懐かしい思い出の品が出てきました。茶道具です。母が長年愛用してきた茶道具を、私が譲り受けたものです。私も結婚するまで茶道を習っていたので、小さな茶道具は持っています。母が愛用していた茶道具の、ミニチュア版です。茶碗、茶筅、茶杓、なつめ、建水、ふくさなど、当時のまま入っています。忙しくばたばた過ごしてきた過ぎゆく日々の中で、一服のお手前を思い出しました。優雅なひとときでした。
2025年3月21日金曜日
2025年3月20日木曜日
過ぎゆく日々(3)
先日は面白い発見がありました。転勤族の私は、故郷三重を離れ、奈良、奈良で二か所、東京、名古屋近郊、故郷三重、京都、大阪、岡山倉敷などを移動しました。あちこちで生活するのは面白いことです。その土地々の個性があります。言葉にも違いがあります。方言は独特です。どういうわけか、新しいレジ袋がたくさん詰められた箱が出てきました。中には、その土地々で馴染みとなったスーパーのレジ袋です。スーパーの名前が思い出されます。そして当時の映像が走馬灯のように流れます。幼い子どもたちの姿、若いパパとママの私たち。すべてが私たち家族の歴史です。瞼が熱くなります。その土地々で出会った人たち。すべてに感謝です。
2025年3月19日水曜日
過ぎゆく日々(2)
何年か前から、終活がブームとなりました。自治体でも、エンディングノートを希望する市民に配布しています。書き記すことは、たくさんあります。無駄な延命治療の拒否、お墓のこと、自分の残した物々の処置、考えれば考えるほど、無限のように思われます。後期高齢者の私の人生、長い長い道のりです。たまりにたまった物たち、たくさんの服、もちろん役にたたない服はさよならしてきました。たくさんの和服、これらは、母の愛情だと思ってずっと持ち続けてきました。思い出の数々、二人の子どもの成長の記録は、たくさんのアルバムとなりました。終活するということは、すべてが思い出となり、私の歴史です。そして原点に戻っていくのです。
2025年3月18日火曜日
過ぎゆく日々(1)
過ぎゆく日々に圧倒されています。書くことが大好きで、趣味の一つとしてブログを書き続けてきた私ですが、最近筆が止まっています。書きたいことはたくさんあるのですが、なかなか筆が進みません。欲ばらないで、短いブログでも書こうと思います。ずいぶん御無沙汰してしまって、読者のみなさんは、がっかりされていると思います。ブログを休んでいる中で、私の一番の関心ごとは、終活でした。後期高齢者となった私の最後の大きな仕事は、終活です。自分の人生の幕引きはどのようにするべきか、大きな問題です。このテーマについて、いろいろ書いていこうと思います。
2024年11月15日金曜日
最後の運転免許証
今日運転免許証の更新に行ってきました。75歳以上の高齢者は、更新時に認知機能検査、運転技能検査、高齢者講習の受検・受講が課せられています。更新をするかどうか、ずい分悩みました。誕生日の一ヶ月前から、一ヶ月後までが、更新期間です。始めの頃は、更新しないという気持ちでしたが、日が進むにつれて、もうこれで車の運転ができなくなると思うと、とても寂しい気持ちに襲われました。認知機能検査も気になります。合格できないというのも、恐怖です。しかし、今までチャレンジ精神で頑張ってきた私は、「逃避したくない、逃避してはいけない」という結論を出しました。更新期間の締め切り二週間前です。やっと申し込みをしました。そのあと、認知機能検査について、少しは勉強しなければと思いながらも、何もせずに日が過ぎていきました。あわてて本も買いました。三日前です。満点を取ろうと思うと、しっかり覚えなければなりません。4パターンのそれぞれ16枚、計64枚を覚えないと安心できません。記憶することの苦手な私は、すぐにあきらめました。4パターンのそれぞれ4枚、最低16枚にしぼりました。最低でも、確実に点を取ろうと思ったのです。認知機能検査は、絵を見せられ、覚えて、他の問題に取り組み、少し時間をおいて、答えを書くのです。暗記することが得意な人は、何の心配もありません。しかし、答えを書くのは、結構難しいのです。
今日一日で、すべてのことを終えて、新しい免許証をもらうのです。緊張して認知機能検査にのぞみました。自分の暗記力の低さを再確認しながら、まあこんな程度でも仕方ないと、検査を終えました。結果は、合格ということで、次の運転技能検査・高齢者講習を受検受講しました。最後に写真撮影があり、新しい免許証をもらいました。長い一日が終わりました。私にとっての最後の免許証です。三年間は、免許証を所持することができます。安全運転を心がけねばなりません。
2024年7月2日火曜日
まだまだ知らない地元のこと
故郷を離れて早半世紀、現在は故郷と都会の二都暮らしをしています。ふるさとのことは何でも知っていると、思い込んでいましたが、まだまだ知らないことはたくさんあることに気づかされています。
私のふるさとは、三重県中部の海に面した地域です。先日地元の情報に詳しい友人から良いお話を聞きました。三重漁連海苔流通センターが、ランチだけの食堂をしているという情報です。初めてのことなので、お弁当を買いに出かけました。幹線道路から少し奥まったビルにあります。幹線道路は何度も走っていますが、そのお店のことはまったく知りませんでした。早速お弁当を買って、いろいろ並んでいる商品もいくつか買いました。漁連の海苔流通センターのお店だけあって、いろんな海産物が並んでいます。健康食品に飛びつきました。
海苔ふりかけ、豆腐と混ぜるだけで白和えができあがるひじき、あさりの佃煮、その他いろいろです。できたてのお弁当はおいしくて、海の幸のお土産は美味でした。これからもひいきにして、月に一度ぐらいは、食堂へ出かけようと思います。
2024年7月1日月曜日
久しぶりの伊勢
先日家族で、久しぶりに伊勢へ出かけました。さて何年ぶりのことでしょうか。記憶に残っている伊勢訪問は、確か30年前のことです。自宅からほぼ一時間で、伊勢に着きました。伊勢神宮のそばの大駐車場に車を停めて、五十鈴川に沿って歩きました。小雨降る中、旅情溢れる景観(神宮の森、神宮の山)を眺めながら、昔を懐かしく思い出しました。
昼食時間は過ぎていたので、急いで予定していた料理屋に入りました。とうふとあなごのお店です。地元では有名なお店ですが、私達は知りませんでした。古い佇まいと巨木が、江戸時代の伊勢街道を、感じさせてくれました。五十鈴川の見える席に座りました。寄せ豆腐とあなごの天ぷらと炊き込みご飯、そして豆腐田楽を頂きました。ポアロは、あなご天重膳を注文しました。立派なあなごは、重箱からはみ出ている特大サイズです。大好物の豆腐田楽に大満足して、たくさんのお料理にお腹いっぱいになりました。このお店を紹介してくれた友人に感謝です。
食事の後、伊勢神宮(内宮)を目指して、五十鈴川沿いに歩きました。宇治橋を渡り、玉砂利の上を歩きました。神宮の山並みに圧倒され、奥深い神宮の森に感動しました。
帰りはおはらい町を通りました。伊勢街道の終着地点です。おはらい町は、昔から伊勢神宮へ参拝した人々の楽しみの場所でした。たくさんのお店が並び、参拝客を迎えてくれます。伊勢といえば赤福餅が有名です。伊勢には、数多くの名物餅があり、「餅街道」とも呼ばれているそうです。
懐かしい伊勢を久しぶりに訪ね、三重県人として、誇りに思う伊勢神宮を再確認しました。時々は、伊勢を訪ねようと思います。
2024年6月21日金曜日
I love ろば
最近読んだ本で、ろばの大ファンになりました。西出真一郎著「ろばのいる村」です。フランス各地を旅して、ろばを探して訪ね歩き、ろばと人々との暮らしが書かれています。
今までろばに興味関心好奇心を持っていなかった私ですが、ろばが大好きになりました。ろばの本当の賢さは、あまり知られていなかったようですが、実は賢くて、従順で、優しくて、相手が子供であろうとも、大人であろうとも、見下すことは絶対しないそうです。かつては、運搬などの労働力として、ろばが飼われていましたが、今はほとんどがペットとして飼われているそうです。ろばの大ファンになった私は、ろばを飼いたいという夢を持ってしまいました。しかしそれは実現不可能です。
ろばに会いたいと思っていたら、素晴らしい情報が飛び込んできました。京都市動物園に、ろばがいるとの情報です。嬉しくて舞い上がりました。早速出かけました。京都市動物園は、自宅から歩いて30分ほどのところにあります。
ろばのいるところへ、急ぎました。一頭のかわいいろばがいました。狭い自分の庭を、ぐるぐる歩き回っています。名前はハルです。春生まれの男の子です。お歳は16歳です。4歳の時に京都市動物園に来たそうです。「ハルくん!」と呼んでみました。こちらを見てくれます。優しい目です。
食事の時間となり、急に賑やかになりました。ハルくんの隣の庭には、ヤギが何頭もいます。飼育員さんが、ヤギの方から先にエサをやりました。ハルくんは、早く欲しいと鳴きます。かわいい声です。やっと自分のエサがきました。野菜を小さく切ったものです。しばらく食べると、飼育員さんは、バレーボールほどの大きさのボールにエサを入れて、遠くへ投げました。ハルくんは、ボールで遊びます。ボールには、小さな口があり、転がると、エサが少し出る仕掛けになっています。ボールを追いかけて、運動しながらエサを出すという工夫がされています。ハルくんは、ひとしきりエサを食べて落ち着きました。
ハルくんは、園内散歩をすることがあるそうです。タイミングよく、その散歩の時に遭遇できたらと、思っています。ハルくんに会いたくなったら、いつでも行ける近さなので、本当にラッキーなことです。
2024年6月16日日曜日
久しぶりのお出かけ(伊勢湾フェリー(2))
三重県鳥羽市から伊勢湾フェリーに乗り、60分で愛知県伊良湖に到着しました。フェリーを利用した車も人もわずかでした。驚きました。ターミナルにはたくさんの鉢植えのハイビスカスが並べられ、私達を迎えてくれます。南国へ来た印象です。
伊良湖へ到着したのは、お昼前だったので、まず始めに昼食をということで、魚市場にある「いちば食堂」へ行きました。かわいい食堂で、ちょうどお昼ということで、満席でした。私たちはお刺身定食をいただきました。とれたばかりの魚です。ぷりぷり感があり新鮮そのものでした。感動しました。
隣にある市場では、ちょうど「せり」が始まりました。私たちは、折角なので、せりを見学することにしました。魚の名前は、ほとんど知りませんが、たくさんの種類の魚がせりにかけられて、大きな元気な声がとびかっていました。
昼食のあとターミナルに戻り、少し休憩をしました。ソフトクリーム、アイスコーヒー、アイスティーでほっとしました。この日は猛暑日となり、あちこちで30度を超えています。少し歩いただけで、真夏日の感触です。
休憩をしたあと、今日のメインとなっている、伊良湖岬灯台を目指しました。渥美半島の先端にたち、航海の安全を守り続けています。灯台からは、太平洋や伊勢湾、三河湾が一望でき、「日本の灯台50選」に選ばれています。昭和4年(1929)に建設された、波打ち際に建つ灯台です。波打ち際に建つ灯台は、全国的にも珍しいそうです。ターミナルから海岸線に沿って進みます。遊歩道としてきれいに整備され、両側には切り出された大きな石が、遊歩道を守っています。太平洋の美しい海を眺めながら、沖を行きかう船を見て、炎天下の中を歩きました。
灯台を見に来る観光客は少なく、すれ違った人はちらほらでした。灯台が好きで、灯台のファンの私達家族は、小さな白亜の灯台に魅せられ、写真をたくさん撮りました。灯台の山側の上には、海上保安庁の伊勢湾海上交通センターがあり、船に対していろんな情報を出しているそうです。
遊歩道を40分ほど歩いて、大駐車場や食堂、土産物店が並ぶ、終点エリアに到着しました。木陰も無い遊歩道です。炎天下を歩いて、グロッキーです。早速茶店でかき氷を食べました。太平洋を見ながら食べた、かき氷のおいしかったこと。思い出の1ページです。
休憩したあと、太平洋に面して、美しい砂浜が広がる「恋路ヶ浜」を散策しました。白砂の浜です。非常に細かい白砂を踏みしめながら歩きます。椰子の並木があって、椰子の実がころがっています。恋路ヶ浜のシンボルにもなっている「幸せの鐘」を鳴らしました。恋人の聖地にもなっている「幸せの鐘」です。そこから15分ほどで、もとのターミナルへ戻ります。
2024年6月14日金曜日
久しぶりのお出かけ(伊勢湾フェリー(1))
久しぶりに家族で出かけました。伊勢湾フェリーに乗るためです。三重県松阪の自宅から、南東へ40キロほど走り、三重県鳥羽市からフェリーに乗ります。鳥羽は真珠の御木本幸吉が、明治26年(1893)世界で初めて真珠の養殖に成功したことで有名です。子どもたちに人気のジュゴンがいる鳥羽水族館は、飼育種類数日本一約1200種とのことです。
鳥羽10時40分発のフェリーに乗りました。目指すは渥美半島の伊良湖です。60分で到着します。左に答志島、右に菅島、神島を見て進みます。
平日のこの時間帯は、フェリーの乗客は少なく、車が12台ほどで私達と同様の乗客は7人ほどでした。定員は500人だそうですが、そんな人数が集まるとは想像できません。乗客のあまりの少なさに、驚きました。伊勢湾フェリーは、1964年に開業して、今年は60周年です。60分はすぐに過ぎて、伊良湖に到着しました。南国へ来たような印象を持ちました。




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