人、地下鉄やバスを利用する人、徒歩の人など、若い人達を目にするだけで、こちらも元気が出てきます。町にたくさんの若者がいるということは、町に活気があり明るい未来を感じさせてくれます。時々、社会人のための講座も開かれていると聞いているので、かじり虫の私は興味津々です。機会があれば参加したいと思っています。

2014年7月2日水曜日

珍しい花(2)

 今日、自転車で町中を走っている時のことです。ポアロ(夫)が「あっ、ハンゲショウだ」と叫びました。その花は、民家の植え込みに咲いていました。急いで自転車を止めて、写真を撮ってくれました。私は「ハンゲショウ」の花を見るのは初めてです。「ハンゲショウ」は、意味ありげな名前です。暦の上での「はんげしょう」は聞いたことがありますが、意味は知りませんでした。




 夕食時、NHK京都のニュ-スの中で「ハンゲショウ」が登場しました。驚いて目を凝らして見ると、京都東山区の建仁寺の塔頭両足院で「ハンゲショウ」を見る会が、催されているというものでした。境内一面に「ハンゲショウ」が咲いていました。「ハンゲショウ」という名は、半分化粧しているように見えるところからついたと、アナウンサ-の説明がありました。見頃は10日までぐらいとのことでした。
 はんげしょう「半夏生」は、二十四節気の一つで、このころから梅雨が明け、本格的な夏の到来となる数日間のことです。夏至から11日目、太陽暦では7月2日頃に「ハンゲショウ」が生えてきて、この日までに田植えを終わらせないと、秋の実りが遅れて半分しか収穫できないと、言い伝えられてきたそうです。田植えの終期は、「ハンゲショウ」が生えるのを目安にされてきたそうです。「半夏生」の日には、タコを食べるという風習が伝わっているところもあるそうです。忙しい田植え、農繁期が終わり、稲の生長を願いタコを食べるのは、稲が大地に根を張る姿がタコの足に似ているところからきているそうです。

 うろうろキョロキョロしながら自転車に乗っている私は、今日も「ハンゲショウ」に出会い、「半夏生」についていろいろ知ることができました。

2014年6月29日日曜日

「子育て」

子育ては面白い
子育ては楽しい

と言われても真っ只中は必死
余裕はない
子供の命を守るため
ママは頑張る

アルバムを開けば
当時のことがよみがえる
二人の子供はジャンボベイビー
おんぶも抱っこもヘビー級
それでも毎日
ママは頑張る

子育てに休みはない
一日24時間365日
か細い私のどこに
そんなパワーが隠れていたのか

倒れることなく
二人の子供を育て上げた
本当によく頑張った
あっぱれ まるこ

過ぎ去れば
みな懐かしい
あんなこと
こんなこと

二人の命から生まれた一人の命
親は親バカ
みんな親バカ

子育てはそれがいい

子育てはそれでいい

2014年6月28日土曜日

 生まれた時から最期までつきあう自分の顔について、ここがこうあったら、そこがそうあったらと、十代の頃は不平不満を口にした人も多いと思います。特に男性より女性に多いのかもしれません。化粧をしない男性は、「この顔で生きて行くのだ、この顔で生きて行くのさ、何か文句あるかい」と割り切って、顔のことよりも自分の能力を発揮したいと考えているからでしょうか。生まれたばかりの赤ちゃんも、周りの人から「お父さん似かな、お母さん似かな」といろいろ言われます。美男美女、二枚目、三枚目、二枚目半、ハンサム、ハンサムウーマン、愛らしい、キュート、個性的、クール、表現もいろいろあります。
 先日少し気になる発言が、ポアロ(夫)から出ました。我が家の浄化槽の点検で、15年もお世話になっている男性に、久しぶりに会ったポアロが後で「あの人、ええ顔してるな」と言ったのです。私が心の中で感じていたことは、正しかったのだと確信しました。それは異性だけでなく同性にもわかることだったのです。彼には、二か月に一度来てもらっているのですが、いつも顔を合わすわけではありません。男性が男性の顔について言うのは、珍しいと思いました。さて「ええ顔」とは、その意味は。15年前、初対面の時に私が感じた第一印象は「どことなく頼りない感じのお兄ちゃんだな」というものでした。その時はベテランの熟年男性についてきての挨拶でした。そのあと数回で熟年男性は亡くなられて、彼は一人立ちしました。初対面で私が感じた「頼りなさそう」は、優しさの反面だったのかもしれません。にこやかに優しい雰囲気で話す彼は、そのあと徐々に顔が変わっていきました。会うたびに彼は逞しくなり、ポアロの言う「ええ顔」になっていきました。顔にはその人のすべてがあらわれます。人間としての成長や成熟が、顔ににじみ出てくるのだと思います。年齢も二十代から三十代、四十代へと変わり、彼の人生も独身時代から家庭人となり、子の親にもなったでしょう。そして仕事にも責任と自信がついて、立派な大人になったのだと思います。

 自分自身のことは全くわかりません。人の目を気にすることなく、ひたすらがむしゃらに生きてきた私ですが、人生の先輩方は、私の成長・成熟を、どういうふうに感じておられたのでしょう。今思い出すと恥ずかしく面映ゆい限りです。

2014年6月27日金曜日

「一人の時間」

一人の時間
それは至福の時

私はピアニストに変身する
ショパンを想い
ベートーヴェンを想い
彼らの過ごした異国の地へ心を馳せる

私はピアニスト
名も無きピアニスト

十本の指は鍵盤の上を飛び跳ねる
半世紀を超えピアノと生きる
ピアノは恋人
永遠の恋人

一人の時間
それは至福の時

私は作家に変身する
思うがままに書きまくる
湧き出る思いを
熱き思いを

私は作家
名も無き作家

一人の時間
それは至福の時

私は詩人に変身する
短い言葉の中に
愛を勇気を
喜びを苦しみを
そして深い悲しみを
人間の生きるすべての心の内を
美しさも醜さも
言葉に託して

私は詩人

名も無き詩人

2014年6月26日木曜日

熱き戦い

 ブラジル2014ワールドカップが始まり、世界中、日本中が燃えています。世界の32カ国が8グループに分かれて、熱戦を繰り広げてきました。世界一の頂上を目指し、まだ熱戦が続いています。
 2014年ワールドサッカーの日本の戦いは終わりました。日本代表チームの皆さん本当にありがとう、お疲れさまでした。第2戦第3戦は、日本時間の早朝でしたが、ポアロ(夫)は珍しく自ら早く起床し、テレビの前に座りました。熱烈なサポーターのみなさんは、サッカーを応援するための自分の人生とばかりに燃えています。私は一歩下がって応援しているので、ポアロの横でテレビを見るくらいです。ポアロは手をたたいたり、大きな声を出して、盛り上がっています。私はサッカーのルールを知らないので、その都度あれこれ質問をします。日本が点を入れたり、相手チームに点を入れられたり、又はそのぎりぎりの状態の場面など、ハラハラドキドキです。ポアロは観戦しているだけで、胃が悪くなりそうと言っていますが、ザッケローニ監督をはじめ、関係者のみなさんの心労はいかばかりかと察します。
 出場32カ国について、なじみのある国から「えっ、この国はどこにあるの」と思う国までいろいろです。地球儀を持ち出し、家族で「ここよ、ここ、ここ」と、私は教えてもらいました。「ホンジュラス」という国名は、私は初めて聞きました。その他でも国名は知っているけどどこだったかなと、あやふやな地理の知識の私は、今回のワールドサッカーを見て少し勉強しました。ためになりました。民族、人種、肌の色を越えて、サッカーの下、戦うことの素晴らしさを痛感します。ここには体格の違いも含まれています。

 勝負の世界は勝つか負けるかです。結果重視です。過程が良くても結果が悪ければ、負けは負けです。結果が出た以上、何を言っても弁解・言い訳にしかなりません。次に向けての地道な努力が続きます。4年後に向けてのスタートが始まりました。