2012年10月31日水曜日

徒然に想ううた 短歌三首


 

栄光を 手にした人の 哀しみは

 

    凡人の恣意 越え遠きもの

 

 

夜は更けて 眠れぬ夜に 詠むうたは

 

      怒涛のごとく 心あふれて

 

 

美わしき 金魚のフンと 亭主言い

 

     妻もそう言う 二人の仲を

2012年10月30日火曜日

「夢」


十代の頃の私の夢

それはスーパーマンと結婚することだった

何もできない私が

何でもできるスーパーマンと結婚すれば

すべてのことをしてもらえるという夢のようなあこがれからだった

 

二十代の頃の私の夢

それは医者と結婚することだった

病院が大嫌いな私が

病院へ行かずにすむであろうと

単純で幼い夢のような考えからだった

 

三十代になった私の夢

スーパーマンでもなく

医者でもなく

縁あって夫婦となった二人の宝もの

その宝ものが飛び立つのを見届けたい

それが二人の夢となった

 

そして宝ものは見事に飛び立っていった

二人の手の届かない遠いところへ

飛び立っていった

 

私達は原点に戻った

静かな日々に戻った

 

これからの二人の夢はたくさんある

したいことをしたい

気ままな旅をしたい

世界一周旅行もしたい

 

手をとりあって

足の向くまま気の向くまま

歩いていこう

2012年10月29日月曜日

私の出会った城下町 丹波篠山


 先日丹波篠山へ行ってきました。篠山市は篠山藩の城下町で、兵庫県中東部に位置し、四方を山々に囲まれた自然環境豊かな地域です。特産物の丹波栗と丹波黒大豆は全国的にも有名で、おせち料理にかかせないものです。京都への交通の要として栄えてきた歴史があり、町並みや祭りなどに京文化の影響を色濃く残しているとガイドブックにありました。

 篠山城は1609年(慶長14年)徳川家康の命により築城された近世城郭で平山城です。城主は松平三家八代と青山家六代で、その居城として明治を迎えました。明治維新の改革でほとんどその姿をなくしましたが、大書院だけが残っていたものの1944年(昭和19年)に失火により焼失し、2000年(平成12年)に復元されました。遺構としては立派な石垣や堀があります。篠山城址へは、少し登っただけなのに、篠山の町を見下ろし、町を囲む山々がとてもきれいに見えました。
 
 
 
 

 毎年お盆の頃にデカンショ祭りがあります。デカンショ節は、子供の頃に周りの大人達が歌っているのをよく耳にしましたが、明治中期から広く全国的に愛唱されるようになり、その発祥地がここ丹波篠山です。デカンショの語源は、哲学者デカルト、カント、ショーベンハーウェルの名前の頭文字からだそうです。このことは初めて知ったので驚きました。明治維新後は学問を奨励し、篠山に鳳鳴塾という学校を作り、その中の優秀な者は東京(今の青山あたり)に寄宿舎を作り遊学させました。東京の青山という地名は、青山氏からとられています。そこに集まった若者たちが、故郷の篠山を懐かしんで歌ったのがデカンショ節の始まりのようです。学生歌とされています。国道372号線は、京都府亀岡市から兵庫県姫路市に至る一般国道ですが、その一部篠山あたりはデカンショ街道という愛称で呼ばれています。大きな立て看板もいくつかありました。
 
 

 お城へ登ったあと、商店街を歩きました。いくつもの店が並び、秋まっただの中、栗、黒豆、松茸、新米が山積みされ売られていました。収穫されたばかりのような黒枝豆を買いました。観光バスからたくさんの人が、ガイドさんと共に現れ、あちこちに観光客があふれていました。
 
 
 
 
 
 気持ちよい秋晴れの中、城下町篠山を散策し、遠く離れた江戸との結びつきや、全国に広まっていったデカンショ節のことを知り、少し物知りになりました。

2012年10月28日日曜日

徒然に想ううた 自由句三句


長生きの 心はいつも リラックス


長短の バランスとって 夫婦行く


鼻歌は 心表す バロメータ

2012年10月27日土曜日

「ぼくは指揮者」 (3)

そのあとも、我が家の楽しい合奏団の演奏会は、一週間に一度は開催された。

 ぼくは、時々体操をする。手をうんと伸ばしたり、足を大きく動かしたりする。するとお母さんは、大きな声で「みんなみんな、来てちょうだい」と、みんなを呼ぶ。みんなは喜んで「あっ動いた」「元気に動いているよ」と一騒動が起こる。

 ぼくは、みんなの声がよく聞こえる。お母さんの声、お父さんの声、お兄ちゃんの声、お姉ちゃん達の声、そしておじいちゃんおばあちゃんの声、もちろんタロやミーの声もよく聞こえる。

 ぼくは、どんどん大きくなって、お部屋がずいぶんきゅうくつになってきた。そろそろぼくのお部屋は、風船がはじけるように、パーンとわれそうだ。お母さんの方のおじいちゃんが、天国へ行ってしばらくして、ぼくのお部屋は、はじけた。本当におじいちゃんと、入れ替わりのようにだ。

 家族みんなの大歓声の中、ぼくは、大家族の仲間入りをした。みんなの声は、ずいぶん前からよく知っているなじみの声だけど、顔をあわすのは初めてだ。

 ぼくは、
  「初めまして! どうぞよろしく!」と、ニコッと笑った。

おわり

2012年10月26日金曜日

「ぼくは指揮者」 (2)


 お父さんは、会社へ行き、おじいちゃんとおばあちゃんは、田んぼと畑へ行く。お兄ちゃんと上のお姉ちゃんは、学校へ行き、下のお姉ちゃんは、幼稚園へ行く。お母さんとぼくと、タロとミーは留守番だ。タロとミーは、お庭で日なたぼっこしながら、お昼寝をしている。そんな時、お母さんは、ピアノを弾く。お母さんは、ベートーヴェンとショパンが好きだ。ベートーヴェンは、少し重々しくそしてはげしく、ショパンは、優しく軽やかだ。ぼくも、ベートーヴェンとショパンが好きになった。ベートーヴェンの曲を聞くと、すごく考える人になるみたいだ。ショパンの曲が流れると、踊りだしたくなってくる。

 ある日のこと、家族のみんなが、旅行に出かけ、家には、お母さんとぼくと、二人きりだった。その夜、お母さんは、電気をつけないでピアノを弾き始めた。窓から明るい月の光がさしこんでいる。ベートーヴェンの「月光」だ。静かに淋しく一楽章のメロディーが流れている。ふと見上げると、お母さんの目には涙があり、お母さんは、泣きながらピアノを弾いているのだ。ぼくも悲しくなって、涙があふれた。

  次の日、お母さんとぼくは、お母さんのお父さん、つまりおじいちゃんのお見舞いに、病院へ行った。お母さんのお母さん、つまりおばあちゃんは、ぼくのお母さんが子供の時に、お星さまになっていて、おじいちゃんしかいない。そのおじいちゃんが、今、重い病気になって大変なのだ。おじいちゃんは、ぼくを優しく撫でて「会えないのは残念だなあ、おじいちゃんの分もしっかり生きておくれ」と静かに言っている。そのおじいちゃんは、一ヶ月後に天国へ行ってしまった。そしてぼくは、お母さんが、泣きながら「月光」を弾いていた訳を知ったのだった。

つづく

2012年10月25日木曜日

「ぼくは指揮者」 (1)


  ぼくは、音楽が大好きだ。

 家族みんなで、合奏する音楽が大好きだ。

 お母さんと下のお姉ちゃんは、ピアノ。

 お父さんは、ギター。

 おじいちゃんとお兄ちゃんは、ハーモニカ。

 上のお姉ちゃんは、木琴。

 おばあちゃんは、トライアングル。

 犬のタロは、タンバリン。

 ねこのミーは、カスタネット。

 そしてぼくは、合奏団の指揮者だ。
 

 時々ぼくは、家族みんなで合奏する音楽を、子守歌にして眠ってしまう。とても気持ちいいんだ。家族みんなで合奏する曲のレパートリーは、たくさんあるけれど、ぼくの一番のお気に入りは「大きな古時計」だ。家族みんなが、歌いながら合奏している。いつのまにか、ぼくも歌えるようになった。でも歌いながら、指揮をしながら、気持ちよくなって、ついつい眠ってしまう。

  お母さんのきれいな声、お父さんのかっこいい声、おじいちゃんのしゃがれ声、お兄ちゃんの元気な声、上のお姉ちゃんのすました声、下のお姉ちゃんの舌足らずな声、おばあちゃんの落ち着いた声。タロの「ワンワン」ミーの「ニャーニャー」本当ににぎやかな合奏なんだ。みんなに聞かせてあげたい面白い合奏なんだ。そしてぼくは、いつもニコニコニヤニヤ、ふき出しそうになるのをこらえて、指揮をしている。


つづく

2012年10月24日水曜日

徒然に想ううた 短歌三首


 

流行の ヘルメットつけ タイツはき

 

    還暦マダム 颯爽と行く

 

 

息乱れ 汗だくになり ペダル踏み

 

    還暦男子 見栄はり走る

 

 

一日を 昨日今日明日 積み重ね

 

    人の一生 紡ぎ連ねる

2012年10月23日火曜日

「口ぐせ」


私の子供には口ぐせがある

会話の中で何度も出てくる言葉がある

「うれしい?」

この言葉が出ると私は真面目に答える

「うれしいよ」

すると次に

「どのくらいうれしい?」とくる

「すっごくうれしいよ」と答える

毎度のパターンである

 

私の子供には口ぐせがある

会話の中で何度も出てくる言葉がある

「なんで?」

この言葉が出ると私は真面目に答える

「お母さんはこう思うからよ」

するとまた

「なんで?」とくる

「お母さんはこう考えるからこう思うのよ」と答える

毎度のパターンである

 

子供の質問に真面目過ぎるほど真面目に答える私

いつのまにか私は気が長くなった

とことん根気よく子供の相手をするようになった

子供のこの口ぐせも成長の一過程と思いつつ

 

私の感情表現が低いからなのか

言葉数が足らないからなのか

それとも子供のこだわりなのか

 

時が熟したのか

私の答え方がワンランクアップした

 

子供の口ぐせを私も口ぐせにした

私は子供に尋ねる

「うれしい?」

私は子供に尋ねる

「なんで?」

 

子供は真面目に答える

かつて私がそうだったように

真面目過ぎるほど真面目に答える

 

私は心の中でニヤニヤして聞いている

私は心の中で「ヤッター」と叫ぶ

2012年10月22日月曜日

徒然に想ううた 俳句三句


 

もの想う 静かな夜に 虫の声

 

 

空高く 見渡すかぎり いわし雲

 

 

明かりなく ススキがゆれる 風の音