2013年11月5日火曜日

そろそろ?


 最近テレビや本、新聞でよく目にする言葉があります。就活、婚活に続く終活です。自分の人生の最期に向けての準備です。ある程度の年齢に達したら、そろそろ準備をしなければなりません。身体が人の世話になる前に、その準備に入らねばなりません。毎日の生活に追われドタバタしていると、ついそのことを忘れがちになりますが、時には足を止め、少し静かに考え、時間をそのために費やす必要があります。物品の整理には時間がかかります。家族にその作業を任せるのは、申し訳ない気がします。少しずつ整理していきたいと思っていますが、バタバタと日々を過ごしている私にはかなり難しいことです。でも少しずつやらねばなりません。そして自分の最期についても、遺言を書面に書く必要があります。

 私が考えていることは、一番に「無駄な延命治療はしないでほしい」ということです。自分の意思なく機械で生かされるのは、残酷なことです。命の終わりは、天命、寿命と考えたいと思います。次に「葬儀はひっそりと静かに見送ってほしい」と思います。読経はいりません。娘達のピアノ演奏で送ってほしいのです。家族葬が人気を呼んでいますが、私も家族だけに見守られて旅立ちたいと思います。戒名もいりません。今の名前のままで結構です。お寺の檀家になっていると無理なことかもしれませんが、故人の意思を尊重してもらいたいと思います。火葬の後のお骨はお墓へ入れてもらい、眠りにつき、たくさんの先人達と再会したいと思います。

私が旅立ち三ヶ月が過ぎ、家族の気持ちも何とか落ち着いてきた頃には、私の友人達にあいさつの手紙を送ってほしいと思います。今から手紙を書いて、その準備もしなければなりません。愛する家族達への言葉は「ありがとう。またね」です。肉体は消滅しても、魂は愛する人達を見守り続けます。

「そんなに悲しまないで、そんなに嘆かないで、いつの日かまた会えることを信じて、精いっぱい自分の人生を生き抜いてほしいと願っています」

2013年11月3日日曜日

サイクリング(5)


 先日サイクリングにポアロまるこで出かけました。中国地方でのサイクリングを楽しみました。二人ともタウンサイクルでのサイクリングです。

 国道を南西方向へと走ります。横を車がビュンビュン走っていきます。歩道を走りましたが、ゴッテンゴッテンと段差が体に響きます。一級河川に架かる橋は、車道と別に自転車道があり、安心して美しい景色にうっとりし眺め、写真を撮りました。今は自転車道になっていますが、以前は国道だったそうです。新しく大きな立派な自動車専用の橋ができてから、古い橋は人、バイク、自転車の専用となったのです。一級河川なので橋の長さもずいぶんあります。私の好きな山々、大河、そしてもうすぐ海という地点です。
 
 


 今回の目的地は、玉島です。岡山県倉敷市にあります。玉島は、江戸時代には回船問屋の土蔵が二百以上も立ち並び、海運で栄えた港町です。その面影は町のあちこちに残っていますが、高度経済成長の終わる時(ほんの少し前という気がしますが)まで、賑わっていた商店街は、全国共通となっているシャッタ-商店街の有り様でした。

 

町並み保存地区だけは、何とか形を留めていますが、栄枯盛衰が頭をよぎります。
 
 

 歴史のある町を訪れると、自分の知らなかったことをたくさん学びます。今話題の同志社大学創設の新島襄(1843~1890)が、若かりし頃、備中松山藩の漢学塾へ勉強しに来ていて、この玉島港に寄り宿泊したという西爽亭も見学しました。備中松山藩主板倉家との関わりが、新島襄の人生の発展につながっています。西爽亭は、備中松山藩主の御座所にもなっていた柚木家の邸宅です。柚木家は、備中松山藩に仕え庄屋を務めた家です。西爽亭は、天明年間(1781~1789)に建築されたと伝えられています。御成門、式台玄関、取次の間、次の間、上の間、などがある木造平屋建てです。茶室もあり、男茶道と呼ばれる武家茶道流派とのことです。隣の棟は、西爽亭の主屋として建てられたもので、主要構造部は出来るだけ再利用することを心掛け改修され、現在は市民のための多目的利用の会議室になっています。
 

 

 越後から河井継之助(1827~1868)が、備中松山藩の山田方谷(1805~1877)を訪ねる前に、宿泊した宿の碑もありました。小説「不如帰(ほととぎす)」で有名な、明治の文豪、徳冨蘆花(1868~1927)が、下宿していた家があるなど、今まで本やテレビで見聞きしたことのある歴史上の有名人物が、この玉島と関わっていたという事実を知り感動しました。

 今日の走行距離は30キロ、所要時間は、途中での食事、買い物、観光を含み6時間でした。

2013年11月2日土曜日

「大切なひと」


四十五年もの長い間 私につきあってくれている 大切なひと

いつも変わることなく 私のそばにいてくれる 大切なひと

私と共に歩いてくれる 大切なひと

 

私の悲しみ苦しみを 大きな体で受け止めてくれる 大切なひと

私の喜び幸せを 微笑んで見守ってくれる 大切なひと

私を大きく広げた両手で 包み込んでくれる 大切なひと

 

あなたは理想のひと

決してものは言わないけれど

あなたは偉大なひと

私はどれほどあなたに救われたことでしょう

 

どんなに大きな苦しみでも

どんなに深い悲しみでも

いつも私はあなたにぶつけた

あなたにぶつけるだけで

あなたが受け止めてくれるだけで

私は立ち上がることができた

 

人間にとって言葉はいらない

私のすべてを受け入れてくれるあなた

不思議な力を持っているあなた

 

共に長い道のりを歩いてきましたね

これからもまだ道は続きます

心からのありがとう

心からの感謝

心からの愛を送ります

 

心をこめて

愛するあなたへ

私のグランドピアノへ

 

2013年11月1日金曜日

新しい月


 今日から十一月です。毎月のことながら一日がスタ-トする時は、少し気持ちが改まります。「一日の計は朝にあり一年の計は元旦にあり」が、頭に浮かびます。

 いろんなことに興味・関心・好奇心を持ち、すぐ行動を起こしてしまう私は、自分の年齢も忘れ、ACTIVEという言葉が好きです。いつかはわかりませんが、命はあっても自分のしたいことができなくなる日が訪れます。「ぴんぴんコロリ」は誰もの願いですが、それは誰にもわからないことです。命の永遠もありません。今、自分のしたいことを、できることを、思う存分したいと思います。

 サイクリングに夢中になっている私は、この素晴らしい季節の中、良いお天気になると心が踊ります。しかし有頂天になってはいけません。先日、知り合いの男性が、自転車に乗っていて、何でもないところで転び大けがをしました。骨折はしませんでしたが、前歯が一本折れ、顔は傷だらけとなり、現在マスクと眼帯と包帯に覆われ、仕事に行っています。長年の自転車愛好者で、通勤も自転車です。雨上がりの道で、疎水の際を走っている時に、水たまりを避けようと思った瞬間、転んでしまったそうです。幸いにも疎水には落ちませんでしたが、疎水に気を取られ集中力が鈍ったのかもしれません。

 その話を聞いて、自転車でも大きな事故につながるのだと、少し怖くなりました。チャリダ-おばさんにあこがれている私ですが、タウンサイクルに乗ってのポタリングで充分ではないかという気持ちになっています。

2013年10月30日水曜日

徒然に想ううた 自由句三句


 

山の端を 染めて夕焼け 明日へと

 

 

虫の声 聞いて名を当て 合戦か

 

 

あこがれの 年金貴族 夢の夢

2013年10月29日火曜日

どさまわり


 月日の過ぎるのは、本当に早いものです。私達が、どさまわりをスタ-トさせてもうすぐ十年です。仕事の関係で、中国地方、近畿地方、中部地方をバタバタとまわります。ホテルへ泊まるというのではなく、三ヶ所に住まいがあります。もちろん賃貸も含めてです。それぞれいつでも生活できるようにしてあるので、電気・ガス・水道・電話など止めてはいません。人からは、何とぜいたくなことと言われますが、事の流れでこうなってしまいました。冷蔵庫はいつも動いています。保存期間の長い食品はいいのですが、あっという間に賞味期限が切れていて、もったいないこととなる食料が数々出てきます。本当に非経済的なことです。

 一ヶ所にじ-っと暮らしていたというのは、十六年ほどです。単身赴任が十年ほどあり、二重生活の落ち着かない暮らしが始まりました。当たり前ですが、ほとんどの人は一ヶ所で落ち着いた生活をしているのです。しかし、私には遠い日々のように思われます。あちこちに住むというのは、何と言っても地域とのつながりが希薄になります。気楽といえばそうですが、シニアの暮らしは、地域とのつながりが大切です。仕事を終えた後は、そのことをよく考えて生活設計を立てようと思っています。

 そんなわけで、三ヶ所バタバタのどさまわりのため、体も疲れ、ブログを休んでしまいました。これからは気長に、あせらずゆっくり継続したいと思っています。

2013年10月24日木曜日

「空」


今日の空は真っ青

雲一つない晴天

私の心は晴れ渡り

今にも踊り出しそう

 

今日の空は灰色

雲いっぱいの曇天

私の心は沈みがち

思考回路が曇ります

 

今日の空は真っ黒

一日中雨が降り続きます

私の心は伏せています

静的な私です

 

晴れのち曇り 時々雨

たまには雪 たまには嵐

天気の移り変わりは人生模様

移り変わりは自然の流れ

移り変わりを楽しめる人

そんな人になりたいと思う私です

2013年10月23日水曜日

思いつき


 先日、年金受給請求のために戸籍謄本が必要になりました。その時、私は面白いことを思いつきました。戸籍謄本を昔へどんどん遡っていったら、家系図が作れるのではないかとひらめいたのです。

 戸籍謄本は本籍地でしかもらえません。住民票のある所と本籍地が、遠く離れている場合は大変です。郵送でも取り寄せられますが、面倒です。郵便小為替を買って、必要な事由を書き、本人であることを証明する文書、切手を貼った返信用封筒を同封しなければなりません。小為替は、郵便局で平日の4時までしか買うことができません。

 いつからか知りませんが、本籍をどこへでも自由に変えられるようになったそうです。聞いたところによると、自由自在に本籍地を決められるとあって、皇居のある東京都千代田区千代田1番1号や大阪城(大阪市中央区大阪城1-1)、阪神甲子園球場などに人気が集中しているとのことです。本籍をどこへでも動かすことができるなら、戸籍と住民票が同じでもよいのではないかと思ってしまいます。日本国籍を証明するために、また自分のル-ツ・歴史を知るために戸籍があって、本籍地につながるのだと思っていた私には、不思議に思えます。

 そのひらめきから家系図を作ろうと思った私達夫婦は、動き出しました。今のところポアロ(夫)の曽祖父まで辿りつきました。何と江戸時代です。父は大正6年生まれ、祖父は、江戸時代の終わり慶応2年の生まれです。ここの期間が少し開き過ぎの感がありますが、江戸時代がぐっと近づいてきました。身近に感じられます。私の実家は古い家で、同じ土地で何代もずっと続いているので、戸籍ができたところから知ることができると思います。もちろん先祖の戸籍謄本を集められればですが。

 .また一つ、私の夢中になることが始まりました。ドキドキ、ワクワクです。

2013年10月22日火曜日

サイクリング(4)


 先日家族で京都の町を自転車で走りました。

 萩で有名な梨の木神社へ寄り参拝しました。京都御所のそばにあります。ちょうど萩が見頃で、萩祭りで句会や茶会が催され多くの人でにぎわっていました。
 

 昼食は同志社大学のカフェテラスでワンコインランチ(500円)を食べて、ひと休みできました。大学のカフェテラスですが、一般の人も利用できます。ワンコインでできたての食事が食べられるとあって、いつもにぎわっているそうです。
 
 

 次に東方向へ走り、京都近代建築にあげられている内の一つ駒井邸へ行きましたが、あいにく休館日で中へは入れませんでした。駒井邸は、京都大学の近くにあります。私の家族は昔から全員、建築・土木に興味関心があり、旅行する時にはいつも建築・土木遺産を見て周ります。京都には、それがたくさんあります。又追ってブログで紹介したいと思います。
 
 
 

 それから西方向へ走り、京都御所の近くへ戻って、有名な「とらや」でスイ-ツを食べました。たくさんの人でどうしようかと迷いましたが、折角来たのだからと待つことにしました。30分ほど待たされました。待っている間に、目の前を宇治金時のかき氷が、次から次へと運ばれていきます。この日はまだ暑くて、一番の人気が宇治金時のかき氷だと知りました。私達は、クリ-ムあんみつと宇治金時かき氷を食べました。ほどよい甘さでとてもおいしかったです。
 
 
モダン和風の店内

 その後、大きなスポ-ツショップへ入り、いろんなスポ-ツウェアを見ました。サイクリングに夢中になってきた私は、これから先のためにウインドブレ-カ-を買ってしまいました。衝動買いをしてしまいました。

 そして夕食は、2002年にノ-ベル化学賞を受賞した田中耕一氏で有名な、島津製作所旧本社ビルにあるレストランで、コ-スを食べました。少しリッチな気分になりました。この建物は昭和2年の建築で、天井高はとても高く広々空間です。調度品も昔のままで、懐かしさを感じます。今は横に小さなチャペルを作り、結婚式もパ-ティもできます。赤いじゅうたんが敷きつめられ、古いエレベ-タ-もあり、ドアなども重厚です。



 今日は自転車で京都の町を走りまわり、おいしいものを食べて、おまけに買い物もして、ステキな一日でした。走行距離は15キロ、お出かけ時間は7時間でした。

2013年10月21日月曜日

「答えのない問い」


人はどこから来てどこへ行くのか

この問いに誰か答えてくれたでしょうか

私はこう答えたいと思います

人は父と母から来て父と母の元へ行くのだと

肉体は滅んでも魂は父と母の元へ戻ります

 

我はどこから来てどこへ行くのか

この問いに誰か答えてくれるでしょうか

私はこう答えたいと思います

我は父と母から来て父と母の元へ行くのだと

肉体は無になろうとも魂は父と母の元へ帰ります

 

自分はどこから来てどこへ行くのか

この問いに誰か答えてほしいと思います

私はこう答えます

自分は父と母から来て父と母の元へ行くのだと

肉体は消え去ろうとも魂は父と母の元へ帰ります

 

父と母は私の原点

父と母は待ってくれています

大海原の向こうで

無限大に広がる宇宙の向こうで