私のふるさとは戦国時代に始まる城下町で人口16.8万人の地方都市です。久しぶりにふるさとの町を歩く機会がありました。いつもは車でサーッと通り過ぎるふるさとの町ですが、歩きながらキョロキョロしてみると、いろんなことに気づきます。時代の変化は人の行動パターンを変え、町のあり方を変えていきました。私が結婚でふるさとを離れた頃は、町の中心地は人が集まる活気あふれる場所でした。人の流れはバスから駅へ、駅から町へ、町から駅へと循環していました。駅前商店街にはいろんな種類のお店が並び、映画館も食堂もありました。山間部に住んでいる人達は、バスに乗って町へ出てきます。家族で映画を観て、食堂で食事をし、商店街をぞめきます。大人も子供も欲しい物を探し、買い物をします。子供達の元気な声が飛びかう、町の中心地でした。
日本が高度経済成長をしていく中で、車社会となり、郊外に大型ショッピングセンターができ、駅へ集まる人も少なくなり、駅前商店街は町の中心地ではなくなっていきました。栄華を極めた老舗の商店さえも客足は遠のき、商店主も高齢となり、子供達はふるさとを離れ、後継ぐ者はいなく、店にシャッターがおり、今ではシャッター商店街になりつつあります。子供の頃に家族でよく食事をしたお店や、よく買いに来た老舗の和菓子屋さんは、更地になっています。昔が思い出され懐かしさがこみあげてきます。商店街とはいえ、昔の面影はありません。歩く人もまばらです。車だけが通り過ぎていきます。町の名前も職人町、魚町、殿町など、何を売っているお店が集まっている通りかがすぐわかるものでした。町に初めてできたスーパーのはしりのような店へ、久しぶりに寄ってみようと思い行ったのですが、閉店の貼り紙があります。今年の九月に閉店したとのことです。半世紀以上は営業を続けてきたと思いますが淋しいかぎりです。残念です。
私のふるさとの町だけでなく、日本のあちこちでこういった状況が起きていることでしょう。時代の移り変わりは、社会の変化、人間の生活環境すべてを変えていきます。「昔はああだった、昔はこうだった」と、懐古する年齢になった自分に気づいたひとときでした。
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