2013年10月20日日曜日

いま夢中になっていること(2)


 今、私は映画に夢中になっています。月刊のテレビ番組ガイドを買って、映画の放送を見落とさないように、赤マジックで印をつけています。用事で外出する時は、録画予約をします。最近になって映画に目覚めました。何でもかんでも観るのではありません。やはり人それぞれの好みがあります。私は、ホラ-映画とアクション映画は好きではありません。見終わったあと、何かを考えさせてくれる映画が好きです。映画館へ行って観るのは少しおっくうです。自宅で一人映画に没頭します。誰の目も気にせず、涙を流せます。時には英語の勉強にもなります。

 何年か前、脚本を書けるようになりたいという衝動にかられ、映画会社のシナリオ学校へ、少しばかり通いました。一つのものを作り上げるという共同作業に魅力を感じますが、脚本を書くというのは難しかったです。映画を見終わったあと、スト-リ-の進め方に感心させられることがあります。観客があっと驚くような展開の仕方、進展する中で、最後を暗示させる場面を少し見せる手法など、客観的な見方をすると面白いものです。

 最近観た映画では「死ぬまでにしたい10のこと」が、見終わったあと深く考える機会を与えてくれました。自分だったらどうするか、自分だったらどうしたいか、準備はするべきだと思いました。

 映画は娯楽の一つですが、想像力を働かせ、いろんな人生を知ることができると思います。今迄の人生で、映画に夢中になったことはない私ですが、これからは大いに楽しもうと思っています。

2013年10月19日土曜日

今 思うこと


 今迄人生は長い線のようなものだと捉えていました。しかしここへきて人生は点のつながりのようなものだという気がしています。たくさんの点を連ねて、今ここに自分がいるのだと痛感しています。あの点、この点、その点、どの点、点はいろいろ。すべて自分の人生を作っています。点の一つ一つがとても愛しく感じられます。無駄な点は一つもないのです。

 毎年巡ってくる誕生日。一年一年と年輪を刻んでいます。私は誕生日を迎える前日に、この一年を振り返ります。こんなことあんなこと、一年という期間にはいろんなことがあります。自分はこの一年をどう過ごしたか、自問自答します。自分の信念を貫いて生きているか、自分はブレてはいないか、真摯に生きているか、など。一年を反省して、又新しい一年の一歩へと進みます。そうすることで、私は、とても爽やかな気持ちになるのです。

2013年10月18日金曜日

おもちゃ(2)


 早いものでポアロ(夫)が、まるでおもちゃのように片時も離せず、いじっているタブレットが我が家に来て一年が過ぎました。最近では、私がタブレットの恩恵を受けています。起きている間はテレビがついていて、テレビを見ながらの食事、団らんが根付いている私達夫婦は、面白いことに布団に入ってからいろんな論議が始まります。私は記憶より考える方に得手があり、何かにつけて質問をします。地理、歴史、人物、芸術、芸能、映画、ミ-ハ-な話題など、あらゆる分野のことが話題に出ます。私の質問に正確に答えたいポアロは、タブレットが離せません。それをそばで見ている私は、面白くて次から次へと質問を連発します。百科事典、百科辞典のごとく、タブレットは本当に便利です。今迄どこの家にもあった百科事典、百科辞典はいらなくなりました。国語辞典、漢和辞典、広辞林、医学辞典、英語辞典など、何でも知りたいことはタブレットで調べられます。

 私はたくさんの質問を出しておいて、ポアロの説明を聞きながら、それをまるで子守歌のようにしていつのまにか眠ってしまいます。タブレットさん本当にありがとう。一生懸命検索してくれるポアロに感謝です。

2013年10月17日木曜日

夢のような旅


10月15日にクル-ズトレイン「ななつ星in九州」がデビュ-しました。三泊四日で九州を一周します。博多~豊後森~湯布院~大分~宮崎~都城~隼人~鹿児島~阿蘇を周り博多へ戻ります。そして選べるプランやオプションイベントもあります。途中一泊は超高級旅館に泊まるとのことです。テレビで列車の中も見ましたが、ゴ-ジャスな設えで高級感が漂っています。その報道をうっとりして見ていましたが、費用を聞いて驚きました。誰もが気楽に気軽に利用できるものではないものでした。宝くじでも当たったら別ですが。経済的に選ばれた人達の、特権をかざす人達のもののような気がしました。日本が豊かな国になって、富裕層と呼ばれる人が増えたのでしょうか、来年の6月迄予約がいっぱいとのことです。申し込まれた人の年代別内訳は、一番多いのが60代、次いで50代、40代、70代の順となっているそうです。地域別内訳は、関東が最も多く、次いで関西、九州・沖縄となっているそうです。

今迄数回家族で車で九州へ旅行していますが、少しでも経費を低くすることを考えるような庶民の旅でした。武士は食わねど高楊枝の気分で、雲の上のような旅、クル-ズトレイン「ななつ星in九州」を見守り続けようと思います。

2013年10月16日水曜日

「もしもし」


 

ある日 女の子はカメに出会いました

 

もしもし カメさん

「私かね 何だい お嬢さん」

 

カメさんはどうしてそんなに歩くのが遅いのですか

「大きな家を背中にしょって歩いているからね」

 

大きな家には誰がいるのですか

「私の家族だよ」

 

たくさん家族がいるのですか

「子供達の元気な声が聞こえるだろう 妻と八人の子供がいるんだよ」

 

じゃあ十人家族なんですね

「十人の家族が生きていくのは大変なんだ」

 

食べるだけでも大変ですね

「家族の食べるものをとってくるのは大変だ」

 

あなた一人が働いているのですか

「まだ子供達は皆小さくて 末っ子は赤ん坊だよ」

 

じゃあ当分はしんどいですね

「途中でバテないように ゆっくりゆっくり歩いているんだよ」

 

子供達が育っていく日まで 頑張ってくださいね

「その日まで何とかやっていくから 又会いにおいで」

 

カメさんはゆっくりゆっくり歩いて遠ざかっていきました

2013年10月15日火曜日

サイクリング(3)


 今日は娘も誘って、三人でサイクリングに出かけました。田園地帯では、あちこちで稲の刈り取りが行われています。今は農業も機械化が進み、たくさんの人の手を使わずに刈り取りができます。大きなコンバインは、稲を刈り取り、同時に脱穀しどんどん袋へ詰めていきます。コンバインには、人間が一人乗っているだけです。私が子供だった頃の稲刈りとは、大違いです。たくさんの人の手を借りて、背中や腰を痛めるほどの、鎌を使っての稲刈りでした。稲が刈り取られた後の田んぼには、白鷺や青鷺、カラス、スズメなど、いろんな鳥達が集まってきています。自然界の共存、共生を思ってしまいます。

 今から○十年前、二十代の私達は、上の子が一歳にもならない頃、三人でサイクリングによく出かけました。ポアロ(夫)の自転車の前の部分に、小さい子供を乗せるイスを取り付けて、娘を乗せて走りました。田舎の風景を見ながら、山すそまで遠出しました。風をきって走ります。幼い娘は、キャッキャ、キャッキャと声を上げて喜びます。そんな懐かしい思い出を脳裏に浮かべながら、私はポアロと娘の後を追ってペダルを踏みました。

 この日は、思いがけず懐かしい集落を通りました。私の祖母の実家がある村です。私は幼い頃、祖母に連れられその家へ何度か行きました。昔のことです。車はありません。バスも通っていない田舎の村です。家から歩いて二時間ぐらいかかる、山すその行き止まりの村でした。私は乳母車に乗せてもらって祖母のお供をするのですが、いつも面白い話を聞かされていました。今は開発も進み住宅もたくさん建っていますが、六十年ほど前は、何も無い田園地帯と丘陵地帯の林の中を通りました。祖母はいつも油揚げを一袋用意して、林の中へ入る辺りで、その油揚げの袋をポンと道の脇へ置きます。キツネが出てきて騙すので、騙されないように先手を打って、キツネに油揚げをやるのだと言うのです。祖母は真剣な顔つきで、キツネの話をよくしていました。私はいつまでその話を信じていたのか、よく覚えていませんが、今となったら笑い話でも、昔から言い伝えられてきている、人間とキツネの関わりごとだったのかもしれません。

 今はその集落に沿って新しい道ができています。行き止まりだった村も車が通り抜けられるようになり、車社会となった現在は、町の中心地へもすぐ行けるようになりました。この日は自転車で通り抜けただけなので、祖母の実家がどこだったのかよくわかりませんでしたが、またいつかゆっくり訪れてみようと思っています。

 今日のサイクリングは、所要時間100分ほど、走行距離は15キロでした。遠く過ぎ去った昔を思い出させてくれました。

2013年10月14日月曜日

徒然に想ううた 短歌三首


何処かな 探し求めて 行脚する

 

終の住み処は ありやなしやと

 

 

生きるとは どういうことと カバの子の

 

      難し問いに 誰が答える

 

 

食べて寝て 遊んで楽し 生きること

 

      カバの父さん 考え曰く

2013年10月13日日曜日

五十九年の歳月


 今、私の目の前に玉手箱があります。箱のふたを開けると、五十九年前の歳月がとび出てきます。二十年ほど前、私が小学校一年生の時に書いた絵日記が、実家の蔵に大切に保存されていたのを見つけ、それ以来手元に置いています。

 小学校一年生の時の担任の先生は、ベテランの男の先生でした。退職も近いような熟年の先生でした。子供の私から見ると、本当におじいさんのようでした。当時は生活綴り方教育という名前で小学校教育の中で盛んに行われていたのではないかと思います。小学校へ入学して字や数字を覚え、夏休みが終わった二学期から、毎日絵日記を書くのが宿題になりました。学校の一日の終わりに用紙をもらい、翌日の朝、先生に提出します。先生は、赤ペンで一言書いて返してくれます。そして又用紙をもらって帰ります。一年生が終わる時には、絵日記がずいぶんの量になっていました。絵日記が始まった頃に、厚紙に千代紙を張り、表と裏の表紙にしてひもを通し、一枚ずつ綴じていきました。五十九年の歳月に負けることなく、今も読める状態です。

 

 

 今迄も時々玉手箱を開けて、絵日記を読んでいましたが、小学校一年生の自分の毎日が書かれていてとても面白く、今は亡きたくさんの登場人物が思い出されて、感慨深いものがあります。あまりにもおかしくて、噴き出すようなものもあります。たくさんありすぎて全部というわけにはいきませんが、自分でも傑作と思えるようなものを、時々ブログに載せたいと思っています。ひょっとしたら、私が書くことが好きになった原点がここにあるのかもしれません。

2013年10月12日土曜日

耳慣れない言葉

 先日、耳慣れない言葉を知りました。初めて聞く言葉です。「小確幸(しょうかっこう)」これは「小さいけれども確かな幸福」という意味だそうです。村上春樹氏の作品の中に出てきます。村上春樹氏は話題の人ですが、欧米だけでなく東アジアでもたくさんの人に読まれています。
 「小確幸」について考えてみました。人からはつまらないようなことに見えても、自分の気持ちがほっとし、これが私の「小確幸」だと思ったら、それはまちがいなくその人の「小確幸」だと思います。さて私の「小確幸」とは、一日の終わりにお風呂へ入り、湯船に浸かり瞑想をすると、欠伸が出てとても気持ちよくなります。また布団に入り大の字に寝ると、欠伸が出てとても気持ちよくなります。好きな物を食べることも、自然の中に身を置いて、光、風、空気に触れることも、私の「小確幸」です。大空を飛び交う飛行機を眺め、飛ぶ鳥たちや虫たちの姿を見たり鳴き声を聞いたり、木々や花々に生命を見たり、共に生きている自然界の仲間達と、今を共有する幸せを感じます。「小さいけれども確かな幸福」を感じる心を持ち続けたいと思います。
 もう一つ村上春樹氏の言葉で「文化的雪かき」があります。「文化的雪かき」とは、「自分がやるべきことを、信念を持ってこつこつやる」ということです。大きな仕事でなくても、雪が降る中こつこつと雪かきをして道を開いていくように、誰かがやらなければならない仕事をすることです。東アジアの若者達は、まわりを闇に閉ざされても自分の信念で生きていく「文化的雪かき」を続ける主人公に共感しているとのことです。また「村上春樹氏の作品は、これからの生き方の方向性を示してくれる」とも言っています。

 「文化的雪かき」は特別なものではないように思います。すべての人が、今自分のいる場所で、小さなことと見えることでも、信念を持ってこつこつやり抜いて生きていくことだと、私は思います。日本を動かす、世界を動かす、そんな大きな事でさえ、一人の人間の力でできるものではありません。それぞれの場所で、それぞれがこつこつやり続けることが「文化的雪かき」だと思います。

2013年10月11日金曜日

「夢を持って」


何歳になっても夢を持ちたい

大空を飛ぶ

大空を舞う

十五歳で天国へ旅立った友の最期の言葉

「鳥になって空を飛びたい」

「鳥になって自由に空を飛び回りたい」

友の分まで夢を叶えたい

 

何歳になっても夢を持ちたい

日本一周の旅

自分が知っている日本は ほんの一部

もっともっと日本を知りたい

 

何歳になっても夢を持ちたい

世界一周の旅

自分が知っている世界は ほんの一部

もっともっと世界を知りたい

 

何歳になっても夢を持ちたい

私はペンネームを持っている

いつかの晴れの日のために

抱き続ける大きな夢

それはずっと胸の奥にある

 

私の好きなもの

それは人生

上ったり下ったり

道はどこまで続く

坂道は人生

ずっとずっと夢を持って