2016年5月19日木曜日

大型連休のお出かけ(吉野)

 大型連休の真ん中に奈良県吉野へ車で出かけました。吉野は三重県、和歌山県、奈良県、三つの県境に位置しています。吉野は昔から吉野山千本桜で有名です。桜の季節はたくさんの人で賑わいます。私達家族もずいぶん前ですが、16年ほど前に桜を見に行きました。見事に咲くたくさんの桜とたくさんの人に圧倒されました。今回は桜の時期は終わっていますが、久しぶりに吉野を通り、奈良県をドライブしたいと思ったのです。
 以前ブログに書きましたが、かつての和歌山街道、国道166号線を走り、高見峠(現在はトンネルになっています)を越えると、一時間半ほどで東吉野村に入ります。



 吉野方面へと道をとると、すぐに明治維新のきっかけとなった天誅組の遺跡がありました。幕末の1863 年、改革を望んだ尊王攘夷派の若者たちの終焉の地です。こんなに山深い地で天下国家を論じ、のろしを上げたとはとても信じられません。南北朝時代の思いが伝わっていたのでしょうか?






 修験道の聖地として名高い金峯山寺(きんぷせんじ)へお参りしました。開祖は役行者(えんのぎょうじゃ・634年生まれ)で、全国各地の山々で修行し霊山を開き、修験道の基礎を築いたとのことです。国宝仁王門が修理中でしたが、蔵王堂秘仏ご本尊の金剛蔵王大権現が特別ご開帳で見ることができました。めったと見ることはできないので、ちょうどご開帳の時でラッキーでした。写真撮影は禁止だったので残念でしたが、足元に座ってゆっくり拝むことができました。ご本尊は、釈迦如来、千手観音菩薩、弥勒菩薩で、過去・現在・未来の三世にわたって私たちを救済するために、出現されたとのことです。パンフレットには、悪魔を降伏させるべくいかめしい相の写真が載っています。金峯山寺の境内はとても広くて、ゆっくり散策しました。

参道にある珍しい銅の鳥居


国宝仁王門は修理中

蔵王堂の正面

蔵王堂

南朝妙法殿

本尊蔵王権現(3体、高さは7m)

 撮影は禁止だったのでホームページで見てください。http://www.kinpusen.or.jp/zao/


 おそいめの昼食には、吉野名物柿の葉すし、桜そうめん、吉野葛のセットを食べました。またいつか吉野を訪れる日が来ることを願い、吉野を後にしました。

おいしくいただきました

桜はすでに葉桜に

ポアロが10歳の時に泊まったという宿坊竹林院



2016年5月18日水曜日

「私のポケット」


私はいくつものポケットを持っている
時と場合によって手をつっこむポケットは違う

嬉しい時
楽しい時
ポケットからは
歌のともだちがたくさん登場する

みんなで手をつないで
みんなで輪になって
歌いながら踊ります

悲しい時も
つらい時も
ポケットからは
歌のともだちがたくさん登場する

「人生楽ありゃ苦もあるさ
 涙の後には虹も出る
 歩いてゆくんだしっかりと
 自分の道をふみしめて」

「見上げてごらん 夜の星を
 小さな星の 小さな光りが
 ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を
 ぼくらのように 名もない星が
 ささやかな幸せを 祈ってる」

「母がまだ若い頃 僕の手をひいて
 この坂を登る度 いつもため息をついた
 ため息つけば それで済む
 後だけは 見ちゃだめと
 笑ってた白い手は とてもやわらかだった

 運がいいとか悪いとか
 人は時々口にするけど
 そうゆうことって確かにあると
 あなたをみててそう思う
 
 忍ぶ不忍 無縁坂
 かみしめる様な
 ささやかな 僕の母の人生」

 ポケットから飛び出た歌のともだちは
 私の肩に優しく手をおいて
 一緒に歌をうたいます


2016年5月17日火曜日

徒然に想ううた(短歌三首)


あの人も この人もみな 猛省し

     世の中洗う 龍馬の言葉



自省して 感謝の心 いつも持ち

     惻隠の情 丸い世となる



けんかして 雨降ってのち 地固まって


      絆は強く 仲良き世界

2016年5月13日金曜日

知らない郷土(天啓公園)

 慣れ親しんだ郷土と勝手に思い込んでいた私は、知らなかった郷土のいろんなことを知り驚いています。知っていることは、ほんの一部でしかありません。
 ある人から天啓公園のことを聞いた時、「テンケイ」とはどんな字を書くのかと、耳慣れない読み方を不思議に思いました。天啓公園は三重県多気郡多気町にあります。周囲約1kmの天啓池があり、1998年(平成10年)には池周辺も整備され、17ヘクタールの芝生広場ができました。春には桜、初夏には新緑、秋には紅葉などを楽しみながらのウォーキングは人気をよんでいると聞きました。遠足で訪れる小学生、中学生も多いそうです。



天啓公園を見下ろす小高い山に、天照山法泉寺があります。1659年に槙啓上人が庵を結んだのを起源とし、1715年に梅嶺和尚が開山し、南勢地区の黄檗宗の拠点として300年余り栄えたそうです。廃寺となった現在は、多気町が管理しているとのことです。天啓公園、法泉寺のことを知って、行きたくなって大型連休に出かけました。天啓池には大きな鯉がたくさんいました。人の話し声を聞いてすぐに集まってきたのですが、数えられないほどのたくさんの鯉でした。





天照山法泉寺の立派な山門は、風雪に耐え、今も歴史を伝えています。石段を上りました。広い天啓公園がよく見えます。この日もたくさんの小学生が遠足で来ており、賑やかに元気に走り回っていました。本堂も建物はありますが、廃寺となってからはお参りできないようです。300年余り栄えたという風格を残していました。素晴らしい地に、立派なお寺ができたものの、廃寺になってしまった運命には、時代の流れと哀れを感じました。











2016年5月12日木曜日

広岡浅子生家三井家発祥の地

 先日三重県松阪市にある広岡浅子の生家である三井家発祥の地へ行ってきました。松阪駅から歩いて10分ほどの所にあります。メインストリートである商店街に位置しています。昔の伊勢街道です。近くには蒲生氏郷が築いた松坂城があります。松坂商人として大成功を遂げた長谷川家、小津安二郎ゆかりの小津家も近くにあり、散策していると賑やかだったであろう往時の様子が伝わってくるようです。多くの松坂商人が才覚を表して、江戸へ店を出し、商いの成功者として、日本の財界へ登っていきました。それらのもとが松阪にあったのです。

三井家発祥の地

小津家の建物(三井家のすぐ近く、公開されています)

蒲生氏郷築城の松阪城



 今年(2016年)1月に、観光拠点として三井家屋敷跡に、「豪商ポケットパーク」がオープンしました。東屋の休憩所です。三井高利が興した三井越後屋の流れを汲む三越伊勢丹からはライオン像が寄贈されました。全長約2メートルのライオン像の説明書きには、ライオン「来遠」と書かれていました。三越のシンボル、ライオン像は、イギリス、ロンドンのトラファルガー広場のライオン像をモデルにしているとのことです。記念式典には、NHK「あさが来た」でヒロインを演じた波瑠さんが、ゲストで来場されトークショーがあったそうです。「あさが来た」が全国放送され、三井家発祥の地が、三重県松阪市の観光効果に力を発揮しています。

豪商ポケットパーク(暖簾の布地は松阪木綿)



建物内の説明

松阪城、本居宣長、伊勢街道などが案内されています

ポケットパークは松阪城と伊勢参宮道の交差点です



2016年5月10日火曜日

お国はどちら?

 今、「あなたのお国はどちらですか?」と聞くと、国籍のある国名が返事として返ってきます。現代はグローバル社会です。地球的規模で国が捉えられています。
 日本では少し前まで「お国はどちらですか?」と聞かれると、出身地の名を答えていました。今でも高齢の方はこの言葉を使っておられます。私もボランティアで出会った高齢の人から何度も尋ねられました。私は「伊勢の国です」と答えました。時代劇にはいろんな国の名前が登場するのでとても面白いと思います。誰でも知っているような名前は、いくつかはすぐ頭に浮かびますが、全部を覚えるのは大変です。尾張の国、三河の国、駿河の国、甲斐の国、武蔵の国、常陸の国、近江の国、美濃の国、飛騨の国、信濃の国、陸奥の国、出羽の国、若狭の国、越前の国、加賀の国、越後の国、丹波の国、因幡の国、出雲の国、播磨の国、備前の国、安芸の国、紀伊の国、淡路の国、讃岐の国、伊予の国、土佐の国、筑前の国、筑後の国、豊後の国、肥後の国、薩摩の国、摂津の国、河内の国など、もっともっとありますが、私が今までに住んだ地域や旅で訪れた場所などを書き上げてみました。結構行っているのだと今さらながら思っています。日本のあちこちを訪れて見聞を広めるのはとてもよいことだと思います。海外へも行きたいと思いますが、日本をもっともっと知る必要があるように感じています。
 今、伊勢の国は燃えています。5月26日と27日に伊勢・志摩サミットが開かれます。世界に伊勢の国がクローズアップされ注目を集めます。これからもお国自慢はちょこちょこと報告させてもらいます。

 「あなたのお国はどちら?」の問いに、ぜひ昔の国の名で答えてみてください。

2016年5月9日月曜日

ブルーマンデー

 大型連休も終わりいよいよ今日から平生の暮らしが始動します。いつものことながら楽しみのあとは落ち込みます。あと何日でゴールデンウィークに突入するという、指折り数えて待つ楽しみが消え去ったあとは、まさにブルーマンデーです。大人でさえこんな心境になるというのに、子供達の心の内はいかばかりかと心配してしまいます。しかし子供達の方がギアチェンジが得意かもしれません。
 若い頃から遊ぶのが大好きで、楽しむことが最高の喜びという私は、子供が小さい時から、子供をつれてあちこちへ出かけては、楽しい日々を送りました。以前は土曜日も学校があったのですが、子供達が学校から帰るのを待って「さあ今から一泊で旅行に行きますよー!」と出発しました。時には「さあ今からおじいちゃん、おばあちゃんとこへ行きますよー!」と、子供達を親のしたいことに付き合わせて連れ回しました。子供達が成長し、中学、高校に行くようになると、土日も部活動があるので、家族四人での突発的なお出かけはできなくなりました。夫婦二人での近距離のお出かけに変わっていき、子供達の代わりに二匹の愛犬がおともをしてくれました。思い出せば、お休みの日に家で静かに過ごすというのはほとんどなく、あっちへ、こっちへと飛び回っていたように思います。若いということの証だったのでしょうか。

 今、現在も、お出かけが大好きな私は、先頭に立って、「どこへ行く?あそこはどう?それともこっちがいいかな」と、言い出しっぺをしています。計画好きなポアロ(夫)と、事前準備学習の得意な我が家のツアーコンダクター(娘)に全部任せて、「ハイ出発―!」と、ゴーサインを出している私です。大型連休での楽しかった思い出は、後日報告します。

2016年5月6日金曜日

カワラヒワとタンポポ

ゴールデンウィーク直前からふるさとではタンポポが満開となっています。川沿いの草むらでは一斉に黄色い花を咲かせます。数日開いた後すぐにあのワタボウシとなって飛んでいきます。家の芝生も周辺部は雑草が増えてきました。今はタンポポとヒメジョオンが咲き誇っています。カラスノエンドウはカラスが食べるのでしょうか?てんぷらにするとおいしいそうですがまだ試していません。






先日から数回その庭に見たことのない鳥が飛んできます。2羽から4羽くらい集団できます。スズメと同じくらいの大きさで全体は濃い茶色ですが、羽の一部に黄色い色が入っています。上の写真にある草むらに頭を突っ込んで何やら食べています。ネットでいろいろ調べてみるとタンポポの種を食べる鳥というのが見つかりました。姿もぴったり同じようでカワラヒワという鳥です。スズメ目アトリ科とあります。我が家の小さな庭に遊びに来てくれる小鳥たちにも愛着がわきます。


タンポポの実か種を食べています





下の写真はネット情報ですが羽を開くとこのようにタンポポの色がのりうつったように黄色の部分がきれいに扇型に見えるそうです。




2016年5月2日月曜日

躑躅(ツツジ)満開

ゴールデンウィークには例年ツツジが満開になります。都会でも道沿いやちょっとした公園には必ずツツジが植えられています。冬でも緑の葉がありとても強い品種だと思います。花も赤、白、ピンクと色とりどりです。最近はサーモンピンクや黄色など品種もあるそうです。


たぶんもとはヤマツツジだと思います。桜の少し後に山道を走ると林の中に赤紫色の花が見え隠れしています。万葉集にも出てくるのを思い出します。先日報告した仁和寺の桜の後ろでも少し見ることができました。

仁和寺の金堂横のヤマツツジ 4mくらいの高さです
私の生まれ育った家でも玄関の両脇はツツジでした。日本では桜や菊と並んでポピュラーな花だと思います。子供が小さいころ、ツツジの花に蜜があるといって花の根っこをチュウチュウと吸っていました。




パソコンを打つと表題のむつかしい字「躑躅」が出てきます。両方とも足偏で、テキチョクとも読むらしいですが、意味は「行っては止まる」という意味で、見る人の足を止めるほどの美しさということのようです。