2020年7月14日火曜日

大地の恵み


 近所の農家の方から採れたての野菜を頂きました。ナス、キュウリ、シシトウ、ズッキーニです。畑からすぐに届いた野菜は、瑞々しく光っています。 



黄色のズッキーニは、今まで見たことのない形です。ウリのような色合いと形です。ズッキーニを日本では食べたことがなかった私たちですが、三年前にフランスへ行った時には馴染みのものとなりました。南仏プロヴァンスの家庭料理ラタトゥィユでは、定番の食材です。縁あって娘が結婚したフランス人の婿殿のお父さんは、プロヴァンスに住んでおられます。娘も婿殿も、ラタトゥィユ作りはお手のものです。フランスに滞在した時には、何度も頂きました。マルシェに並ぶズッキーニは、馴染みあるきゅうり形のものです。今回頂いたウリのような色合いと形のものは、珍しいと思います。どんな味がするのか楽しみです。丹精込めて作られた農家の方にも、大地にも感謝です。有り難く大地の恵みを頂きます。

2020年7月13日月曜日

美しい花(ホテイアオイ)


 先日ホテイアオイの花が開花しました。薄紫の淡い色の花です。神々しさを感じる花です。水草であるホテイアオイからは、想像できないほどの美しい花です。 




 メダカの飼育員であり、メダカたちのお父さんであるポアロは、メダカの産卵に向けて、ホテイアオイを買ってきました。たくさんの卵が産まれ、ホテイアオイに守られて孵化し、メダカの赤ちゃんが次から次へと誕生しました。数えきれないほどのメダカの赤ちゃんの誕生です。幼稚園、小学校、中学校と、成長に合わせて住まいも作りました。ホテイアオイのおかげで、メダカのビッグファミリーができました。そのホテイアオイにこれほど美しい花が咲くとは、驚きです。ポアロが株分けをしたので、どの住まいにもホテイアオイが入っています。しかし花が咲いたのは、一輪だけでした。花の命は短くて、開花して美しい姿を見せてくれたのは束の間でした。すぐ美しい姿は、消え去りました。まるで幻のような花でした。


2020年7月10日金曜日

恐怖の感染症


 昨日東京都でのコロナウイルス感染者数が、過去最多の224人と発表されました。緊急事態宣言が解除され、東京アラートが解除され、外出自粛も解除され、県境をまたいでの移動も解除され、世の中は平生に戻ったのでしょうか。新型コロナウイルスは、「そうは問屋がおろせねえ」,と嘲笑っているようです。すべてが解除され、自由になったと錯覚し、「自分で気をつけてるから大丈夫」とコロナウイルスを甘く見ている人が多いように思います。特に若い人たちから、そんな印象を受けます。コロナウイルスの威力に、恐怖をおぼえています。
 フランスでは6月末で今年度が終わり、9月から新年度が始まります。いよいよバカンスの到来です。「コロナウイルス何のその」といった気持になっているのでしょうか。国をあげてのバカンスです。国民総出のバカンスです。フランス在住の娘たちを、心配しています。
 今も巣籠り状態を続けている私たちです。心理的に、コロナウイルス禍の前の状態に戻れません。どこでコロナウイルスをもらうのか、心配で怖くて自由に行動できません。慎重過ぎるのは、高齢者の特質かもわかりませんが、まだまだ静かにしていようと思います。

2020年7月9日木曜日

思い出の中の歌(筑後川)


 梅雨真っ只中の豪雨は、九州に大きな被害を起こし、中部地方にも被害が出ています。熊本県の球磨川が氾濫し、大分、福岡、佐賀を流れる筑後川も氾濫しました。テレビの映像で大変な状況を見て、何もできない私です。自然災害の怖さを見せつけられています。新型コロナウイルスが猛威をふるい、社会全体を震撼させてまだまだ収束の見通しが立ちません。いろんな分野に携わる人々は、厳しい状況に追い込まれています。そこへ自然災害の追い打ちです。国を挙げて、この国難を乗り越えねばなりません。

 荒れ狂う筑後川を映像で見て、思い出の中の筑後川が豹変しました。転勤で東京暮らしが始まった頃のことです。日本の首都東京へは、修学旅行でしか行っていません。東京への憧れと、首都東京という大きく立ちはだかるような壁を感じていました。そんな東京で暮らすということに、嬉しくもあり、地方出身の気後れも抱えていました。武蔵野の面影の残る郊外での、暮らしが始まりました。素晴らしい環境でした。買い物に、散歩に、チャリダーにと、充実した毎日でした。遠くに富士山を眺め、大木となったケヤキ並木の下を通る時、いつも口ずさむ歌がありました。「思えば遠くへ来たもんだ」です。1978年発表の海援隊の歌です。歌詞に筑後川が出てきます。行ったこともない見たこともない大河、筑後川に自分勝手なイメージを膨らませていました。今でも憧れの存在です。



「思えば遠くへ来たもんだ」

              作詞 武田鉄矢

              作曲 山木康世



   踏切の側に咲く

   コスモスの花ゆらして

   貨物列車が走り過ぎる

   そして夕陽に消えてゆく



   十四の頃の僕はいつも

   冷たいレールに耳をあて

   レールの響き聞きながら

   遥かな旅路を夢見てた



   思えば遠くへ来たもんだ

   故郷離れて二十年

   思えば遠くへ来たもんだ

   この先どこまでゆくのやら



   筑後の流れに

   小鮒釣りする人の影

   川面にひとつ浮かんでた

   風が吹くたび揺れていた






2020年7月8日水曜日

庭に咲く花(キキョウ)


 小さな庭にもいろんな花が咲いてくれます。先日キキョウが開花しました。十年ほど前に野良部部長(娘)が植えたキキョウです。キキョウは和花です。野良部部長は和花にこだわって、萩やあやめ、桔梗を植えました。宿根草なので毎年花を咲かせてくれます。濃い目の紫がきれいです。園芸部員のポアロが、種を集めていくつかの植木鉢に植えたので、地植えのもの、鉢植えのもの、各所で開花です。



 


まだつぼみがたくさんあるので、長い間楽しめそうです。鬱陶しいお天気が続いていますが、庭に咲く花々に癒してもらっています。梅雨明けまであともう少しです。

2020年7月7日火曜日

アサガオ 2020(2)


 今年のアサガオが開花して一週間が経ちました。鉢植えのもの、地植えのもの、毎日開花が続いています。アサガオの花は大輪の種類です。色はいろいろですが、薄紫、赤紫、そして白の花が咲いています。



 











梅雨真っ只中ですが、朝きれいに開花しているアサガオを見るのは楽しみです。強い雨に打たれると、肉厚の薄いアサガオの花びらは倒れます。その姿を見るのは、心が痛みます。梅雨明けまでもう少し、もう少しと、自分に言い聞かせています。

2020年7月6日月曜日

セミ初鳴き2020


 梅雨真っ只中で、豪雨の被害があちこちで起こっています。うっとうしい空の下、一瞬光がさすとセミの鳴き声が聞こえてきました。今年初めて聞くセミの声です。声はすれども姿は見えずです。セミの鳴き声が聞こえてきたら、いよいよ夏の到来です。セミの初鳴きは、例年より一週間ほど早いように思います。梅雨明けは、まだもう少し先のようです。

 セミの大合唱は夏の風物詩ですが、朝ゆっくり寝ている人にとれば睡眠を妨害する騒音かもしれません。以前庭に楡の木を植えたことがあります。一年一年木は成長し、二十年経てば大木です。十年経った頃に、植木屋さんに切ってもらいました。幹のほとんどを切り、本来の木の姿は無残なものになりました。夏の到来とともにセミの大合唱が始まり、ご近所に大迷惑をかけていました。山の中の一軒家ならともかく、ニュータウンの住宅地では、庭に木を植えることは間違いだと気付きました。夏の間、肩身が狭い思いをしました。それほどセミの大合唱は、公害に成り得るほどです。

 今は気楽にセミの鳴き声を聞いています。セミの短い命が、哀れを感じさせます。セミの鳴き声が聞こえている間は、応援しようと思っています。

2020年7月3日金曜日

知るを楽しむ(郷土史―2)


 今まであまり興味関心好奇心を持っていなかったふるさとのいろんな史実にはまっています。もっと若い時からであれば、今流行りの歴女になれたかもしれません。

 家の前を流れる二級河川を少し上流に行くと、大河内という集落があります。国道166号線を走っていると、大河内城址と書かれた表示板が目に入ります。こんなところにお城があったということを教えてもらいます。いままで無頓着でしたが、この大河内城は歴史上有名なお城です。織田信長が落とせなかった城です。大河内城の戦いから450年が過ぎています。織田信長は、天下統一を目指して近隣諸国へ侵攻を推し進めていました。NHK大河ドラマ「麒麟がくる」では、尾張のおおうつけと噂されていた信長の人物像を面白く描いています。残念ながらコロナ問題で収録ができず、今は放送がお休みとなっています。尾張の国を統一し、今川氏を討ち、齊藤氏を討って、足利義昭を将軍に擁立して大きな後ろ盾をつくり、天下統一という壮大な夢に向けて突き進んでいきます。永禄12年(1569年)自ら大軍勢を率いて南伊勢へ侵攻してきました。5万とも6万ともいわれる大軍勢です。それを迎え撃つのは、南伊勢を治める国司北畠家の北畠具教(とものり)・具房(ともふさ)親子です。北畠軍は7千あまりの兵です。この戦いの結果は、信長の次男信雄(のぶかつ)を北畠家の養子とするかわりに、北畠の家督と大河内城を信長に譲るという条件での和睦です。北畠家がここで織田家と戦い、その数年後に滅ぼされたことへの深い悲しみを詠んだ句碑が、大河内城址本丸跡にあるそうです。






 大河内城は、応永年間(1394~1428)、室町幕府軍との戦闘に備え、当時の伊勢国司北畠満雅によって築城されました。この大河内城は解体されるまで、一度も落城した記録のない城ともいわれているそうです。大河内城の戦いでは、有名な戦国武将が織田方として参戦しています。(滝川一益、柴田勝家、森可成、前田利家、豊臣秀吉、蜂須賀子六、竹中半兵衛など)(松阪に縁の深い蒲生氏郷も14歳で織田軍として初陣となりました。)

 戦国時代の武将たちの生きざまが頭に浮かんできます。戦国武将の面々を想像してしまいます。大河内城の戦いから450年を経て、国道から見上げる大河内城は、うっそうとした木々に囲まれています。お城へ上るには、気力体力がいります。機会を見つけ大河内城址を訪れてみようと思います。

2020年7月2日木曜日

かわいい野草(ネジバナ)


 小さな庭に野草のネジバナがたくさん咲いています。細くて20センチほどの背の高さで、薄ピンク色の花を咲かせています。とてもきゃしゃな雰囲気の花です。しかし見た目と違い、強く、根性を持っています。踏まれても倒されても、また自分の力で立ち上がります。逞しいネジバナです。可憐さと健気さを持っています。










庭の管理人ポアロは、柴刈りする時には、ネジバナを刈らないように気をつけています。十年ほど前から、自然に顔を見せてくれました。名前の通りにきれいにねじれています。たまには、上手にねじれなかったものも登場します。宿根草なので、この時期になると芝生の中から急に伸びてきます。我が家の小さな庭も、夏に向けて賑やかさを取り戻しつつあります。

2020年7月1日水曜日

瓢箪から駒


 コロナウイルス感染拡大防止のため、緊急事態宣言が発令されて、巣籠り生活が始まりました。三重での巣籠り生活は、四ヶ月が過ぎました。県境をまたいでの移動自粛が長らく続きましたが、それもやっと解除されました。しかしその後も、感染者は増え続けています。

 今までに経験したことのない巣籠り生活は、いろんなことを教えてくれました。日常生活の見直しができました。小さな庭にも、たくさんの発見がありました。生き物たちとのふれ合いや庭に咲く花や野草の数々、自然界の営みなど、本当にたくさんのことに気づき学びました。家の中についても、少しずつですが終活につながる片付けも始めることができました。そして何よりの瓢箪から駒は、シェフの誕生です。もともと食べること作ることに、興味関心好奇心があったポアロですが、巣籠りのおかげでその腕を上げました。長年台所に立ち続けてきた私は、義務が先行しその任に疲弊し、最近ではエンドレスを感じていました。以前から「仕事を終えて、これからは食事作りは夫の担当」と言う人や、「お昼ご飯は、夫が作ってくれる」などの発言が、友人から出ていました。それを聞いて感心していた私ですが、ポアロが料理の腕を上げメニューの数も広がりつつある現状を喜んでいます。先日は、デザートまで作ってくれました。パイナップルのゼリーです。



予想もしていなかったことで、感激しました。冷やっとした触感は、これからの季節にぴったりのデザートです。「男子厨房に入るべからず」は、時代遅れです。今でもこの言葉で自分を正当化する男性もいるかもしれません。戦前・戦中生まれの人だけに限られているのであれば仕方ありませんが。持って生まれた得手不得手や器用不器用にも、多少違いがあることですが、私の周りの男性たちの中には、ポアロのような人はいません。父や兄や、義兄や叔父たちも厨房に入らない人たちでした。人生百年時代の到来です。女性男性の区別なく、人間として厨房に入ることは素晴らしいと思います。ポアロのレシピを、写真とともに記録したいと思っています。