2018年12月13日木曜日

京都案内(スペインファミリー)


 岩手県大槌町で開かれた娘たちのご縁パーティに、遠くスペインから来て下さったスペイン人漫画家ファミリーは、京都に三泊されました。一日目は烏丸御池にあるマンガミュージアム訪問です。婿殿は、以前スタッフとして働いていた馴染みあるミュージアムです。 
世界から来館された漫画家が壁に絵とサインを書かれるコーナーがあります。梯子に上り婿殿との共作の主人公の絵を描かれました。




そのあとミュージアムの地下にある膨大な資料を見せてもらいました。ミュージアムの職員方とのミーティングをして3時間ほどが過ぎ、昼食のあと家族で伏見へと出かけられました。二日目は、家族3人で奈良と大阪の観光に出かけられました。
 三日目は、娘達が知られざる京都を案内しました。金閣、銀閣などの名だたる観光名所はパスして、京の台所と呼ばれる錦市場を、時間をかけてゆっくり歩き、見たり食べたりと楽しまれたようです。清水寺への参道は、人気のスポットです。寧々の道、一年坂、二年坂、三年坂には、見たいお店がたくさんあります。中でもジブリのお店は、漫画家にとっても興味あるお店です。お嬢さんは、宮崎駿作品の大ファンです。日本的なお休み処でのティ―タイムも、たいそう喜ばれたそうです。朝10時から午後7時まで、ずいぶん歩かれてお疲れになったことと思います。







 私達は、7時に合流しました。祇園のお店に予約をとっていました。いろいろ考えましたが、外国から来られた客人に、京都祇園で和食を召し上がって頂こうと思ったのです。ポアロは仕事の上で祇園で食事をしたことがありますが、私は初めてのことです。興味関心好奇心で、期待が膨らみます。
 予約しておいたお店は、祇園のメインストリートから少し入ったところにあるお店でした。二階の部屋に案内されました。総勢七人なので、ちょうどの広さのお部屋でした。懐石料理なので、一皿ずつ運ばれてきます。ちょうどの頃合いに運ばれてきます。仲居さんが、お料理の説明をされます。色、形、素材、盛り付けなど、和食の醍醐味です。






スペインファミリーは、興味津々です。私達は、スペイン語もフランス語も話せません。お嬢さんが英語を話されるので、私達は拙い英語で話しました。うまく言えない時は、娘たちが助け船を出してくれます。何といっても一番はコミュニケーションです。日本へ初めて来られた旅の最後は、京都です。宴はたけなわとなり、私達は用意したプレゼントを渡しました。ポアロは、漫画家さんに日本画用絵具顔彩一箱と筆を贈りました。奥さんに、和紙の折り紙を贈りました。お嬢さんには、私が買ってきたちりめん地のポーチを贈りました。赤い椿が描かれたかわいいものです。三人それぞれとても喜ばれました。




ファミリーは、スペインのバルセロナに住んでおられます。「ぜひスペインへ来て下さい」とおっしゃって、私達は「また日本へぜひ来てください」と伝えました。
 明朝早く、関西空港から帰国の途につかれました。見知らぬ人との出会いがあり、ご縁を頂き絆が生まれました。楽しい思い出をたくさん作ることができて、嬉しく思っています。遠い日本へ、岩手県大槌町へ、そして京都へ、遠いところへ来て下さって本当にありがとうございました。

2018年12月12日水曜日

東北へ(一関)


 東京在住の漫画家ファミリーと一緒に、車で2時間ほどかけて一関に到着しました。娘たちも大体同じ頃にホテルへ着きました。荷物を置いて、駅前の居酒屋へと出かけました。新幹線が停まる一関ですが、人影は少なく閑散としています。東北は、仙台を除いて大体同じような雰囲気です。少し寂しさを感じました。居酒屋での食事は、楽しいものでした。総勢10人です。東北旅の最後の夜を楽しみます。食事のあとは、ホテルのラウンジでちょっと一杯です。昔の蔵をそのまま使っています。土蔵です。懐かしさがよみがえります。私はリンゴジュースを頂きました。とても冷えたジュースが、渇いたのどを潤してくれます。ポアロは、スペインの漫画家さんから原画を頂きました。貴重な原画を頂き恐縮しています。しばらくの間、皆が旅の余韻を楽しみました。



 翌日は、朝から皆で最後の観光名所へ出かけました。名勝・日本百景に選ばれている猊鼻渓(げいびけい)です。一関市東山にあります。紅葉を楽しみながらの舟下りです。最寄り駅は、JR大船渡線の猊鼻渓駅です。2時間に1本しか走っていません。私達は、4時までに仙台駅でレンタカーを返すことになっています。舟下りに乗るみんなを見送って、ここでお別れしました。時々時雨が降ったりして気温は下がり、初冬を感じさせます。コンビニで暖かい飲み物を買い、一路仙台へと向かいました。北上川に沿って、東北の景色を眺めながら走ります。




 

 

 
  

 国道4号線を走り、3時間ほどで仙台市に入りました。大都会仙台が近づくにつれて渋滞です。青葉城公園に向かいました。ポアロは、大震災が起こった年の夏に来ていますが、東北大学工学部建築学部の建物は、使えないほどの被害を受けて閉鎖されていました。その建物は壊され、新しい建物が建っています。近代建築です。ポアロは、興奮して写真をたくさん撮りました。広瀬川や瑞鳳殿の写真も撮りました。



無事時間までにレンタカーを返すことができました。駅ビルの土産物店で駅弁とお土産を買い、新幹線に飛び乗りました。高速新幹線はやぶさは、とても早く1時間半ほどで東京に着きました。15分の乗り換え時間で、東京駅では何も買えませんでした。タクシーに乗り、9時に自宅に到着しました。やれやれです。娘たちは、スペインからのファミリーと一緒に京都へ来て、遅くに帰ってきました。

2018年12月11日火曜日

東北へ(遠野)


 大槌町でご縁パーティーを開いて頂き、興奮覚めやらぬまま翌日は被災地大槌を案内してもらいました。小型観光バスで回りました・・・そしていよいよ大槌とお別れです。最後にもう一度、伝承館館長さんにお礼を述べるために伝承館へ寄りました。伝承館の隣に住んでおられます。お会いすることができました。何から何までお世話になって、お礼の言葉もないほどです。名残り惜しくてきりがありません。東北人の厚い人情がにじみ出ておられる方です。本当に本当にありがとうございました。



 大槌をあとにして、遠野へ向かいます。岩手県の内陸部にあります。大槌から車で1時間ほどです。私達は、小型観光バスの後ろについてレンタカーを走らせます。私達は、遠野は初めてです。遠野で頭に浮かぶのは、河童、柳田國男の「遠野物語」、民話の里、曲り家、宮沢賢治と銀河鉄道などです。観光名所として河童淵が有名とのことですが、今回は時間的制約で遠野ふるさと村だけとなりました。遠野ふるさと村は、広大な土地にあります。曲り家集落があり、いくつもの曲り家が建てられています。移築されたとのことです。江戸末期に建てられたという大きな大きな曲り家は、肝煎りの家と呼ばれ、庄屋さんのことを肝煎りと言うのだそうです。東北の厳しく寒い冬を考えると、牛や馬を人間同様大切な家族として捉えていたようです。今回も何頭かの馬を見ることができました。ここ遠野ふるさと村では、遠野の農村生活を体験し、自然と文化を実感研修するために、季節に応じた様々な体感メニューが用意されているそうです。ちょうど東北の紅葉が見頃でした。かわいく真っ赤に紅葉したもみじやかえでに、うっとりしました。







  遠野ふるさと村をあとにして、遠野駅で解散です。ほとんどの人とお別れしました。遠いところまで、ご縁パーティーに来てくださった方々、本当にありがとうございました。最後の最後までお世話になった遠野支援団体代表さん、ご親切が身に染みました。ありがとうございました。



 皆さんを見送り、観光バスとも別れました。娘たちとスペインからの漫画家ファミリーは、鉄道で一関に向かいます。私達は、東京在住の漫画家ファミリーと一緒に、車で一関に向かいます。いよいよ東北旅の最後の夜です。一関に宿を取っています。

2018年12月10日月曜日

東北へ(岩手県大槌町)


 賑やかに祝宴が続きます。私達と同じテーブルの高齢男性が、万歳三唱の音頭をとられました。大震災で大変な被害を受けた保育園の理事長をされている85歳の方です。保育園は、少し離れた高台に新築移転されています。食事をしながらその経緯をお聞きしました。理事長の決断、行動は早く、移転を早い時期に実行されました。園舎も園庭も以前より広くなり、現在は園児の数も増えて大槌の子供達がたくさん来ているとのことです。大震災が起こって3年後に、娘たちは支援金を寄付するために、保育園を訪れています。娘たちの結婚を、たいそう喜んでくださいました。
 鹿子踊りを披露してくれた子供たちも、一緒に宴に参加しています。あまり遅くなってはいけないので、祝宴は二時間半ほどでお開きとなりました。最後に記念の集合写真を撮っていただきました。総勢60~70人ほどです。いったんお開きとなりましたが、そのあとも二時間ほど宴の余韻で賑やかに過ごしました。伝承館館長さんや、遠野支援団体代表さんから、いろんなお話しを伺うことができました。お二方から娘たちのことを「自分の子供のようです。子供のように思っています」という言葉を聞いた時には、人との出会いが心に響きました。これこそご縁です。絆です。この日のために、どんなにご苦労をかけたかと思うとただただ感謝しかありません。
 翌日は、大槌町の被災状況、復興状況を見て回りました。バス一台をチャーターしてのプチツアーです。遠野支援団体代表さんも、被災者です。自宅の屋根の上に上がったまま、山にぶつかるまで流されたそうです。かろうじて命は助かりましたが、家もろともすべてを流されました。ご家族も命だけは助かりました。そのことが人生を一変させました。大震災をきっかけにして、これからの人生は人のために生きようと決心されたのです。 


大槌町旧役場は、あの日のままの姿です。巨大地震が起こって、町長をはじめ職員さんたちも表に出てこれからどうしようと相談していた時に津波が押し寄せてきたのです。全員が津波にのまれて亡くなられました。役場は機能を失いました。海岸から旧市街地まで津波に消されてしまったのです。荒涼とした広い土地が続いています。旧役場を遺構として残すのか残さないのか、まだ決定が出ていないとのことです。



旧役場から歩いて行ける所に、盛り土をした所に、大槌町文化交流センター「おしゃっち」が、今年の春にオープンしています。コミュニティーのための新しい施設です。あの日の写真パネル展がされていました。皆が写真を見て、あの日を思い出します。この日は子育て支援フェスタが開かれていて、たくさんの子連れファミリーで賑わっていました。
  




大槌で有名なものと言えば「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされる蓬莱島です。井上ひさし原作、NHKで放送されたテレビ人形劇です。東京オリンピック開催と同じ1964(昭和39年)に放送が始まったので、ずいぶん前のことです。突堤の先の近くにある「ひょっこりひょうたん島」へ皆が行きました。小さなかわいい島で、赤い灯台と小さな祠があります。大震災で壊れましたが、今は復旧されています。 




次に城山城跡展望台へ行きました。大槌城があったところです。穏やかな海が見えます。遠くまで見渡せられます。犠牲になられた方の墓碑銘がありました。




被災地のあちこちでは、本当にたくさんの方が犠牲になっておられます。テレビの報道番組を観ている時、各ポイントごとの情報は得られますが、現地へ足を運び自分の目で確かめることの重要さを思い知りました。


2018年12月7日金曜日

東北へ(ご縁パーティー2)


 遠野支援団体代表さんから、今までの経緯のお話しがありました。娘たちとの出会い、その流れを話されました。「大震災が起こって7年7ヶ月、東北の各被災地はまだまだ復興途中です。この日のご縁パーティーでの新しい出会いも、復興への力となります。たくさんの人が、東北へ目を向け関心を持ち続けてもらうことを願います」と、話されました。  
次にゲストの紹介です。婿殿は、漫画シナリオライターです。日本の漫画とは少し違う、フランスの伝統的なBD(ベーデー)というものです。そのつながりで、スペイン在住のスペイン人の漫画家と奥さんと娘さんが来てくださいました。東京在住の日本人漫画家は、奥さんと奥さんのお母さんと来てくださいました。今回のゲストの中では、83歳のお母さんが最高齢でした。東京在住のフランス人男性は、フランスリヨン大学時代からの親友です。それから娘の友人二人と、子供達です。福島からは、福島生協の男性二人が来てくださいました。福島は大震災後原発の汚染で避難したままの人が大勢います。娘たちは、子供達に支援の手を差し伸べ続けています。福島から大槌まで、車で5時間かけて来てくださいました。私達も紹介してくださいました。
 手元にはご縁パーティーのプログラムが配られています。娘たちの活動記録が、写真とともに紹介されています。「東日本大震災で被害を受けた被災者支援、被災地域のボランティア活動を通じて私たちに多くの希望を与えてくれました。何事にもチャレンジする精神、他人に優しい気持ちで接すること、そしていつも笑顔を絶やさないことなど、多くのことを教えてくれました」と、書かれています。娘たちのことですが、親として身にあまる光栄です。娘たちが舞台に立ち挨拶をしました。胸にジーンときます。
 ご縁パーティーは盛り上がります。乾杯をして、祝電の披露があり、祝宴は続きます。
 東京在住のフランス人男性が、お祝いのスピーチを堪能な日本語で話されました。婿殿の人となりを、ユーモアを交えて話されました。
 福島からの男性たちは、ボランティアをきっかけにして始まった娘たちとの人間的なつながりを話されました。
 娘の友人たちも、長いお付き合いの中での娘の人となりを話してくれました。
 ポアロが、昨年夏のフランスでの式やパーティーの写真をスライドで映し、説明を加えながら披露しました。 
 大槌の伝統的な鹿子踊りが始まりました。鹿子に扮した子供たちが、太鼓や笛に合わせて激しく踊ります。毎月2回ほど、この伝承館で練習をしているそうです。大震災の時には伝承館も避難所になっていて、その時避難していた赤ちゃんが7歳になり、今目の前で鹿子踊りを披露してくれています。子供の成長が、大震災復興と重なってきます。子供たちは、汗だくになって激しい踊りを見せてくれました。





 東京在住の日本人漫画家の奥さんは、ミュージシャンです。会場に用意された電気ピアノを弾きながら、歌ってくださいました。現在も現役でライブ活動をされているそうです。小柄な体からパワーがあふれています。
 娘は打掛をとった振袖姿で、電気ピアノを演奏します。「真心」をテーマとしたオリジナル曲です。静かなメロディーが胸に染み入ります。演奏する娘の足元では、紋付袴姿の婿殿がしゃがみこんでペダルを調整しています。振袖を着て草履での演奏は、少し難しいようです。ほほえましい光景でした。

2018年12月6日木曜日

東北へ(ご縁パーティー1)


 パーティーの前に伝承館のそばにある神社に参拝しました。2年前に婿殿が鳥居の建て替えに参加した神社です。小高い山の上にあります。




伝承館の館長さんを先頭に、あちこちからの客人が続きます。娘の友人の二人の幼い子供から、我々シニアまで、二十人ほどです。子供連れの友人は、東京から新幹線で新花巻へ、そして新花巻からレンタカーで来てくれました。彼女もフランスへ留学していました。お互いにいろんな相談をしながら、異国での生活を送りました。現在は東京暮らしです。遠くはスペインから、フランスから、三重から、東京から、そして京都からです。伝承館館長さんと遠野支援団体代表さんとの協力のもと、この日を迎えさせて頂くことになったのです。小高い山の上にある神社に参拝するのは、山登りのようでした。階段はなく、急な山道を登るのです。参拝した女性たちの中で、私は二番目の高齢者です。婿殿が、サポートしてくれました。最年長は八十三歳の女性で、みんなの中でも最高齢です。みんなが心配しましたが、参拝したいとのことで、支援団体代表の方が、付き添ってくださいました。

小さな神社ですが、この地域では最古の神社だそうです。参拝し報告し、感謝しました。夕方になっていましたが、近くの村々を見渡せることができました。参拝を済ませて、いよいよ19時からご縁パーティーが始まります。




 伝承館の中は、パーティー会場としてきれいに飾り付けされています。舞台の上には「結婚おめでとう」の飾り付けです。丸テーブルがいくつも置かれ、ご馳走が並べられています。縁もゆかりも無かった岩手県大槌町で、盛大なお祝いのパーティーをして頂くとは、感動が胸いっぱいに広がります。たくさんの方にお世話をおかけして、ただただ感謝です。


支援団体代表さんの司会で始まりました。伝承館館長さんからのお祝いの言葉があり、民謡を歌い継ぐ会、一心会の方がお祝いを寿ぐ民謡「岩手長持唄」を歌ってくださいました。伝承館館長さんが奏でる尺八と共に、めでたさが会場いっぱいに広がります。胸がいっぱいになります。そして「長持唄」にのって、後方から新郎新婦の入場です。ハプニングです。紋付袴の婿殿と、打掛を着た娘の姿です。前もって何も聞いていなかったので、本当に驚きました。娘たちも当日聞いたとのことです。伝承館や一心会の女性たちは、いつも着物を着ての活動です。着付けにも髪結いにも、熟練されています。お手のものです。娘はきれいに髪結いをしてもらい、着付けてもらい、美しい花嫁姿です。親として、初めて見る娘の花嫁姿です。去年のフランスでは、洋装の花嫁でした。目頭が熱くなります。ここまでして頂くとは、本当に感無量です。ご縁パーティーは、どんどん盛り上がっていきます。




2018年12月5日水曜日

東北へ(大槌町)


 釜石駅で東京からの客人を乗せて、一路大槌町へと車を走らせます。しばらくのご無沙汰のフランス人男性とは、初対面ではないので気持ちはリラックスしています。娘の高校時代の友人は、ずいぶんのご無沙汰です。「お母さんは、昔と変わっておられませんね」と、嬉しいことを言ってくれます。彼女は以前ドイツへ留学していて、フランスにいる娘と行ったり来たりの間柄です。彼女のお姉さんは、外務省勤務で、あちこち移動し現在はロシアにおられるそうです。お手本になるような立派な姉妹です。おしゃべりしているうちに、大槌町に入りました。パーティーの会場への道は少しややこしいので、途中のコンビニまで娘たちがさきほどのマイクロバスに乗せてもらって迎えにきてくれました。


 娘は、この日のパーティーを「ご縁パーティー」と命名しました。フランスから遠く離れた、そして三重からも遠く離れた岩手県大槌町で、二人の結婚を祝ってくださるのです。これまでの経緯は、大震災が起こった7年7ヶ月前に遡ります。大震災が起こってすぐに、娘はフランスで支援団体を立ち上げました。遠いフランスから支援活動をして、何度も東北へ足を運びました。そして岩手県遠野市に本部を置く、支援団体と連携して支援活動を続けてきました。この支援団体も、大震災発生後すぐに立ち上げられた団体です。何度も足を運ぶ間に、たくさんの人と出会い仲良くなりました。二年前には、婿殿は、ボランティアのインターンとして3ヶ月間大槌で過ごしました。日本語がそんなにできるわけではありませんが、遠いフランスから大槌へ来てボランティアをする彼は、話題の人になり人気者になりました。そしてますます出会いが広がっていきました。その当時新聞にも載り、今も私の手元にあります。神社の鳥居の建て替えにも参加しました。村の衆とも親しくなりました。パーティーの会場は、この神社のふもとにある伝承館です。


 四百年も前から地域に伝わる鹿子踊り(ししおどり)の伝承館です。私達が伝承館に着いた時には、すでにたくさんの人が集まっていました。