2013年4月15日月曜日

四十年の歳月


 四十年前の今日、私は人生の航海に船出しました。人生の荒波を予想する知識、知恵もなく、ただただ純粋な愛、他に代えられない永遠の愛、真実の愛、と自分が思い込んでいただけの、幸せを胸いっぱいにつめこんで旅立ちました。四十年前のあの日の自分を思い出すと、健気で可憐で純真で、大きな温かい父母の翼のもとでぬくぬくと、スクスク育った乙女でした。二人の子供に恵まれ、仕事と子育てに追われる日々の中、無我夢中で年輪を積み重ね、いつのまにかシニアの仲間に入りました。

 長い歳月の中には、いろんなことがありましたが、その都度、終着駅で人生を振り返る時、あんなことこんなことたくさんあったものだと、笑い話になるようにという思いで「今は過去、未来は今」の言葉を心の中でつぶやきながら、乗り越えてここまできました。しかし今、人生の荒波は、まだまだこれから先も、生きている限り、押し寄せてくるということを実感しています。

 人生をたとえる時「酸いも甘いも」「花も嵐も踏み越えて」「楽あれば苦あり」とか言いますが、人生を生きるということの大変さを、この歳でなおいっそうかみしめています。

2013年4月13日土曜日

学ぶを知る


 先日、私の長年の願いを実行、実現しました。母が半世紀もの歳月を邁進した、華道の家元へ勉強しに行ってきました。

 母が華道教室を開き、たくさんの生徒さんが来てくれていたので、私は子供の頃から遊び半分でおけいこをしていました。中学高校の頃はお友達も習いに来てくれたので、おつきあいでずっと続けてきました。その中には母娘二代にわたりいけ花を習いに来てくれた友人もいて、彼女は結婚するまでおけいこを続け門標も取りました。私も結婚して実家を離れるまでいけ花を続けましたが、結婚し転勤族となり、仕事、子育てに追われる日々の中で、いつしかいけ花は遠い昔のことになっていました。もしいつか勉強できる日が来たら、ぜひ家元へ行きたいと心の底に願いを持ち続けていました。故郷の地に戻った時は、片道二時間かけて、高齢になった母のいけ花教室の手伝いに、週に一度、日帰りで通ったりもしましたが、母が心筋梗塞で突然亡くなりピリオドが打たれました。その後、母の後を姉が受け継ぎ、教室をしているので、時々は私もいけ花をしていました。

 そして夫婦二人きりのシニアの暮らしが始まり、六十代後半に入る今こそ願いを実行、実現しないと、その願いは儚い夢となって終わると思い決行したのです。願書を出し入学許可書を受け取り、学費を振り込んだ後に、義母の異変が起こり、私の願いは不可能になるかと悩みましたが、夫が介護休暇を取り、五日間の家元での勉強を無事終えることができました。年に四期、計二十日間受講するコ-スなので、あと三期を何とか乗り越えたいと思っています。

 家元での勉強は、とても新鮮で、午前は教授陣の講義があり、午後は実技です。いけ花をしたという経験はあっても、自分でテ-マを決め、自分で花材を選ぶというのは、とても難しいことです。いけて手直しをしてもらって、アドバイスを受けます。その後はデッサンをして、クラスのみんなの手直しを見せてもらったりして、全員の実技が終わるまで授業は続きます。何をどのようにいけるかを、自分で考えたことはありませんでした。普段のおけいこの時は、与えられた花材で、先生のいけた手本を見ながらいけて、手直しとアドバイスをもらうだけです。経験のないことをするのは、大きな刺激です。

 今期のクラスメイトは三十二人で、北海道から九州まで、香港からは中国の方、イギリスロンドン在住の日本人とか、国際的なのには驚きました。年齢は二十代の若者から私ぐらいの方までという、親子以上の年齢差があり、その中には男性が五人もいて驚きました。男性の年齢は、二十代後半から三十代後半までの人達でした。このクラスで一年を共に勉強するので、早速盛り上がり親睦食事会が開かれました。独身の女性も多くて、一年後にはカップル誕生という、婚活の場にもなるような感じです。日本の伝統的文化のいけ花に、興味関心を持っている若い人達がいるのは頼もしい限りです。学ぶことの楽しさ、面白さ、学ぶことによって手にする喜び、感動、大げさに言えば未知との遭遇です。それは年齢に関係ありません。何歳になっても学びたいという意欲を持ち続けたいものです。

 母が若かりし頃、家元へ勉強しに、数日家を留守にして行っていたのですが、最後の日に、私は父に連れられ、母を迎えに行きました。その時、大きな台風が来て帰れなくなり、父と母と私の三人は、急遽旅館へ泊まることになったのです。十歳の私は、思いもかけないプレゼントをもらったようで、嬉しくてはしゃいで、旅先で川の字になって寝たことを懐かしく思い出します。

 母が、三十代で亡くなった母の母に、子供時代からいけ花の手ほどきを受け、いけ花と共に生きた母の人生を辿り、かつて母がそうだったように、家元でいけ花を学ぶことのできる幸せを感謝しています。

2013年3月5日火曜日

いつも不思議に思っていること


 いつも不思議に思っていることの一つに相性があります。「類は友を呼ぶ」という諺がありますが、友達になるには、考え・好みなどが似通った者同士の方が、お互いを理解しやすく、いつまでも続く友情が育つと思います。しかし男女の相性となると、また違う意味合いをもつような気がします。異性に惹かれるとき、多分自分の知らない未知の部分を持った人に魅力を感じるのではないでしょうか。つきあいが進むにつれて、その未知の部分を知っていくと、がっかりしたり、あるいはますます魅力を感じ、もっともっと知りたいという気持ちになり、交際が発展するのだと思います。いくら魅力を感じ、強く惹かれても、根っこの部分で価値観があまりにも違うとうまくいきません。そこは大雑把でも同じような価値観であるということが大切です。

 私の個人的な経験を書きますと、結婚して四十年近くになりますが、こんなにも対照的な二人だということを、年を経るごとに気付かされています。二十代という若さで恋愛結婚をしましたが、今振り返ってみると、何も知らない清純な若者が、情熱が先走って結婚したという気がします。その情熱がなければ前へ進むことはできないので、その年齢の二人にとってはそれでよかったのですが、月日は人間を成長させると同時に変化させます。その月日によって二人が対照的になっていったのか、それが自然の流れだったのかはよくわかりません。毎日の生活の中で、相手の行動パタ-ンが、自分と逆ということがよくあります。相手がどうするかを考えるとき「私はこうする、だから相手はその反対であろう」それがいつも的中します。面白いほどです。「グ-」を握るとき、私は親指を中へ入れてします。相手は逆で親指を外へ出してします。カ-テンのひもを結ぶとき、私は右回りで結びますが、相手は左回りです。

 そんな些細なことの違いに気付いたのは、いつ頃からか定かではありませんが、多分子供達が親から離れていった頃のような気がします。仕事、子育てに追われる生活の中では、相手の細かいことには目がいかなかったのだと思います。私がおしゃべりするよりも書くのが好きと思えば、相手は超おしゃべりです。「男のしゃべりどこ悪い」というテレビの番組のタイトルを思い出します。父も兄も男のしゃべりだったので、別に驚きませんが、圧倒されます。

 これからの二人三脚がいつまで続くかわかりませんが、人間って本当に面白いものだという気がしています。対照的な二人の相性が、よかったのか悪かったのか、終わりよければすべてよしとしたいと思います。

2013年3月3日日曜日

グル-プホ-ム


 現在の我が家はグル-プホ-ムのような状態です。グル-プホ-ムというのは認知症の人が少人数で一緒に暮らすホ-ムです。認知症といっても初期の軽度から中度・重度と認知度に差があります。我が家のまんたん(義母)は、初期の軽度なのでほとんどすべてのことは自分ですることができます。今・現在に最も近い部分の記憶が残りません。前もって頼むことはできません。その都度「こうして」「ああして」と言わねばなりません。テレビや新聞で紹介されるグル-プホ-ムでは「入所者の人のできることをそれぞれにしてもらっています」と報じています。

 八十八歳のまんたんと団塊世代夫婦の三人で、それぞれが得意とするところを発揮して生活しています。お料理をする場合は、私が食材を洗ってまな板の上へ用意します。まんたんが包丁を使って切ります。ぽあろ(夫)がシェフ役で仕上げます。大人三人が狭い台所で体をぶつけあいながらのお料理作りです。私は下準備から終了までのト-タルコ-ディネ-タ-です。食事のあとは、まんたんの様子を伺いながら、疲れていないようなら半分ほどの食器洗いを頼みます。もし疲れているようなら私が全部食器洗いをします。

 まだスタ-トしたばかりの我が家のグル-プホ-ムですが、これから先はどうなりますことやら。

2013年2月21日木曜日

宝さがし


 まんたん(義母)と一緒に暮らし始めて三週間が過ぎました。今迄は数日を共に過ごすことはありましたが、べったりと一日24時間一緒にというのは初めてのことです。高齢になるにつれて記憶があいまいだったり、会話がちぐはぐになったりすることがあっても、それは老化に伴う自然現象だと、とらえていましたが、初期の認知症と診断されてから、その大きな違いを知りました。記憶するということが欠落しています。できません。会話の中でもさっき、今、こちらが言ったことなのに、同じ質問を何度も繰り返します。こちらは驚きながらも気を長くして同じ答えを何度も繰り返します。まるでこちらの言ったことが、頭の中に止まらず、つるつるとすべっていくような気がします。そして朝起きるなり、家族で宝さがしが始まります。ここにあったはず、ここにおいたはず、この中へ入れたはず、と思い込んでいるのは家族だけです。素晴らしい早業で場所移動が行われているのです。本人は、移動した場所、移動したこと、すべてきれいに記憶にありません。狭いマンションの中でさえ、宝さがしは容易ではありません。探し回った挙句、思いもよらない所から見つかります。ささいな物から大切な物までこの調子です。

 世界一の長寿国となった日本のことを喜んでいましたが、体は素晴らしく丈夫で病気知らずの高齢者でも、皮肉にも認知症になるという悲しい人間の宿命を考えてしまいます。

2013年2月20日水曜日

ブロガ-2年生


 去年の2月20日にブログをスタ-トして、ちょうど一年が過ぎました。目標を高く掲げ、毎日書くことを目指しましたが、時々お休みをしてしまったので、今日のブログは326回目です。私のブログを見て下さっている人は、総計で9300人あまりです。本当にありがとうございます。書くことが好きで、何でもかんでもブログに書いていますが、毎日となると少しつらいものがあり、「今日は何を書こうか」と、生活の中でブログのことが最優先となっています。読んで下さる方がいるということで励みになり、書く楽しみにつながっています。目に見えない見知らぬ人と、ブログでつながっていると思うと、現代の最先端にいるような不思議な気がします。日本以外の国におられる方、多分日本人の方だろうと思いますが、日本以外で総計2730人あまりの方が読んで下さっています。嬉しい限りです。「継続は力なり」を目標にして、無理せず細く長くブログを続けていきたいと思っています。

 今日からブロガ-2年生。

 これからもどうぞよろしく。

2013年2月18日月曜日

新人団員一人増えました


 どさ回り一座まるこ&ぽあろに、新人団員が一人増えました。中国地方、近畿地方、中部地方を、飛び回っているどさ回り一座まるこ&ぽあろの団員は今迄二人でしたが、一月末からまんたん(義母)が加わりました。車での移動なので、八十八歳の新人団員まんたんは、目を白黒させて行動を共にしています。

 初期の認知症という診断を受けたまんたんは、もう一人暮らしができなくなりました。記憶を司る海馬に障害が出始めています。しかし記憶以外は何の異常もありません。検査の結果は立派な健康体の高齢者です。医師からも太鼓判をもらいました。食欲も旺盛で私達と同じ食事を完食します。そして健脚の持ち主です。五千歩ぐらいは平気で歩きます。あまりの元気さにこちらがたじたじです。口癖は「何か仕事ない?」というもので、私はアイロンかけ、食器洗い、お得意の料理作りなど、小さな仕事を見つけてはしてもらっています。四十年近く一人暮らしをしてきたまんたんと、四十年近く主婦業もこなしてきた私とでは、それぞれの流儀があって当然で、その違いに気づくたびに、私はおかしくて噴き出してしまいます。

 新人団員の話は、これからのブログにたくさん登場すると思いますが、こんな暮らしは、あと一年続く予定です。

2013年2月16日土曜日

休刊中ですが


 只今ブログを休んでおりますが、待ち望んでいたニュ-スをお知らせします。

 1月25日に発見した幸福の木のつぼみが開花しました。ちょうど3週間が過ぎたところで花が咲きました。夜だけ花が開き、朝には閉じています。夜といっても9時頃だったので、室内の照明はこうこうとついています。それでも朝と夜の違いを察知しているのです。本当に不思議です。とてもやわらかく優しく清々しい香りが、部屋いっぱいに広がっています。この素敵な香りを缶に詰めて、保存しておきたいくらいです。花は純白で小さく可憐で、高潔な雰囲気を漂わせています。
 
 
 
 観葉植物の幸福の木は、緑の葉を観賞するだけのものと思い込んでいた私は、幸福の木に脱帽しています。これからも末永く、幸福の木とつきあっていきたいと思います。

2013年2月2日土曜日

突然ですが


 昨年の二月二十日にブログをスタ-トさせ、もうすぐ一年になりますが、突然の事情によりしばらくブログをお休みします。

 元気に一人暮らしをしていた八十八歳になる義母に、突然不都合が起こってきました。夜中の1時半と2時半に私達のところへ電話をかけてきて「泥棒が入った、お金を盗んでいった、通帳もとられた」と言ってきました。近所の仲良しの友人のところへ夜中に行き、私達に言ってきたのと同じことを訴えて、迷惑をかけました。その日の夜、仕事をすませすぐにかけつけて、義母の家の中を探しましたが、通帳も現金を入れた封筒も見つかりませんでした。我々は仕事があるので、夜遅く義母と一緒にとんぼ帰りでこちらへ戻ったのですが、義母の言うことがあやふやなものとなり、妄想が起こったのかもしれないととらえています。

 立派に一人暮らしをしてきた義母が、突然こんなことになるとは、予想していなかったことで非常に驚いています。これからのことを考える必要があります。義母の様子を見ながら、どういう選択が一番よいのかよく考えなければなりません。血圧は高いといえ、長年薬を飲んで安定したものになっているので心配はありません。体は本当に丈夫です。健診でもいつも太鼓判を押してもらっています。しかし高齢者です。何が起こっても不思議ではありません。

 そういう事情で、義母を見守りながら、落ち着いた状態になるまで、ブログをお休みします。

2013年2月1日金曜日

徒然に想ううた 俳句三句



旧友の 近況知らす 年賀状



年賀状 孫の人数 競い合う



年賀状 届かぬ人の 顔うかべ