先日知人から、名古屋の銘菓をいただきました。こどもの頃からよく知っている、名古屋の銘菓です。大の大の甘党の私は、夢に見るほどの甘党です。和菓子が大好きです。落ち込んでいる時、大好きな和菓子を一口食べるだけで、元気が出てきます。少し前、体調が悪く気分もへこみがちだったのですが、大好きな和菓子をいただいて、元気もりもりとなりました。少しのことで、浮き沈みする心を持っているのが、人間です。自分の単純さに、苦笑いです。
まるこの本箱
書くこと、旅行が大好きな人間です。本箱から何が出てくるのか!趣味として楽しく書いていきます。2022年7月よりポアロも寄稿。
2025年10月13日月曜日
2025年10月12日日曜日
久しぶりの一人旅
先日久しぶりに一人で出かけました。思い起こせば今までに何回一人旅に出かけたのか、本当に数少ない経験です。一番遠い路線は、東京から岡山です。若かりし時には、何の心配もせず、ただ緊張していただけでした。先日は、とても短い距離で、所要時間は二時間半ほどです。京都から三重までです。慣れ親しんだ近鉄電車です。しかし一人で乗ったことは、ずいぶん前のことです。いつからか、車での移動がほとんどで、電車に乗ることも、ほとんどありません。先日の一人旅は、切符を買うことから、勝手がわからず、どぎまぎです。駅ホームにあるコンビニで、お茶と少しのお菓子を買って、旅のおともを準備しました。切符を片手に、車両番号とにらめっこです。乗る車両を見つけて、乗り込みます。次に指定番号の席を探します。席を見つけて、やっと座り、やれやれです。見慣れた景色に、ほっとします。隣には、同世代と思われる女性二人が座りました。始めから終わりまで、楽しいおしゃべりが 続きます。一人旅の寂しさを、かみしめながら、旅のおとものキャンディーを口にいれます。車窓を眺めながら、一人旅は、つまらないと、つぶやきます。疲れは倍増、おばあちゃんの一人旅は、こりごりだと、反省しました。
2025年10月11日土曜日
秋の夜長に
秋が大好きな私ですが、一人静かに過ごす秋の夜長は苦手です。経験がありません。子どもの時か、八人家族という大家族の中で、にぎやかに育ってきたからでしょう。末っ子という特典をもらい、みんなから可愛がられすくすくと育ちました。
秋の夜長にどんなことをして過ごしたのかと、記憶をたどってみました。読書はずっと若い時からたくさん読みました。「風とともに去りぬ」は、長編にも負けず、読破しました。田中澄江さん、曽野綾子さんの作品を夢中で読みました。女性の生き方、愛とは、人生とは、など哲学的な作品にひかれました。編み物も大好きで、手編みでいろいろ家族にプレゼントしました。そして創作ということに夢中になり、詩、俳句、短歌、エッセイ、童話、短編小説、などいろいろ書きました。公募ガイドを買って、応募もしました。書くことが、面白く楽しく大好きでした。今はブログを書いて、楽しんでいます。書く頻度は少し下がっていますが、細く長く、ゆったりゆるゆるで書いていきます。
2025年10月8日水曜日
中秋の名月
10月6日は、中秋の名月でした。今年は、京都で,観ることができました。東山に上がる中秋の名月です。6時前には、少しぼやけて朧月でした。「祇園小唄」に出てくる朧月です。私たちは、四条から三条、二条へと、東山を見ながら歩きました。中秋の名月を観ようと、たくさんの人が集まっています。外国人観光客も、いっぱいです。6時を過ぎた頃から、とても明るい大きな中秋の名月となり、あちこちから喜びの声が上がっています。ポアロが写真をたくさん撮りました。鴨川の岸辺には、ススキもたくさんあります。今日は特別に高島屋でお月見餅も買いました。中秋の名月の感動を胸に、帰宅した私たちは、写真を見ながら、お月見餅をいただきました。
2025年10月5日日曜日
面白い三人組
長きにわたり、英会話を習っている私ですが、興味関心好奇心で続けてこられたと思っています。最近、私より一世代先輩と思われる人と出会いました。元歯科医の男性です。英会話の先生は、イギリスから来ている若い男性です。後期高齢者の私と、十歳ほど上の男性と、生徒は二人です。とても面白い組み合わせだと、心の中で、にやにやしていました。先生は、高齢者の二人の生徒に、親切丁寧に、教えてくれます。日本語でも、しどろもどろになる高齢者です。それが、英語となると、なお一層反応が遅くなります。先生は、たくさんのヒントを教えてくれて、答えを出せるように誘導してくれます。よく考えると、おじいさんと、おばあさんと、孫の三人のように思われます。一週間に一度の英会話教室。楽しい雰囲気で、面白く、これからも頑張れそうです。
2025年10月2日木曜日
下御霊神社の名水(御霊水)
京都寺町通りにある下御霊神社へは、我が家から歩いて10分ほどです。地域の氏神様で、毎年初詣にはお参りします。五月には、御霊祭がありたくさんの店が出て賑わいます。神輿も出ます。京都には、いくつかの名水と言われているものがあります。下御霊神社の名水もその一つです。いつもたくさんの人が列をなして、井戸からの冷たい水をくんでおられます。私たちも時々ですが、水をもらって、コーヒーやお茶をいれて飲んでいます。長い歴史の中で、名水は枯れることなく、今に受け継がれています。私たちも、その恩恵に浴しています。ありがたいことです。
2025年10月1日水曜日
街中に咲く彼岸花
早いもので、今日から10月です。
秋のお彼岸も終わりましたが、今年は彼岸花の開花が遅れているようです。 京都の家の前は河原町通りで、たくさんの車が走っています。二条河原町の交差点には、毎年たくさんの彼岸花が咲きます。彼岸花がいつ開花するのかと、心待ちにしていました。一向に咲く気配がなく、あきらめかけていた時です。9月23日まさにお彼岸の日に咲いたのです。いつもは群生している彼岸花ですが、この日はたった一輪咲き始めたのです。私は嬉しくて興奮して、家族皆に報告して回りました。
この日を境に、他の彼岸花も開花し始めました。一輪が開花して、ちょうど一週間ですが、今はたくさんの彼岸花がにぎやかに咲いています。
2025年9月19日金曜日
「萩の寺を訪ねて」
九月も後半に入り、萩の情報が届けられてきています。花の開花は、例年よりは少し遅いようです。京都では、萩の寺と呼ばれているお寺がいくつかあります。また萩で有名な神社もあります。
京都市左京区には、萩の寺と呼ばれているお寺があります。金戒光明寺や真如堂の近くです。非公開なので、中へは入れません。土壁が美しく、いつも前を通るたびに、ここが萩の寺と呼ばれている有名なお寺だと、認識しています。そろそろ萩の花が咲き始める頃だと思い、買い物の帰りに寄ってみました。萩の花が、ほんの少し咲いていました。やっと咲き始めたようです。少しですが、萩の花を見ることができて大満足です。迎称寺
2025年9月15日月曜日
栗塚旭さんとのご縁
二日前に、悲しい知らせが飛び込んできました。去年の暮れに、近所のとんかつ屋さんで、偶然出会った俳優の栗塚旭さんの訃報です。たまたま隣の席に座ったことから、楽しいおしゃべりが続きました。一人で食事されている栗塚さんの隣に、私たち家族が座ったのがご縁でした。フランスから帰国したばかりの娘を中心におしゃべりしていた私たちに「フランスへは何度も行きました」と、声をかけてこられました。そこからフランス談義へと広がり、シャンソンも披露されました。そして「アクターの栗塚旭です」と、名乗られました。栗塚さんとは知らずに、おしゃべりしていた私は、本当に驚きました。「この日も撮影があり、撮影所からの帰りで、衣装もそのままで」と言って、ジャケットの中を見せられました。子供の頃から存じ上げている栗塚さんです。大スターです。食事をしながら、いろんなお話をされました。北海道の出身で、兄を頼って京都へ来たこと。哲学の道では、長年喫茶店をされてこられました。何年か前に台風の被害を受けて、白川通りに記念館を建てられて引っ越しされたそうです。「今は撮影所へ通いながら、病院へ治療に通っています」と言われました。病気のことは気になりましたが、すぐお元気になられると信じていました。現役の俳優さんであり、講演活動もされていて、「撮影所へも見にきてください」と、誘ってくださいました。新年のあいさつのハガキを印刷中とのことで、「できあがったらお送りします」と、おっしゃって、住所を書いてお渡ししました。後日ハガキが届いた時には、本当に感動しました。今となっては、栗塚さんから頂いたこの大きなプレゼントは、我が家の宝物です。これから何度もお会いできると思い、おつきあいがずっと続くと思っていました。バタバタした暮らしをしている私は、栗塚さんにお会いしたいと思いながらも、まだ出かけられずに日を過ごしてしまいました。栗塚さんからも「今日は本当に楽しかったです。正月と盆がいっしょに来たようです。ご縁を頂きました」と、言ってもらって感無量でした。悔やんでも悔やんでも悔やみきれません。後悔先に立たずです。栗塚さんとの突然の別れが、大きな大きな喪失感をもたらせました。みんなであの日に撮った写真には、栗塚さんのお人柄が笑顔と共に表れています。素晴らしい思い出となった写真は、我が家の宝物です。いつの日かお会いできる日が来るのを、楽しみにしています。
2025年9月8日月曜日
「よれよればあちゃんのつぶやき」
自称よれよればあちゃんです。すべてのものには、始まりと終わりがあります。誕生から始まり、最後のステージへと、長い旅が続きます。眩しいほど光り輝いていた時代も経験し、いくつもの山あり谷ありを乗り越えて、今現在があります。どんなものでも時を経て、いつかは劣化していきます。後期高齢者となった今の私は、長い歳月で劣化して、まさに「よれよれ」です。それでも私は、誰が何と言おうと、こんな自分を愛しく思い愛しています。かわいい自称「よれよればあちゃん」です。
どこが「よれよれ」なのでしょうか。自分が愛して大切にしてきたものたち、身の回りにたくさんあるものたち。どれもが自分にとって愛しい存在です。長き歳月を共に歩んできたものたちにも、歳月とともに劣化が生じます。高齢者たちみなさんのいろんな状況を、メディアは親切に伝えてくれます。
今年の春、生まれて初めて救急車に乗せてもらい一週間の入院となりました。また家の中での転倒も多くなり先日は頭を打ちこぶも出来たので脳神経外科にもお世話になりCTも撮りました。食べ物からリハビリ体操など、多岐にわたる高齢者への情報が、自分にすっぽり当てはまります。私自信を見ても、毎日仕事のような病院通いです。眼科、耳鼻科、歯科、内科、整形外科など、医療制度に貢献しています。歩く姿は、「よれよれ」ばあちゃんです。心の中で苦笑いをしながら、「私はよれよればあちゃん」ですと、つぶやいています。