三重の家の前には、二級河川が流れています。その川を挟んで向かい側に、一本のクスノキがあります。樹齢はわかりませんが、私が五歳の時には、既にありました。六十五年前のことです。
そのクスノキの袂に駄菓子屋さんがあり、お婆さんが一人で店を切り盛りされていたのを、おぼろげですが覚えています。明治生まれの祖父と、同じくらいの歳のお婆さんでした。甘党だった祖父に連れられ、毎日のようにお菓子を買いに行きました。五十代の終わり頃に体を壊し、入院したりしていた祖父は、当時既に御隠居さんでした。幼い私の手をひいて、お菓子を買いに行くのが祖父のささやかな楽しみだったのかもしれません。祖父は六十歳で亡くなりました。今の六十歳の人は、まだまだ働き盛り?の年代です。当時と今とでは、見た目と実年齢の差は二十歳ほどあるように感じます。祖父は、私から見ればまぎれもなく立派なお爺さんでした。
祖父が亡くなり、しばらくしてお店のお婆さんも亡くなり、駄菓子屋さんは姿を消しました。小さな橋だったのが、車社会の到来で立派な橋に生まれ変わりました。高速道路が開通し、インターから市街地への幹線道路となりました。道幅も広くなり、今は車がたくさん通ります。時が流れ、クスノキも大きく成長しました。今では20メートルほどの高さになっています。いくつもの台風の襲来にも負けず、堂々とした姿を見せてくれています。最近続いて上陸した台風では、あちこちで大木がなぎ倒されました。老木となったクスノキを、いつも心配しながら見ていますが、いつなんどきどんなことが起こるかしれません。たくさんの人を、そして移り行く時代を見つめ続けてきたこのクスノキは、私にとって特別なクスノキです。クスノキは、優しかった祖父を思い出させてくれます。
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