2012年4月19日木曜日

私の海 太平洋


私の馴染みの海は、太平洋です。

 若かりし頃、鉄道、船、バスを乗り継いで、家から二時間もかけて、遠くの小学校へ、音楽教室の講師として、毎週通っていました。バスは、海岸線に沿って走り、私は、飽きもせず、毎週太平洋を眺めながら通勤していました。

 太平洋に面する小さな漁村の、小さな小学校の三階にある音楽室を借りて、音楽教室を三クラス開講していました。三階にある音楽教室からは、太平洋が見えます。どこまでも続く美しい海。白い波が寄せては返す、美しくのどかな光景。いつもうっとり眺めていました。

 通い始めて一年が過ぎた頃、私は、太平洋に、四季の表情があることを知りました。

春のきらきら輝く澄みきった青い海、

夏のギラギラ輝く太陽に負けるものかと、同化する元気いっぱいの海、

秋の風情を受けとめるかの穏やかな海、

冬の厳しい寒さの中、小雪が舞い散る紺碧の海、

私は、どの表情も大好きになりました。

 帰りのバスを待つひととき、私は、砂浜を歩きました。

 夏の終わりの、静かな砂浜を「誰もいない海」を、口ずさみながら歩きました。

 春、秋は、レッスンの始まる前に、砂浜でお弁当を食べました。

太平洋の波の音を聞きながら、アメリカ大陸へと広がる海に、自分の未来を重ね、この先には、幸せだけが私を待っていてくれるような、幸福感に浸っていました。

 私の太平洋は、父であり母であり恋人でした。

 今でも、太平洋を無性に見たくなる時があります。

 一年に一度か二度しか行けませんが、太平洋の前に立つと、癒やされ、ホッとする自分がいます。 



    今はもう秋 誰もいない海

    知らん顔して 人がゆきすぎても

    わたしは忘れない

    海に約束したから

・・・・・ ・・・・・

・・・・・・・     

2012年4月18日水曜日

私の好きなことば「信念を持って生きる」


信念を持って生きることは、ブレないものの見方、考え方に通じます。

 人が生きていく途中で、経験したこと、学んだことから拾い上げ、自分の胸の中で、熟成させたことがらが、信念となって、生きる上での指針になります。

 社会の中で、次世代を担う子供たちを導く教育者が、どうして?なぜ?こんなバカげたことをしたのか、できたのかという事件、事故が起こりますが、その人たちは、確たる信念を持って、生きていなかったのではないかと思います。ひょっとして、自分に都合のよい独りよがりの信念を、持っていたのかもしれません。教育者だけにとどまりません。政治家、経済界、スポーツ、芸能界、どの世界にも、そんな人はいると思います。

 信念を持って生きる人を、時には、頑固な人だと言う人が、いるかもしれません。しかし、人にどう思われるかを気にして流されるよりも、しっかりした信念を持って、生きる方がよいのではないでしょうか。

 年齢を重ねて、人間は成長するのだと思いますが、年齢が増えるのみで、中身が伴っていない大人にはなりたくないものです。

 子供から大人へ、青年から成年へ、そして壮年へ、熟年へと、精神が成長して行ってほしいと願います。

2012年4月17日火曜日

「わたしの家族」


 私の家族は、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟、妹です。

 いつもにぎやかで、毎日けんかも起こります。

 けんかの相手は変わっても、けんかのない日はありません。

 おじいちゃんとおばあちゃんには、時々しか会えません。

 遠くに住んでいるので、お墓参りも年に三回しか行けません。

 お友達は、おじいちゃん、おばあちゃんが、二人ずついます。

 私のお母さんの方のおじいちゃん、おばあちゃんは、ずっと昔になくなっています。

 私はお父さんの方のおじいちゃん、おばあちゃんだけです。

 私は時々考えます。

 私はお父さんとお母さんから生まれた。

 お父さんはおじいちゃんとおばあちゃんから生まれた。

 お母さんもおじいちゃんとおばあちゃんから生まれた。

 私はひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんに、会ったことはありません。

 名前もハッキリ知りません。

 ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんは、四人ずついます。

 またその上のひいひいおじいちゃん、ひいひいおばあちゃんは、八人ずついます。

 私は図を書きました。

 何人の人を通して私のところへたどりつくのか。

 わからなくなりました。

 でも本当に存在しているのです。

 たくさんの人の命から私の命へと続いているのです。


2012年4月16日月曜日

キューピッド

嬉しいニュースがとびこんできました。

 親しくおつき合いをしている女性が、このたび結婚することになりました。恋愛でもなく、お見合いでもなく、コンピューターが、キューピッドになりました。私の年代では、本当に驚くことばかりです。コンピューターに自分の希望を打ち込めば、その条件にぴったりの相手がたくさん出現します。こちらとあちらの条件が合致したところで、次のステップへ進みます。電話でのおしゃべりです。その印象もよくて、会ってみようという気になれば、一回目のデートが行われます。いつでも、どの段階でも、ストップしたいと思ったら断れます。そして、会ってみて、お互いにゴーサインが出れば、デートが重ねられます。始めから、両方が、結婚したいという気持ちでスタートしているので、進行は早いものです。トントンと話が進み、両家の親と会うことになります。いよいよ大詰めです。婚約ということになり、婚約指輪が贈られます。そして結婚式の段取りです。日時、場所が、決まれば、招待客の名簿作りです。同時進行で新居探しが行われます。

 時代は変わったものだと感心します。多くの男性、女性が、お見合いで結婚相手を探す時代は、終わったようです。おせっかいをする町のおばさん、おじさんが、いなくなったようです。お見合い全盛期には、男女の仲を取り持つ世話好きなおばさん、時にはおじさんは、年頃の男女の写真を、風呂敷にいっぱい包んで、持ち歩いていました。結婚適齢期の息子さん娘さんのいる家には、足繁く通い、何とかお見合いにこぎつけるよう、お膳立てしていました。

 私の兄も、二人の姉も、そんなお世話で結婚しています。 
 人と人との縁は、不思議なものです。どんなきっかけであろうと、縁があれば、トントン、話は進んで行きます。とんとん拍子です。
 昔の仲人さんは、コンピューター結婚には、存在しません。
 人間が作ったコンピューターが、人間の生きる道を誘導しています。
 幸せが、生涯にわたり続くことを、祈っています。

2012年4月15日日曜日

わがふるさとの城下町


私の生まれ育った町は、小さな城下町です。天守閣、本丸はありませんが、美しい石垣が残っています。お城は、町の中心地にあり、私の中学校は、お城のふもとにあります。城内には、市の図書館があり、小学校の頃からよく利用していました。古い木造の建物で、長い歴史を感じさせる風格のある図書館でした。現在は、別の場所に近代的な図書館ができて、この古い建物は、なくなってしまいました。町並みも、城下町そのもので、財閥となった旧家の建物もそのまま残っています。

お城へは、よく登りました。はるか遠くに高さ約八百メートルの山を望み、一級河川も近くを流れ、私の家のシンボルである大くすが見えて、田園地帯が広がっていました。

私の部屋から、美しい石垣が見えていました。中学、高校と勉強の合間には、その石垣を眺め、歴史に思いを馳せながら、また、当時流行していた「青春の城下町」を、口ずさみながら、恋に胸をときめかせていました。歌詞の通りの情景を思い描きながら、恋に恋する乙女でした。ふるさとの城下町と、大好きだった歌と、恋とが一緒になって、よみがえってきます。甘酸っぱい想いが、何年たっても胸に広がります。





流れる雲よ 城山に

のぼれば見える 君の家

灯(あか)りが窓に ともるまで

見つめていたっけ 逢いたくて

・・・・・・・ ・・・・・

・・・・・・・ ・・・・・

2012年4月14日土曜日

「今日の私はこんな女の子」


やさしい雨が 静かに静かに降ってます

何だか 今日の私は 静かな女の子

私の心も やさしい雨になりました



やさしい風が そよそよ そよそよ吹いてます

何だか 今日の私は かわいい女の子

私の心も やさしい風になりました



かみなりピカピカ ゴロゴロ鳴ってます

何だか 今日の私は おしゃべりな女の子

私の心も にぎやか雷になりました



お日さまギンギン ギラギラ照ってます

何だか 今日の私は 元気な女の子

私の心も 明るいお日さまになりました



北風ビュービュー 吹いてます

何だか 今日の私は たくましい女の子

私の心も 強い北風になりました

2012年4月13日金曜日

京都 悲惨な事故


412日木曜日午後1時過ぎ京都で悲惨な事故が起きました。

交差点の信号が青で、横断している歩行者の列に、交差する道路から赤信号を無視して猛スピードで車が突っ込んできたのです。歩行者7人が亡くなられ、けが人もたくさん出ました。

 京都四条通りは、観光客が必ず訪れる有名な繁華街です。事故が起きた場所は、南座の近くで、八坂神社、知恩院、高台寺、清水寺、八坂の塔へと、観光ルートが続いているところです。私は、京都が大好きで、今迄に何度も訪ねています。特に春秋はたくさんの観光客が集まります。今、まさに桜の見ごろで、どれほど多くの人が、京都それも四条界隈へ集まっていたかと思うとゾッとします。

 車を運転していた人は、30歳の男性で、てんかんの患者で病院へ通院していたと、病院側の記者会見で知りました。病院側は「車を運転しないようにと、本人、家族に伝えていた」と会見で言っていますが、後のまつりです。てんかん患者さん達の協会は「偏見を持ってもらったら困る」と言っていますが、それは今回のような事故が起きないために、万全の防衛策を講じた後の問題だと思います。たしか以前にもてんかんの発作による事故があったと記憶していますが、病気を持っている人には、同情しますが、今回のような事故は、個人の問題レベルをはるかに超えて、大きな社会問題です。実情を把握している病院、家族は、いつ発作が起きるかわからないのであれば、本人が車の運転をやめない場合は、警察と連絡を取り、運転免許証の返上を強制的にできるなどの、法的措置をとらないと防衛策にならないのではないでしょうか。

 観光で京都を訪れ、桜見物をして昼食も済ませ、これから有名な観光スポットへ行こうと、楽しんでおられた方々、犠牲になられた方々の思いは「なぜこんなところで、こんなことに」だと思います。「ひどい災難に遭った」というだけではすまされません。

 後のまつりにならないために、病院、家族、警察、国、行政に、防衛策を早急に講じてほしいと願います。

2012年4月12日木曜日

医療ミス


「医療ミス」とても恐ろしい言葉です。でもどこかで静かに起こっています。

手術を受ける前には、必ず承諾書を書いて押印して、病院へ提出します。

医師は説明します。「ほとんど何も心配いりません。95パーセントの確率で成功します」残りの5パーセントには、何が起こるか誰にもわからないことであり、想定できないことが起こった場合の為の数値です。患者は、まないたの上の鯉です。どうしようもありません。運を神・仏に任せるのみです。

 知人の女性は、この5パーセントに当たってしまいました。運が悪いとしか言いようがありません。胃がんの疑いありとのことで、内視鏡手術を受けたのですが、患部を少し取り除くのが、少し余分にえぐられてしまったのです。胃壁に穴が開いてしまい、すぐ腹膜炎を起こし、患者本人は、息もたえだえになりました。

 手術前の医師の説明は、前述の通りです。
ほとんどの人が、まさか自分が5パーセントの中に入るとは思いません。でも誰かは、この5パーセントの中に入っているのです。

 医学は進歩し、医療技術も日本は先進国です。しかし医師も人間です。完璧ではありません。失敗しながら上達していきます。人は皆、その5パーセントの中へ自分が入らないように、祈るだけです。

  知人の一日も早い快復を心から願っています。

2012年4月11日水曜日

私の好きなことば「思うがままに生きる」


    思うがままとは、自分勝手にということではありません。
 自分の言動に責任を持って、後悔しないように、信念を持って、覚悟を持って、一回きりの人生を歩くということです。
 自分の信じる道を、胸を張って堂々と生き抜くということです。
人を不幸にして、自分の幸せは得られません。
人を傷つけて、自分の幸せは得られません。
天を仰いで唾を吐けば、自分の顔に落ちてきます。すなわち因果応報です。自分の犯した罪の報いは、結局自分の身に返ってきます。
たくさんの誘惑が、溢れている世の中です。よく考え、見極める目を持って、歩いていかねばなりません。
人間は、欲望の塊です。それを知った上で、わきまえて、欲望に振り回されないように、克己心を持たねばなりません。
人間の心の中には、二つの心があります。頑張る心と怠ける心です。全力疾走ばかりでは、体がもちません。ゴムが伸びたり縮んだりするように、二つの心を、うまくコントロールすることが大切です。
最期のその時に、自分の人生を、清々しく、振り返ることができるようにしたいものです。
現在、百五歳の昇地三郎氏は、言っておられます。
「人生とは、自分との戦いである」と。

2012年4月10日火曜日

ひっかかりました、騙されました


オレオレ詐欺や振り込め詐欺の被害が、まだまだ増加している今日この頃ですが、ニュースでその実情を知るたびに、何故?どうして?と、騙される人の多いことに驚いていました。ところが、何と自分の身近にいる人が、その被害者となってしまったのです。被害者の多くは、独居老人です。

 知人の一人暮らしの高齢男性が、被害を受けました。親切を装い、独居老人に近づき、言葉巧みに投資話をもちかけ、信用させました。その男性は、元警察官です。と言ってもその職を離れて早三十年、長男、妻に先立たれ、一人暮らしをしていました。とても静かな、知性溢れる人です。とても善良な人です。どういう経過をたどって、こんなことになったのかは、詳しくは知りませんが、結果として多額な損害を被りました。手口は巧妙で、裁判を起こしても、取られたお金は、手元へ戻ることはないようです。法すれすれのやり方で、取られてしまいました。何と言っても、本人を銀行のATMへ、連れて行っての犯行です。

一人暮らしの高齢者の心の内を見透かし、うまくあやつる知能犯です。

独居老人が狙われていますが、孤独な暮らしの中へ忍び寄る悪魔としかいいようがありません。

老いて迎える孤独、淋しさ、ここに、被害にあわない為のキーワードが、あるのではないかと考えてしまいます。