2012年6月10日日曜日

「故郷(ふるさと)の小川」


ぼくが さかなとりして 遊んだ 田舎の小川
フナに ザリガニ ドジョウも いたな

麦わら帽子に タモと 大きなバケツ
夢中で さかなとりした 夏休み
走り回って わんぱく大賞 もらったな
いつも 一番星見て 帰ったよ

今も さかなとりして いるのかな
故郷(ふるさと)の あの小川では

2012年6月9日土曜日

「噴水」


生まれた 生まれた 小さな噴水

ぼくのともだち かわいい噴水



大きくなった 大きくなった パパの噴水

あがれ あがれ 天まであがれ



お日さまに とどくといいな

お日さま びしょぬれ おどろくだろな

2012年6月8日金曜日

徒然に想ううた   短歌三首


イタリア語 英語ドイツ語 フランス語

     夢は広がる 地球家族へ



団塊も シニアと呼ばれ ふと気づく

     長い道程(みちのり) 幕はまだまだ



漱石の こころと同じ 怖きもの

     ベールで隠し 人は旅する

2012年6月7日木曜日

不思議な地名


 先日、 朝日新聞の天声人語に面白い地名のことが書かれていました。京都市下京区にある「天使突抜(てんしつきぬけ)」という地名です。地名の由来は、桓武天皇が、京都を平穏にするために、天神を迎え入れ天使の宮として「五條天神宮」を建設しました。当時は最大級の鎮守の森でした。16世紀後半、豊臣秀吉の京都改造の時、町を開くために、近くにある五條天神宮の鎮守の森に道を作りました。五條天神(天使の宮、天使社)の境内を突き抜けて造られた道ということに由来します。五條天神宮は「てんしんぐう」と発音し、昔は「天使の社」と書いたそうです。祀られているのは、少彦名命(スクナヒコナノミコト)という神様で、天から使わされた「天使」なので、別名「天使の社」とも呼ばれたということです。

 2010年に映画「天使突抜六丁目」は、全国公開され話題になったそうですが、私は知りませんでした。京都市下京区に実際に存在するのは、「天使突抜一丁目から四丁目」で六丁目はありませんが、地名から着想を得られたとのことです。監督は山田雅史氏です。

 今まで知らなかったことを教えてもらい、地名とその由来に興味がわいてきました。今は亡き郷土史家の知人に、いろんなことをお聞きすればよかったと悔やまれます。

2012年6月6日水曜日

「幼き日」


幼き日 私はガキ大将だった

ガキ大将は世襲だった

兄、姉、姉、気がついたら私がガキ大将をしていた

いつも十人ほどの子供をひきつれ村の中を遊びまわった

ガキ大将は独裁者

ターザンごっこは自分がターザン

遊びの発案者はガキ大将

自分が飽きるとさっさと次の遊びに移る

学校ごっこはいつも先生

生徒に命令指示を出し指導する



幼き日 私は女王だった

いつも十人ほどの家臣をひきつれ村の中を遊びまわった

女王様はこわいものなし、こわいもの知らず

男の子は気は優しくて力もち 重宝だった

女王様は気まぐれ、我がまま、したいほうだい



幼き日 私はお姫様だった

みんなの愛を全身に受け 甘やかされた

すべて自分の望むとおりと勘違いしていた

自分は動かず、手も使わず、何でも周りの者がしてくれた



幼き日 私は内弁慶だった

淋しがりやで恥ずかしがりやだった

村のガキ大将は町の学校で姿を変えた

村の女王様は町の学校で姿を変えた

村のお姫様は町の学校で姿を変えた

幼き日 私は何変化(へんげ)だったのであろうか

2012年6月5日火曜日

素敵なお話―2

 先日テレビで渡辺和子氏のお話を聞いて、とても心に響く言葉がありました。

渡辺和子氏は現在85歳です。シスターです。岡山県の清心学園の理事長をされています。彼女の父、渡辺錠太郎氏は、1936年(昭和11年)の二・二六事件で、娘の目前で襲撃を受け射殺されました。渡辺錠太郎氏は、当時陸軍教育総監をされていました。渡辺和子氏は、子供のときの悲劇を乗り越えて生きてこられました。

 彼女の言葉です。

  丁寧に生きる(ぞんざいに生きないということ)

  病気も挫折も両手で頂きなさい(無駄に病気になっているのではない)

  愛情は年月と比例しない

  信頼は98パーセントでとめておく(残りの2パーセントは、相手が間違った時に許しの時のためにとっておく)



 著書「置かれた場所で咲きなさい」は、現在ベストセラーになっています。



 お話しされた一つ一つが、大きなそして重い言葉として胸に入ってきました。

2012年6月4日月曜日

墓参


 先日、義母を誘ってお墓参りに行ってきました。義父が眠っている墓所は、私の実家と同じ菩提寺にあります。私の嫁ぎ先のお墓は、新家なので義父だけが眠っています。二百年続く実家のお墓は、私が同じ時を過ごした祖父や祖母、そして父と母が眠っているお墓以外に、多くのご先祖様が眠っている苔むした素朴なお墓があります。
 お墓の前に立つと、現在日本で問題になっているお墓、檀家、寺問題を考えてしまいます。実家は今のところ、兄、甥がいるので、しばらくは墓守ができそうですが、先のことはわかりません。
 地方から都会に出て働き、結婚し、子どもを育て、マイホームも建てて、定年を迎える頃、田舎の親は介護が必要になってきます。そして親が亡くなり、生まれ育った家とお墓が残ります。そうなった時、墓守はいつまでできるでしょうか。子の代では何とかできるかもしれません。でも孫の代では、田舎のおじいちゃんおばあちゃんが元気だった頃、親に連れられて遊びに行ったくらいで、そんなに強い絆があるわけでもありません。そうなるとお墓は無縁仏になるか、子、孫が都会にコインロッカーのようなお墓を作るか、それともお墓を持たず散骨で終わりにするか、これからの日本は今迄と違う形で、亡き人を弔うようになるのかもしれません。
 一昨年夫を亡くした友人は、新家です。一人娘は結婚していますが、今日本で増え続けている子どもを持たないカップルです。友人は仏壇を買いましたが、お墓については悩み迷っています。娘に墓守の負担をかけたくないけれど、高額なお墓を買っても二代で無縁になるのがわかっているから、無駄なことをするのではないかと。彼女が悩み迷うのはよくわかります。先のことを考えれば考えるほど、決断はそう簡単ではありません。
 私は、一年に4回~5回しか行けませんが、お墓参りをすると心が落ち着きます。義母も私も、ぼんやりですがこの先が見えてきています。終焉がそう遠いものではありません。そう思うと、このお墓に眠っている人達と一緒に自分も眠れる所として、終の棲家として愛着が湧いてきます。
 お墓の前に立つと、亡き人たちと生きている者たちとをつなぐ唯一の場所に思えて、心が安らぎます。こんな私の思いから考えると、生きている者が、死後の自分の姿を知るための所として、お墓はとても大切に思えます。

2012年6月3日日曜日

「胸をはれ」



みんな みんな 胸をはれ
悲しい 時でも 胸をはれ

みんな みんな 胸をはれ
苦しい 時でも 胸をはれ

みんな みんな 胸をはれ
つらい 時こそ 胸をはれ

胸をはったら 元気が出るよ
胸をはったら 力が出るよ
胸をはったら 幸せくるよ

2012年6月2日土曜日

「なみだ」


お目目が お池になりました
どんどん どんどん あふれてきます
あふれて 川ができました
ぷるるん ぷるるん お首をふれば
しゃぼんのように とんでいく

これで ハッキリ 見えますか
きれいに きれいに 見えますか
夕やけ 小やけ 明日天気になあれ

2012年6月1日金曜日

徒然に想ううた   自由句三句



スタスタと 子の前歩く 親白寿


「ありがとう」 つい言いそびれ 君は逝き


うたを詠み 指を数えて 俳句かな