2015年3月13日金曜日

徒然に想ううた(自由句三句)


それぞれに 歩みし線路 女(ひと)の道



幸不幸 よせてはかえす 波のごと




人生の 長き短き 身にしみて







2015年3月12日木曜日

徒然に想ううた(自由句三句)


久しぶり 友の近況 夫(つま)去りて



青春を 共に歩みし 友なみだ



足早に 去る友の夫(つま) 大樹なり








2015年3月11日水曜日

難解な字

 先日新聞を読んでいて非常に難しい字に出会いました。投稿された句に出てきたのですが、私は初めて見る字です。「閼伽桶」を見て、私は読み方も意味もわかりませんでした。読み方がわからないので、国語辞書は引けません。パソコンやタブレットの無料ソフトで調べようとしましたが、出てきませんでした。あいにく漢字辞書はありませんが、広辞林の巻末に難音難訓漢字表が載っていたので調べました。
「閼」は16画です。そこで見つけました。「閼伽」は「あか」と読みます。次に広辞林で調べました。
「閼伽」(本来は梵語=サンスクリット=古代のインド語)
  ①仏前・墓前に供える水を入れる器。また、その水。
  ②仏に供えるものの総称。
と書かれていました。「閼伽桶」は「あかおけ」です。読み方と意味がわかりホッとしました。本当に漢字は難しいと思います。


 役に立った広辞林は、本好きだった父が、娘達の中学の入学のお祝いに買ってくれたものです。最近はパソコンの時代になり、ソフトを買えばすべてのことを調べることができるので、辞書を引くことはなくなってきています。日本百科大事典も全冊揃いでありますが、ポアロ(夫)が小学生の時のものです。


「もういらないね」と言いながらも、まだ捨てずに大切に並べています。各家庭から辞書というものが無くなる時代が来るのではないかと、不安を覚えます。

久しぶりに一生けんめい辞書を引き、知る楽しみを味わいました。

2015年3月10日火曜日

目からうろこ(2)

 前回のブログに登場したイギリスの詩人シェリーの妻は「フランケンシュタイン」の著者メアリー・シェリーであることを知りました。またまた目からうろこです。19歳のときに書いた作品だそうです。このことも娘から教えてもらいました。「何で知ってるのー!いつ知ったのー!」と私は驚きの声を上げてしまいました。
 その後すぐにタブレットで検索しました。「フランケンシュタイン」という作品は読んでいませんが題名はいつの頃からか知っています。タブレットでメアリー・シェリーの生い立ちを知りました。詩人シェリーとの出会い、結婚についても知りました。イギリスの有名な詩人バイロンとも出会っています。

 興味関心好奇心旺盛な私は、早速本を買ってきて読もうと思います。

2015年3月9日月曜日

目からうろこ

 私が子供の頃から聞いていた、父がよく口にする言葉がありました。
「冬来たりなば 春遠からじ」です。言葉のとおりに解釈していた私は「厳しい寒さの冬のあとには春が来る、春は遠くではない、春はもうすぐ」というふうに春への期待を込めて読んだものと思っていました。そして作者は日本人だと思い込んでいました。ところが先日、食事の時の何気ない会話の中で、娘が教えてくれました。
 作者はイギリスの詩人シェリ-であることを知りました。
「西風に寄する歌」の一節です。
If  winter  comes,  can  spring  be  far  behind?
(冬が来れば春が来るのも遠くない)
現在の不幸な状況を耐え忍べば、いずれ幸せが巡ってくるというたとえです。

 長年耳にしている馴染みのあることばですが、イギリスの詩人シェリ-の作とは、目からうろこでした。

 ピアノを弾くことには時間をかけて努力してきた私ですが、地理や歴史という暗記する分野は苦手でした。自分の心に関する記憶は、不思議なほどに鮮明に覚えていますが、覚えなければならないことはなかなか記憶に残りません。その時に覚えたとしても、生涯にわたり忘れず記憶しているというのは、私には難しいようです。人には得手不得手があって当然ですが、記憶力が低いとか知らないことが多いと、自信喪失につながります。日本人でありながら、読めない漢字、書けない漢字もたくさんあります。それでも恥をかいても、知らないことは知らないと、言える人でありたいと思います。かっこつけたり知ったかぶりはよくありません。世間には、博学王もたくさんいます。いろんな分野のいろんなことを、知っている人はすごいと思います。尊敬します。

インドのガンジ-さんが残したたくさんの言葉の中に「明日死ぬかのように生きなさい。永遠に生きるかのように学びなさい。人間は、その人の思考の産物にすぎない。人は思っている通りになる」 があります。

 私は私の知らないいろんなことを、まだまだ学ばなければなりません。それは百年かかってもパ-フェクトとは言えないと思います。人間は、一生かけても未熟なものと悟るしかありません。たとえ少しであっても、知らなかったことを知ることができたと、喜びたいと思います。興味関心好奇心の旺盛な私だと自負しながら。

2015年3月8日日曜日

「遥かな人へ」

目をつぶればあなたに会える
あなたの笑顔
あなたの優しさ
あなたの真の強さ

あなたはいつも見守ってくれている
あなたの広い心
あなたの深い愛

あなたをいつもそばに感じる
揺りかごのように
心地よい眠りを
あなたの腕に抱かれて

あなたからもらったすべてのものを
子供達に届けます
そしてそれらが次世代までも続いていきますように

目をつぶればあなたに会える
あなたの笑顔
あなたの優しさ
あなたの真の強さ

言葉にできなかったありがとうを

何度も何度もつぶやいています

2015年3月7日土曜日

珍しい鳥

 私の家の前を二級河川が流れています。川幅は約80メ-トル、あと約4キロで河口に出ます。そして伊勢湾へと流れ出ていきます。
 川にはいろんな鳥が集まってきます。白さぎ、青さぎ、う、かいつぶり、いろんな色のカモ、白セキレイ、スズメもカラスも時には水浴びをします。それぞれの鳥が、それぞれに川でのひとときを過ごしています。


 白と黒のツーショット

よく見かけるハクセキレイ

スズメの水浴び

よく見かけるいわゆるカモ?

頭が茶色のドレッシーなカモ

お腹が白くて背中が黒いペンギンのようなカモ

全身が黒いカモ

一斉に飛び立つカモ

上手に着水

時々ですが、美しい色のカワセミを見ることがあります。先日二羽のカワセミが、忙しそうに私達の目の前を飛んでいきました。「あっカワセミだ」と思った瞬間には、もう姿が見えなくなります。しょっちゅうは出会わないので、カワセミの姿を見た時には、私達は興奮します。カワセミの羽の色はとてもきれいです。青い部分はコバルトブル-のようです。機会があれば、写真を撮りたいと思いますが、なかなかシャッタ-チャンスはありません。プロのカメラマンのように、一日中、川でカワセミが飛んでくるのを待機しなければ無理なのかもしれません。本当にカワセミは珍しい鳥です。あの美しさには憧れてしまいます。


白セキレイは、人間に慣れているのでしょうか、我が家の小さな庭へよく遊びに来ます。一羽で、時には二羽で飛んで来ます。何度も来てくれるので、私達家族は名前をつけました。二匹の愛犬の名前の頭文字をとって、レナと命名しました。愛犬の名前は、レオとナルドです。レオナルドダヴィンチからもらった名前です。鳥たちと過ごすひとときを、私達は楽しんでいます。

庭によく来るレナ

2015年3月6日金曜日

「風」

耳を澄ませば 風の音
ゴ-ッゴ-ッゴ-ッ
うなってる
怒り狂う 風の音

耳を澄ませば 風の音
そよそよそよ
おひさまとたくさんの花つれて
春の足音 風の音

耳を澄ませば 風の音
チリンチリンチリン
風鈴鳴らす
静かな足音 風の音

耳を澄ませば 風の音
チンチロチンチロチンチロリン
虫の音運ぶ 風の音

私の心に寄り添うように
風は流れる

いつも
いつの時代も

私のそばに 風の音

2015年3月5日木曜日

「ふしぎ」

世界中にたくさんのふしぎがある
なぜ人間は百年も生きるのだろうか
犬は十年ほどというのに

世界中にたくさんのふしぎがある
いつの時代にもなぜ戦争があるのだろうか
あんなに懲りているのに

世界中にたくさんのふしぎがある
人間が月へ飛んで行ける時代になり
世界をネットが結ぶ

国際電話がスカイプで無料通話となり
テレビ電話も堂々の無料サ-ビス

世界中にたくさんのふしぎがある
地球に72億4400万という人間がいるのに
たった一人の人と結ばれる
ふしぎ ふしぎ ふしぎ

世界中にたくさんのふしぎがある
鶴は千年 亀は万年
長寿を祝うことばです
人間は百二十歳まで生きられるという
ふしぎ ふしぎ ふしぎ

世界中にたくさんのふしぎがある
なぜ人間は百年も生きるのだろうか

セミは一週間ほどというのに

2015年3月4日水曜日

今生の別れ

 ちょうど二年前のゴ―ルデンウィ-クのことでした。まんたん(義母)が、八十年もの長い間住み慣れた町大阪を引き払うその日、荷物を出し終え掃除をしている時に来て下さった女性が、昨年十月に旅立たれました。私達はいつも年賀状を出していたのですが、昨年は息子さんの代筆の年賀状が届きました。そして今年は年賀状ではなく「二月から入院し病気治療をしていましたが、その甲斐無く十月に亡くなりました」とのお返事をもらいました。
 まんたんとは、子育て時代からのおつきあいです。子が結婚し、孫が生まれ、夫を見送り、一人暮らしとなり、地域での活動や友達との旅行など、女性の一生を共に過ごしてきた人でした。引っ越しのあの日、高齢である二人はこれが今生の別れになるかもしれないという思いが、私の頭をよぎりました。私は「お互いに元気で過ごして下さい。遊びにも来て下さい」と言いましたが、実現は無理かもしれないと思いました。明るく元気で大きな声で話される女性でした。私は結婚してからの四十年のおつきあいで「おばさん」と呼んでいましたが、とても気さくな下町のおばさんでした。
 まんたんは認知症を発症し一人暮らしができなくなり、しばらくの間私達と行動を共にしていましたが、現在は有料老人ホ-ムに入っています。私達が仕事で三都市物語をしていた状況で、医師からそれは認知症の人にとってよくないことと言われての選択でした。 
ホ-ムでの落ち着いた暮らしの中で、まんたんは明るく楽しく元気に過ごしています。認知症といっても、今は記憶だけに支障があるだけで、血圧が高くても三十年も前から薬でコントロ-ルしているので問題はなく、ホ-ムの中で一番元気な高齢者です。彼女にとって今の暮らしが合っていたのか、心配した認知症の進行も緩やかなものになっています。

 元気で頭もしっかりされていて、まだまだ一人暮らしを続けることができると思っていたあのおばさんが、先に逝かれました。九十歳でした。あの日が今生の別れとなりました。ご冥福をお祈りします。