2013年6月11日火曜日

「かあこちゃんの探しもの」


 かあこちゃんの大好きな七個の虹のふうせんが、空へ上がって消えてしまってから、かあこちゃんは、いつも七個の虹のふうせんのことを考えています。

「虹のふうせんはどこへ行ってしまったのかしら。きっと大きな虹の七色にくっついてしまったんだわ。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫」かあこちゃんは、七色の名前を思い出しながら言いました。

 

 かあこちゃんは、お母さんにたずねます。

「なぜ美しい虹の色は、きれいな心の色と同じなの」

「人のあたたかい心を、赤、橙、黄であらわしているの。人のかんがえる心を、緑、青、藍、紫であらわしているのよ」お母さんは、教えてくれました。

 

「あたたかい心が、赤、橙、黄で、かんがえる心が、緑、青、藍、紫なのね」

虹のようにきれいな心になりたいと思っているかあこちゃんは「きれいな心になるには、あたたかい心とかんがえる心がいるんだわ。あたたかい心ってどんな心かしら」

(されていやなことはしないように、されてうれしいことはするように)と心がけているかあこちゃんは、このことがあたたかい心になるのだと思いました。

 

「もう一つのかんがえる心ってどんな心かしら」かあこちゃんは、いつもかんがえるようになりました。でもそれはとてもむずかしいもののような気がしてきました。

かあこちゃんは、お母さんにたずねました。

「かんがえる心ってどんな心なの」

「それはね、かあこが大きくなって、大人になっても、ずっと持ち続ける心なの。いろんなことがあるでしょうし、起こるでしょう。どんなことが起ころうと、倒れないで頑張ろうとする心なの」

かあこちゃんは、少し大人になったような気がしました。

 

「大好きな虹をつかむために、虹のようにきれいな心になりたい。きれいな心になるために、あたたかい心とかんがえる心を持ちたい」

かあこちゃんは、一歩ずつ大好きな虹に近づいているような気がしました。

2013年6月10日月曜日

「かあこちゃんの大好きなもの」


 かあこちゃんは、美しい虹が大好きです。いつも虹のようにきれいな心になりたいと思っています。

「されていやなことはしないように心がけよう。されてうれしいことはするように心がけよう」かあこちゃんは、いつもニコニコしています。あいさつはいつも大きな声で言います。「ありがとう」も大きな声で言います。「ごめんなさい」も大きな声で言えます。かあこちゃんの周りには、お友達が集まってきます。
 

 かあこちゃんは「いつかきっと虹のようにきれいな心になりたい」と思っています。かあこちゃんは、虹をつかんでみたいと思いはじめました。どうしたら虹をつかむことができるのでしょう。かあこちゃんは、お母さんにたずねました。

「どうしたら虹をつかむことができるの」

「虹のようにきれいな心になったらつかめるのよ」

かあこちゃんは、早く虹をつかみたいと思いました。虹のようにきれいな心に早くなりたいと思いました。
 

 ある日、お母さんが七個のふうせんを買ってくれました。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、虹の色です。かあこちゃんは、大喜びです。まるで虹をつかんでいるみたいです。かあこちゃんは、いつも七個のふうせんを持って散歩に行きました。

 

 七個のふうせんを空高く上げると虹のようです。かあこちゃんは、うれしくて何度も手を上げたり下げたりしました。その時です。ふうせんのひもが、かあこちゃんの手から離れてしまいました。「あっ」かあこちゃんは、叫びました。七個のふうせんが、ふわりふわりと空へ上がっていきます。かあこちゃんは、両手を上げて「あ-っ」と叫びました。もう手が届きません。かあこちゃんは、空を見上げています。ふうせんがどんどん小さくなっていきます。「私の虹のふうせんが空へ飛んでいってしまった」かあこちゃんの目から大粒の涙があふれています。

2013年6月8日土曜日

「かあこちゃんのしつもん」


 かあこちゃんは、いろんなことをお母さんにたずねます。

「お母さん、教えて、いじわるしたらどうしていけないの」

「かあこは、いじわるされたらどんな気持ちになるの」

「う-ん、いじわるされたら悲しくて涙が出る」

「そうね、されていやなことはしないようにしようね」

「わかった、そうする」かあこちゃんは、明るく大きな声で言いました。

 

 またかあこちゃんは、お母さんにたずねます。

「お母さん、教えて、うそをついたらどうしていけないの」

「かあこは、うそをつかれたらどんな気持ちになるの」

「う-ん、うそをつかれたら悲しくて涙が出る」

「そうね、されていやなことはしないようにしようね」

「わかった、そうする」かあこちゃんは、明るく大きな声で言いました。

 

 またかあこちゃんは、お母さんにたずねます。

「お母さん、教えて、わるくち言ったらどうしていけないの」

「かあこは、わるくち言われたらどんな気持ちになるの」

「う-ん、わるくち言われたら悲しくて涙が出る」

「そうね、されていやなことはしないようにしようね」

「わかった、そうする」かあこちゃんは、明るく大きな声で言いました。

 

 ある日かあこちゃんは、お母さんと散歩に行きました。

その時、大きな美しい虹が出ました。かあこちゃんは、生まれて初めて見る虹です。

「お母さん、虹ってとってもきれいね、虹大好き」

「かあこも虹のようにきれいな心になろうね」

「虹のようにきれいな心になれるの」

「されていやなことはしないように、されてうれしいことはするように心がけてたら、きっといつか虹のようにきれいな心になれるのよ」

「いつかきっと虹のようにきれいな心になりたい」かあこちゃんは、明るく大きな声で言いました。

2013年6月7日金曜日

「夫への手紙」


何年ぶりのことだろうか

今 私は夫に手紙を書いている

まず始めにごあいさつ

「その後 体の調子はどうですか」

義母の介護が始まり夫の一人暮らしがスタ-トした

仕事を終え食料を買いにス-パ-へ寄る

家へ帰れば自分のために料理をする

食事が終われば後片付け食器洗いが待っている

お風呂へ入ったあとは洗濯だ

洗濯干しにアイロンかけ

夫は単身赴任十年ベテラン選手

夫は一人前の主夫

段取りよくサッサと家事をする

 

しかし四十代の単身赴任とは大違い

還暦越えての単身赴任はつらいもの

 

一ヶ月過ぎたところで体調不良勃発

みぞおち部分に痛みあり

親のためといっても体が悲鳴をあげてはそれまでだ

 

今は人生百年

まだまだ旅の途中

慈愛深き妻が馳せ参じましょう

2013年6月6日木曜日

梅雨の晴れ間


 先日、用事があって、岡山県と広島県との県境に位置する岡山県笠岡市へ行ってきました。車で国道二号線を走り、一時間半ほどかかりました。梅雨の晴れ間のとてもよいお天気で、風もあり気持ちのよいドライブを楽しめることができました。

 道の駅、ポピ-畑の案内表示に誘導され、国道から少しそれて、花を見にいこうということになりました。そこには一面のポピ-畑が広がっています。赤、白、ピンク、かわいらしい色とりどりのポピ-が満開です。今までポピ-の花が咲いているのは見ていますが、ポピ-畑は初めてです。群生のポピ-をバックに記念写真を撮り、ブログ用にも数枚撮りました。
 
 

 ポピ-畑から少し離れたところには、一面黄色の菜の花畑があり、こちらも見事なものでした。一面に広がる黄色の菜の花と、近くの山々との組み合わせは、都会では見ることのできない風景として、私の心にしみこんでいきました。私は田舎生まれの田舎育ち、田舎に来ると田舎の風景が、自分にぴったりだという気がしてとても癒されます。
 
 

 帰りは、瀬戸内海を見ながら、数多くの島々を見ながら、海岸線を走り帰途につきました。

2013年6月5日水曜日

一大事(4)


 荷物を発送した翌日の朝八時に荷物が到着しました。発送した時もそうでしたが、運送屋のスタッフは若者です。リ-ダ-を入れて総勢三人ですが、皆二十代のようです。体育系の人達でハキハキ、テキパキ、爽やかな笑顔を見せて好感度の高い人達でした。若者のきびきびと動く姿、かけ声かけてのチ-ムプレイは、見ている私達を気持ちよいものにしてくれました。こんな若者達に日本の将来を託したいと思わせてくれました。荷入れが終了して、三人の若者は礼儀正しく挨拶し、爽やかな笑顔を残し、トラックに乗り込み手を振って去って行きました。

 翌々日の九時から三時迄トラックを借り、自分達でゴミ出しゴミ運びをしなければなりません。粗大ゴミ、可燃ゴミ、不燃ゴミに分別し、袋に入れたりヒモでくくったりして、夜遅く迄準備をしました。娘も手伝ってくれました。まんたんも少しはできることがありました。翌々日の朝、夫はレンタカ-屋へ行き、予約しておいたトラックに乗り戻ってきました。それからはまた時間との闘いです。三時にはトラックを返す予定で、タンス、食器棚、本箱、大きい物からトラックに乗せます。市のゴミ処理場が山側、海側の二ヶ所に分かれているので、まずは山側の粗大ゴミ処理場へ運びます。一回で運べるかと心配しましたが、トラック満載でロ-プをかけ、夫、私、娘がトラックに乗り、粗大ゴミ処理場へ向かいました。まんたんは留守番です。二十分ほど走った山の中に、粗大ゴミ処理場はありました。

 むせかえるような鼻をつく薬のにおいの中、トラックの荷台からたくさんの粗大ゴミがコンベア-に乗って落ちていきます。マスクをかけた作業員が数人いてゴミをうまく荷台から押し出してくれました。まんたんと四十年近く共にあったたくさんの物達が別れていきました。トラック一台分の粗大ゴミは六千円ほどかかりました。

 急いで戻り、今度は資源ゴミと不燃ゴミをトラックに積み込み、車で十五分ほどのところにある海側の不燃ゴミ処理場へ向かいました。そこでも作業員が数人いてゴミ出しを手伝ってくれました。最後は資源ゴミです。たくさんの本とダンボール箱や紙類です。第二の勤めと思われるシルバ-人材のような男性二人が、愛想よく車の横付けを許可してゴミ出しも手伝ってくれました。こちらの方は四千円ほどかかりました。ちょうど午前の部で二つの大きなゴミ出しが終了しました。

 隣に住んでいる姉が、まんたんと一緒におにぎりと豚汁を作ってくれて、姉宅でお昼を頂きました。何も飲まず食べずに必死にゴミ出しをした私達三人は、久しぶりのおにぎりがおいしくて、豚汁とおにぎりのおいしさに感動し、作ってもらったおにぎりを全部平らげました。

 束の間の休憩のあと、今度は電気屋へ家電リサイクルに出すテレビ二台と冷蔵庫を運びます。トラックを借りたので一回で運べます。書類を書くので少し時間がかかりましたが、計一万二千六百円で引き取ってもらいました。


 急いで帰宅し夫と私でトラックを返しに行きました。ちょうど三時前に返すことができました。レンタカ-代は八千円でした。トラックに数回乗ったことがありますが、お腹にひびく乗り心地も時には面白く、娘は「軽トラックを買おうかな」とまで言い、私達は「農家の手伝いに行くの?」と大笑いしました。

 やっとのことで引っ越し、ゴミ出しが終わり、ホッとしましたが、これから荷ほどきをして、荷物の整理をして、落ち着くまでにはまだまだ時間がかかると思います。

 昔から引っ越し貧乏と言われていますが、今回の引っ越しも三十万ほどかかりました。

 恐れ入りました。

2013年6月4日火曜日

一大事(3)


 荷物を見送り、後片付けに大掃除とてんやわんやです。そこへまんたん(義母)の五十年来の仲良しの女性が訪ねて来られました。九十歳になられる方です。子供が中学生の頃に一緒にPTA役員をした仲間です。その方もずっと一人暮らしをされています。最近は足が弱くなり一人で遠出は出来なくなったと言われます。足が弱くなったとはいえ、大きな声で面白おかしくおしゃべりされるのは昔のままです。私達も結婚以来親しくおつきあいをさせて頂いています。八十八歳のまんたんと九十歳の友人とは、今度いつ再会できるかわかりません。ひょっとして今日が今生の別れになるかもしれません。皆が瞼を熱くしてしばらくおしゃべりに花が咲きました。お互いに「お元気で」の言葉を交わしさよならをしました。

 都市近郊の下町では、現在高齢者それも独居老人それも女性の一人暮らしが増え続けています。昭和三十年代一家に子供が三~四人もいて、たくさんの子供達が元気に遊び回る声が町中に聞こえていました。高度経済成長時に子供達は成人し就職し結婚し、地元を離れていきました。三世代が同居できるような住宅事情ではありません。住宅事情も原因ですが、日本がどんどん核家族化していった時代です。子供達が出て行った町は、親世代だけが残り、夫婦二人暮しを経て、多くの場合夫を見送り、女性の一人暮らしとなりました。そしてその女性達が高齢となり、まんたんのように子供のところへ身を寄せるか、あるいは施設、またはホ-ムへ入所することになります。まんたんの友人も「息子はマンション暮らしで私が行く場所もなく、ここで最後までいられるか、いられなくなったらホ-ムへ入るしかない、それは覚悟している。できることならここでポックリ逝きたい」と言っておられます。近所周辺では、一人暮らしをされてきた方が入所されて、戸閉めの家が増えています。

 日本が世界一の長寿国となり、少子高齢社会になって、日本のあちこちでこんな状況が見られています。夫が生まれ育った町は、子供達の声もなくシ-ンと静まりかえっています。家の中では独居老人が一人静かにテレビの前に座っておられることと思いますが、悲しい淋しい現実です。

2013年6月3日月曜日

家の歴史


 今日、裏の家では地鎮祭が執り行われました。私が中学一年生の頃に建てられた家なので築五十年が過ぎています。私より少し年上の息子さん二人と娘さん二人の家族六人で、家を新築し引っ越してこられました。初代主さんは教員、二人の息子さん達も教員の教育者一家です。息子さんや娘さんが結婚されて家を出て、長男の元へお嫁さんが来て、女の子が三人生まれ、三世代同居が始まりました。長い歳月の中で、おじいさんが亡くなり、次いでおばあさんが亡くなり、孫娘二人は結婚して家を出ていきました。末の孫娘さんは独身でしばらく三人暮らしの平穏な生活がありましたが、一年前に御主人が病気で亡くなられ、家族は二人になりました。そして最近築五十年が過ぎた家は解体されました。大家族の家は、増築を重ねずいぶん大きな家でした。元の母屋から三棟に増えていたのです。解体工事が終わり、更地になり新しい土が運び込まれ、今日の地鎮祭になったのです。

土地は次の世代に受け継がれ、家は新しく生まれ変わります。五十年という長いようで短い家の歴史です。人が生まれ、育ち、共に生きて、一人去り二人去り、家は皆を見守り続けてきました。更地になった裏隣の家の跡を見て、感慨深くなり、人の一生を考えてしまいました。(裏隣の家に新しい家族が増えることを願って)

2013年6月2日日曜日

「春の雨」


春の青空のあとの雨

耳を澄ませば雨の音

目をつぶれば仲間達の笑顔

 

大樹も花達も草達も

春の雨に喜んでいる

お日さまも友達

雨も友達

風も友達

みんな友達

 

しとしと静かに雨が降る

私の心もしっとりと

そっと仲間に呼びかける

みんな雨が降って嬉しいね

虫さんカエルくん どうですか

うれしいうれしい みんなの声がする

 

雨がだんだんやんできた

雲の間から お日さま顔を出し

チュンチュン すずめが鳴き出した

さあさあみんな仕事だよ

鳥達元気に飛び出して

しばしのくつろぎタイム また今度

2013年6月1日土曜日

「マ-ガレット」


庭の白いマ-ガレットが満開です

そよ吹く風に揺れています

気持ちよさそうです

私の心も軽やかになりました


庭の白いマ-ガレットはどこから来たのでしょう

ある日 一輪の花を咲かせました

その日から 来る年ごとにマ-ガレットの花は増え続けています


庭の白いマ-ガレットは あの人からの贈り物

この季節になると美しい花を咲かせます

私に大きな花束を届けてくれます


それはあの人からのメッセ-ジ

いつも見守っているよ

大地にしっかり根を張り

どんどん大きくなって

元気に花を咲かせておくれ


私の心は明るくなりました

私は元気になりました

私の心は強くなりました


庭の白いマ-ガレット

あの人に伝えてほしい

私は前を向いて歩いていくと

私は胸を張って生きていくと

どんな風にも負けないで立ち向かっていくと