2016年5月31日火曜日

お出かけ東京へ(2)

 地下鉄南北線から飯田橋で有楽町線に乗り換え江戸川橋で地上に出ると、フォークソングのヒット曲でおなじみの「神田川」です。大きな鯉がたくさん泳いでいました。江戸川公園が川沿いに続いています。大木の並木道を、森林浴のように歩きました。いよいよ目的地、椿山荘です。名前は有名です。テレビでは見たことがありますが、私は訪れるのは初めてです。江戸川公園から椿山荘の庭園側の入口である冠木門から入りました。






  元は山形有朋の邸宅で、二万坪もあり椿山荘と彼が命名したそうです。その後、藤田男爵に引き継がれ藤田観光のホテルとなっています。山形有朋は、明治の元勲で京都東山にある無鄰菴や、京都木屋町二条にも別荘を所有していました。椿山荘の庭には池、滝もあり、今の季節は蛍が飛び交っているとのことです。都会とは思えない木々が育ち紫陽花や菖蒲が見頃でした。戦災のあとに植えたものだそうです。





  ホテルの中へ入り、おそいめの昼食となりました。イタリアンのランチを食べました。平日のお昼なので、女性客でいっぱいです。女性達の元気な明るい話し声が広がっています。一度来たかった椿山荘で、やっと食事ができました。望みが叶い、デザートのあとコーヒーはおかわりも頂きました。庭には広島の寺院から移設した三重塔が珍しく、広々空間の廊下、ロビーから写真を撮りました。その後ショップに寄ってから、椿山荘の隣にある東京カテドラルへ回りました。






屋外にフランスの聖地ルルドの泉を模した一角がありました

 東京カテドラルは、カトリック東京カテドラル関口教会です。丹下健三氏の設計で1964年の建築です。1964年は東京オリンピックの年でした。聖堂の中は静まりかえっています。信者と思われる十人ほどの方が、外国人牧師の説明を聞いておられました。最後に牧師の讃美歌を歌われる声が響き、その声に合わせて、離れた所に座っておられる外国人の男性がハーモニーのように歌われました。信者さんでしょうか。しばらく二人の歌声にうっとり聞き惚れました。その後、次の目的地へと向かいました。

2016年5月30日月曜日

お出かけ東京へ(1)

 用事ができて久しぶりに東京へ行ってきました。用事のついでに観光もということで二泊三日で行ってきました。一日目は、用事を済ませた後、東京の街を散策しました。数年前から気に入って利用しているホテルが、大井町にあるので荷物を預けて出かけました。立地がよく手頃な価格なので、東京へ行った時はいつも利用しています。
 浜松町からスタートし、増上寺へ向かいました。大門をくぐると立派なとても大きな増上寺が見えています。その横には東京タワーが並び、面白い構図です。



増上寺は、浄土宗七大本山の一つで六百年の歴史があり、徳川将軍家の菩提寺です。法然さんゆかりの寺院で、私は初めてのお参りですが、京都の知恩院に両親の分骨をしていることから馴染みを感じます。お参りしてから、東京タワーへ回りました。





 東京タワーへは中学の修学旅行で来ましたが、その後は機会がなく半世紀以上の御無沙汰でした。足元から見上げる東京タワーは、スカイタワーに追い越されたとはいえ、ずい分高いものです。日本が高度経済成長へと突き進む起爆剤としての姿は、いつまでも姿を残してほしいと思います。中へは入らず記念撮影をして、東京タワーを後にしました。


  次に三井倶楽部へ行き、お茶でも食事でもしようかと思っていたのですが、会員だけしか入れないとのことで門が閉まっていました。NHK連続テレビ小説「あさが来た」を観て、広岡浅子女史に強い興味関心を持った私は、三井家発祥の地が三重県松阪市であることから、三井家関連のことに魅かれます。三井倶楽部の建物は、とても立派でお城のようでした。島津氏日向藩邸跡に、大正初めコンドルの設計で建ちました。三井迎賓館になっています。三井倶楽部を通り過ぎ、オーストラリア大使館の前を通り、麻布十番へ出ました。以前従妹夫妻と食事をした有名な洋食家で、昼食をと行きましたが、あいにくお休みでした。有名なたいやき屋さんもお休みでした。途中には坂道もあり、ずい分歩いてくたくたになりつつ、あと少しという気持ちで、麻布十番から次の目的地である江戸川橋まで地下鉄に乗りました。




旧簡易保険局(現かんぽ生命)

麻布十番への下り坂は日向坂

素敵な建物ですが警備が厳重です

麻布十番のマスコット 童謡「赤い靴」のきみちゃん







2016年5月24日火曜日

大型連休のお出かけ(壷阪寺)

 吉野で金峯山寺へお参りしてから、奈良県高市郡高取町にある壷阪寺へ寄りました。壷阪寺は、西国三十三ヶ所の第六番札所です。何十年も前のこと、元気だった父や母と一緒にお参りしたのですが、残念なことにその時は御朱印をもらっていなかったので、第六番が空白となっていたのです。いつか機会があれば行こうと思いながら、年月が過ぎてしまいました。

二上山の向こうには大阪の高層ビルが見えます

 今までにいくつものお寺へお参りしてきた私は、以前訪れた壷阪寺の記憶が定かではありませんでした。久しぶりの壷阪寺は、広大な敷地に古い立派な建物がいくつも並んでいます。以前は無かった天竺渡来大釈迦如来石像「壷阪大佛」や、「大観音石像」「大涅槃石像」があり、そびえ立つほどの高い大きな姿には驚きました。壷阪寺は703年の開基です。礼堂、三重塔などいくつもの重要文化財があります。南に桜の名所吉野山、北に万葉のふるさと大和三山奈良盆地を一望する壷阪の山に建っています。本堂である八角円堂からは、遠く大阪の高層ビルも見ることができました。






「春から初夏にかけて、やまぶき、つつじ、ラベンダーが咲き誇り、秋には境内一円のもみじや周辺の山々が色づき、山寺独特の鮮やかな紅葉の風景が広がります」と栞に書かれています。私たちは満開のつつじと、咲き始めたやまぶき、石楠花を見ることができました。今回壷阪寺の御朱印をもらって、30年かかった朱印帳が結願となりました。万歳です。このあと一路京都へ向かい走りました。



30年でやっと結願となった朱印帳

追記・・以前奈良に住んでいた時、子供が小さい時、アトピー湿疹で悩まされたのですが、

    壷阪に有名な医師がおられるとの情報を父が得て、父と母に付き添ってもらって、子供達をつれて何度か行きました。父と母の深い愛情を思い出しました。ただただ感謝です。

2016年5月20日金曜日

思いがけない珍客(3)

鴨川には色々な生き物がいます。魚や鳥は一年中見かけますが、先日は鹿と遭遇し、びっくりしてブログで報告しました。今回は五条あたりを散策していると何やら水際に茶色いものがいました。


 最近話題になっている小動物・・・・名前がすぐに出てきませんでしたが、しばらくして思い出しました。ヌートリアという外来生物、ネズミを大きくしたようなものです。


顔を見るとビーバーのようでかわいいのですが30cmくらいありよく肥えています。近づいても怖がる様子でなく悠々と草を食べていました。駆除対象生物となっているらしいのですが、複雑な気持ちです。


2016年5月19日木曜日

大型連休のお出かけ(吉野)

 大型連休の真ん中に奈良県吉野へ車で出かけました。吉野は三重県、和歌山県、奈良県、三つの県境に位置しています。吉野は昔から吉野山千本桜で有名です。桜の季節はたくさんの人で賑わいます。私達家族もずいぶん前ですが、16年ほど前に桜を見に行きました。見事に咲くたくさんの桜とたくさんの人に圧倒されました。今回は桜の時期は終わっていますが、久しぶりに吉野を通り、奈良県をドライブしたいと思ったのです。
 以前ブログに書きましたが、かつての和歌山街道、国道166号線を走り、高見峠(現在はトンネルになっています)を越えると、一時間半ほどで東吉野村に入ります。



 吉野方面へと道をとると、すぐに明治維新のきっかけとなった天誅組の遺跡がありました。幕末の1863 年、改革を望んだ尊王攘夷派の若者たちの終焉の地です。こんなに山深い地で天下国家を論じ、のろしを上げたとはとても信じられません。南北朝時代の思いが伝わっていたのでしょうか?






 修験道の聖地として名高い金峯山寺(きんぷせんじ)へお参りしました。開祖は役行者(えんのぎょうじゃ・634年生まれ)で、全国各地の山々で修行し霊山を開き、修験道の基礎を築いたとのことです。国宝仁王門が修理中でしたが、蔵王堂秘仏ご本尊の金剛蔵王大権現が特別ご開帳で見ることができました。めったと見ることはできないので、ちょうどご開帳の時でラッキーでした。写真撮影は禁止だったので残念でしたが、足元に座ってゆっくり拝むことができました。ご本尊は、釈迦如来、千手観音菩薩、弥勒菩薩で、過去・現在・未来の三世にわたって私たちを救済するために、出現されたとのことです。パンフレットには、悪魔を降伏させるべくいかめしい相の写真が載っています。金峯山寺の境内はとても広くて、ゆっくり散策しました。

参道にある珍しい銅の鳥居


国宝仁王門は修理中

蔵王堂の正面

蔵王堂

南朝妙法殿

本尊蔵王権現(3体、高さは7m)

 撮影は禁止だったのでホームページで見てください。http://www.kinpusen.or.jp/zao/


 おそいめの昼食には、吉野名物柿の葉すし、桜そうめん、吉野葛のセットを食べました。またいつか吉野を訪れる日が来ることを願い、吉野を後にしました。

おいしくいただきました

桜はすでに葉桜に

ポアロが10歳の時に泊まったという宿坊竹林院