毎年、楽しみにしていることがあります。ご近所の庭にある「蓮」の開花です。有名な「大賀蓮」です。
昨日、つぼみを見たので、そろそろ開花だと、期待して朝を迎えました。期待通り、今朝早く、美しい花が咲きました。「蓮の花」を見ると、「もうすぐお盆だなあ。」と毎年思います。
まだほかにもつぼみがあるので、明日も開花が楽しみです。
毎年、楽しみにしていることがあります。ご近所の庭にある「蓮」の開花です。有名な「大賀蓮」です。
昨日、つぼみを見たので、そろそろ開花だと、期待して朝を迎えました。期待通り、今朝早く、美しい花が咲きました。「蓮の花」を見ると、「もうすぐお盆だなあ。」と毎年思います。
まだほかにもつぼみがあるので、明日も開花が楽しみです。
昨日、押し入れの片付けをしました。すると、押し入れの奥から、懐かしい柄の箱が出てきました。ずいぶん前にしまい込んだ箱です。大事にしていた箱なのに、どこにしまったのか、すっかり忘れてしまっていました。
ふたをあけると、中には、運転免許証(〇〇年前に更新した時のもの)、50年以上前に友人からもらった手紙、独身時代に行った旅行のパンフレットなどが入っていました。忘れ去っていた懐かしいものばかりです。1つ1つを見た瞬間、その当時の年齢にもどることができます。私にとっては「タイムカプセル」です。
何分間か思い出にひたった後、箱の中にきれいに並べ、再び、押し入れにしまいました。
先日、八百屋さんの前を通りかかった時、懐かしいものが目に飛び込んできました。黄色い「ウリ」です。ラベルには「キンウリ」と書かれています。
それは、私が幼かった頃、母が丹精込めて育てた「うり」と同じでした。母との思い出がよみがえります。
私はうれしくなって、早速「うり」を買って帰り、冷蔵庫で冷やしていただきました。なつかしい味が、口いっぱいにひろがりました。夏休みの朝、母と一緒に「黄色いウリ」を収穫した場面が目に浮かびました。
最近、とみに漢字力が低下しています。以前は、いくども助けてもらっていた漢字辞典も使っていません。漢字を書くということも、少なくなってきています。日誌を書く時に、漢字について、不安な時は、手元にある電子辞書で確認しています。
パソコンを打っている時には、変換すればすぐ漢字がでます。あまりにも、便利すぎて、怖いほどです。この便利さが、人間を退化させる根源だと思います。苦労してこそ、汗をかいてこそ、自分の身に着く一番の方法だと思います。たくさんの漢字を覚えたと、自負している私ですが、記憶が薄れることのないように、自筆でせっせと漢字を書きたいと思います。
今振り返ると、いろんなマイブームがありました。食べる物から、趣味趣向、聞きたい音楽から持ち物すべてです。マイブームは、不滅のものではありません。そのときそのときで、変わっていきます。マイブームが去ると、あのマイブームは何だったのかと、気落ちします。二年前には、アイスクリームにマイブームが起きました。同じアイスクリームを、食べ続けました。そのときは、そのアイスクリームが、大好きとなり、他のアイスクリームは目に入りませんでした。ところが、今はケロッと忘れています。移り気と言われれば、それまでです。今までのマイブームを、記憶を頼りに思い出して、記録をとろうと思います。
生まれ育った三重県から、結婚によってふるさとを離れ、早半世紀が過ぎました。夫の仕事の移動で、あちこちで暮らしました。どこへ行っても、「まるこさんは、関西出身ですか?」と言われました。長年使ってきた言葉は、そう簡単に変わりません。関西特有のイントネーションが、あったのだと思います。
自分では気づかないうちに、使っていることばは、家族にも笑われるほどです。三重県中部に限定した、方言です。
「さんす?」
*「これ飲まんす?」
*「行かんす?」
語尾に「す」が付くのです。「さんす?」は、相手を敬う敬語です。
どこで教えてもらったのか、記憶はありません。いつのまにか、身についたことばです。自分が話す言葉に、笑いが吹きこぼれることも、多々あります。
岡山県で暮らした時には、ほほえましい方言と出会いました。
*「じゃろ、じゃろ」です。みんなの会話のなかで、いくつもの「じゃろ、じゃろ」が、飛び出します。すべての会話の語尾に「じゃろ、じゃろ」が、付くのです。年齢には、関係ありません。老いも若きも「じゃろ、じゃろ」です。「じゃろ、じゃろ」の単語の中に、敬語の意味も含まれているので、年下の人が、先輩に「じゃろ、じゃろ」を付けて、普通に話します。
方言を研究したら、非常に面白いと思っています。
後期高齢者となった私の自分史は、とても長いものです。興味関心好奇心の旺盛だった私は、たくさんのことに興味関心好奇心を持ちました。過ぎ去った遠い思い出の中から、一つ一つ書き出してみたいと思います。
五十代の頃だったと思います。シナリオライターになりたいと、思いました。シナリオについて、勉強しなければなりません。書店で、シナリオについての本を、何冊も買いました。当時は、大阪へ仕事に行っていたので、通勤の時間を利用して、本を一生懸命読みました。そして、思い立ちました。「そうだ、シナリオ学校へ行こう!」と。京都には、映画撮影所があります。東映に、シナリオ学校があるのを見つけました。燃える思いを胸に、シナリオ学校に入学しました。太秦にある東映映画撮影所へ、通うことになりました。若い人たちと一緒に、勉強が始まりました。大切にしまってきた、テキストは、膨大です。若き日の宝物です。涙ぐましい努力のあとが、見られます。人気のあったテレビドラマの、シナリオも、たくさんあります。自分史の一こまですが、私にとっては、すべてが宝物です。
私が子供だった頃には、家に柱時計がいくつもありました。時報を教えてくれる唯一のものでした。子供たちにとっては、十時のおやつ、三時のおやつなど、生活のリズムを教えてくれるものでした。柱時計が打つ時報は、子供たちに数を数えさせてくれました。
私の相方さんは、私の実家に泊まるようになってから、寝る時には、振り子を止めていました。私は全く気にしていなかったので、振り子の音が気になる人がいることにおどろきました。
結婚して以来、振り子時計、柱時計は、我が家にはありません。いろんな思い出が
頭をよぎります。と同時に、懐かしさがこみあげてきます。存在感の大きかった柱時計、家庭の中心的威厳を持っていた柱時計、私は大好きでした。
生まれて初めて、ある知人から言われた言葉です。
「まるこさんは、ハ行の人だね」
どういう意味なのか、私はまったくわかりませんでした。
会話を進める中で、だんだん意味がわかってきました。
人との会話の中で、私が発するあいづちが、ハ行のハヒフへホが多いということらしいです。
それからは、いつも気を付けて、カウントすることにしました。
「ハ~」
「ハ~ん」
「ヒヒヒ」
「フ~ん」
「フンフン」
「へ~」
「ホ~」
「ホウホウ」
こんなところです。
まだもっともっと出てきそうです。
自分では、気づいていなかったことを、教えてもらってうれしかったです。
我ながら、とても面白いことだと、にやにやしています。
後期高齢者になって、驚くことが増えています。先日、自分が書いた字が読めなくなりました。解読不能です。どういう状況だったのか、思い出してみました。とにかく眠くて眠くて、居眠りをしながら、メモをとったようです。ミミズがたくさん並んでいます。自分が書いた字とは、思えません。笑い転げてしまいました。
学生時代を思い出しました。講義を受けながら、いつも熱心にノートに書いていた私です。授業が終わって、ノートを見ると、たくさんのミミズが並んでいます。何を書いたのか、まったくわかりません。学生時代のこんな経験は、一度や二度ではありませんでした。遠い昔の思い出ですが、今もなお、同じことをしているとは、我ながらあきれかえっています。