2025年11月27日木曜日

時の流れ(6)

 「街角ピアノ」では、懐かしい歌のコンサートが続いています。歌手の方の歌唱力が素晴らしかったです。コンサートは、50分ほどで終了しました。

 コンサートが終わると、運営委員の方が話しかけてきてくださいました。「街角ピアノ」では、コンサートを定期的にされているとのことでした。その方は、公民館でのイベントも企画されているとのことで、楽しいお話を聞かせていただきました。

 運営委員さんと話した後、娘がピアノを弾いて、1曲プレゼントしてくれました。私は、驚きとともに感動で胸がいっぱいになりました。曲名は「小さな旅」です。NHKのテレビ番組「小さな旅」のテーマ曲です。今回の旅にぴったりの選曲だと思いました。学生時代を過ごした街への懐かしい気持ちがあふれてきました。青春時代を思い出し、豊南市場を後にしました。

2025年11月26日水曜日

時の流れ(5)

 豊南市場の「街角ピアノ」では、コンサートのリハーサルが始まりました。リハーサルの間に、学生時代を過ごした寮を見に行くことにしました。

 記憶を頼りに、市場を出て歩きました。寮の横に川が流れていたのを覚えています。歩いていくと川に出ましたが、寮らしき建物はありません。少し探しましたが、見つけられませんでした。残念でしたが、あきらめて戻ることにしました。

 市場へ戻ると、コンサートが始まっていました。「懐メロコンサート」でした。歌手の方のいい声とピアノの伴奏で、懐かしい曲が流れています。椅子を並べて客席が用意されていたので、私たちも座って、懐メロを楽しみました。前列のお客さんたちは、歌に合わせてリズムをとり、コンサートをとても楽しんでみえました。

2025年11月25日火曜日

時の流れ(4)

 半世紀以上の歳月を経て、久しぶりに訪れた母校を後にしました。

 学校の近くには「伊丹空港」があります。着陸態勢の飛行機の轟音がひびきます。見上げると、大きな飛行機が迫ってくるようです。学生時代は、飛行機を間近で見るのも珍しく、ロマンを運ぶ飛行機を見ては興奮していました。

 今回の旅は、テレビで「街角ピアノ 豊南市場」を見たことがきっかけでした。その豊南市場にいよいよ到着です。いろいろなお店がならんでいました。

 その日は、「街角ピアノ」でコンサートがあるようで、その準備が始まっていました。わくわくしながら、ピアノの近くの椅子に座りました。

2025年11月24日月曜日

時の流れ(3)

    時の流れ(3)


 梅田駅から阪急電車に乗り、母校の最寄り駅に着きました。懐かしい風景が広がります。毎日歩いていた通学路の記憶は、はるか彼方へ去り、道順もおぼろげです。案内板を頼りに進み、やっと正門にたどり着きました。

 受付で、卒業生だということを伝え、来校者用の名札をつけて、母校の敷地に入りました。本校舎の玄関は、昔と変わっていません。玄関前には、創立者の像があり、昔のままでした。

 次に学生食堂へ行きました。授業中なので、学生の姿はまばらです。食堂でランチを食べることにしました。食べながら、学生の時に丼物を食べたことを思い出しました。

 食事の後、敷地内を散策しました。校舎が増築され、教室・ホールなど、何棟か増えていました。2時間ほど過ごし、最後に名札を返しに行くと、受付の警備員さんが「また遊びに来てください。」と言ってくださいました。

2025年11月23日日曜日

時の流れ(2)

 学校を卒業してから半世紀以上の歳月が流れています。テレビで「街角ピアノ(豊南市場)」を見てから、青春時代を過ごした街を訪れたくなりました。その思いは日ごとに強くなっていきました。

 今回の旅は、京都駅から始まりました。久しぶりに京都駅に行った私は、人の多さに圧倒されました。京都駅で娘と待ち合わせをして、JRで大阪へ向かいました。通勤ラッシュが落ち着いた時刻だったので、助かりました。

 JR大阪駅から阪急梅田駅まで、10分ほど歩きました。昔も今も、大都会の大阪駅・梅田駅です。カフェに入り、焼きたてのパンを食べて、興奮している胸を鎮めました。

 そして、阪急電車に乗り、母校へと向かいました。 

2025年11月22日土曜日

時の流れ(1)

 数年前、「街角ピアノ」というテレビ番組を見ました。15分間の番組です。その時は、大阪府豊中市にある「豊南市場」の「街角ピアノ」を紹介していました。

 学生時代、学校の近くにある「豊南寮」に住んでいた私は、「豊南市場」に時々行きました。番組を見て、懐かしさがこみあげてきました。久しぶりに(何十年ぶりに)学び舎へ行きたくなりました。

 行きたいと思ってからも、すぐには実現できず、今週、ようやく出かけることができました。三重県に住んでいる娘が一緒に行ってくれました。

 学び舎との再会を楽しみに、旅に出ました。今回の旅を少しずつ綴っていこうと思います。

2025年11月11日火曜日

時代の流れ(侘しい光景)

  京都暮らしは早26年になります。京都には寺町を中心にして、お寺がたくさんあります。私たちが住み始める前は、歴史あるお寺が並んでいたそうです。近代化の波が、京都に押し寄せて、次から次へと、マンションが建っていきました。お寺は他所へ引っ越し、マンションが建っていったのです。

 我が家に隣接するお寺は、他所へ引っ越しせずに、かろうじて元のままの場所にあります。毎朝の鴨川散歩の時に、私は、本堂を眺め、山門を眺め、取り囲むように建っているマンションに、時代の流れを感じています。侘しき光景です。この先もお寺の本堂や山門が、姿を消すことなく、存続してくれることを願っています。







 

2025年11月9日日曜日

ポアロの日常の暮らし(2)

 長い年月仕事を頑張ってきたポアロが、仕事を終えて平穏な日常を過ごしています。仕事から解放されて、念願の暮らしとなりました。興味関心好奇心の対象物を探して、したいことをして、腕前も上げることができれば幸せなことです。見たいテレビを思う存分見て、スマホ、パソコンをいじり、読書三昧もして、フェイスブックで発信もして、今はネットの時代、何でもできます。ポアロは、音楽も好きで、チェロと出会い、今はチェロに燃えています。そして工作も腕を上げています。

もう一つ、ポアロはお料理が大好きになりました。私は大きな義務感、責任感から、半世紀以上家族のために料理を提供してきました。お料理が楽しいと思う余裕はありませんでした。とにかく毎日毎日料理を作り、家族を食べさせなければなりません。よく頑張ったと自分を褒めています。ところが、ポアロは、お料理が面白くなり大好きになったのです。そばで見ている私は、その要領のよさに感心し、圧倒されています。テレビからもいろんな情報をもらっています。今の私は「いただきます!」「おいしい!」「ごちそうさま!」を連発して、シェフポアロに拍手を送っています。ポアロのレシピがどんどん増えて、客人がごちそう太りになることを期待しています。

鶏ムネ肉のフリッターサラダ添え
(健康第一のメニューです)


2025年11月8日土曜日

秋を訪ねて(京都南禅寺)

  秋も深まり、京都の秋を訪ねて観光客がたくさん来ておられます。久しぶりに自転車で出かけました。三十分ほどで南禅寺に着きました。ほとんど外国からの観光客です。紅葉は六分ほどです。毎年のことながら、秋の紅葉にうっとりして感動します。すべて自然が織りなすファンタジーです。












2025年11月7日金曜日

ポアロの日常の暮らし


長年働き続けて仕事を終えたつれあいポアロの日常を、少し考えてみることにしました。仕事を終えて、仕事から解放される日を、夢にまで見ていたことと思います。その日が来たら何をしようか、何がしたいのか、いろいろ考えて期待に胸をふくらませていたでしょう。その日の到来に、私は興味関心好奇心でいっぱいでした。その一つ目は、時間を気にせずゆっくり寝れることでした。私は、見守るだけです。次に、テレビです。テレビに時間制限はなく、見たい番組を見続けます。野球観戦がトップです。アメリカの大リーグ、日本のプロ野球、大満足の野球観戦です。私は見守り続けます。テレビは、飽きることなく、野球観戦が終わればニュースやワイドショーがあります。ただ心配なのは、テレビの前に座り続ければ、運動不足になって体によくありません。それは自分でもよくわかっているので、テレビを見る時間を考えるようになりました。

次に思いついたのは、チェロを弾けるようになりたいという思いでした。早速楽器店へ行き、いろいろ聞いて、レッスンを始めることになりました。楽器がなければ練習もできません。思い切ってチェロを買いました。レッスンは、月に二回です。現在ちょうど二年が経ちました。毎日欠かさず弾いています。私もチェロの音色は好きです。弾けるようになりたいとは思いますが、いろんなことに手を出してはまずいと、今は憧れだけで踏みとどまっています。

次に好きなことの一つである工作を始めました。和雑貨として人気があるものです。時間が取れる時は、せっせと工作作りに精を出しています。




私の父も、いろんなことをしました。能面、七宝焼き、油絵などです。晩年は、ポアロと同じ工作でした。和紙で作る小箱です。ふたも作って、とてもきれいに仕上げていました。ポアロの工作も、きれいな和紙を買い求め、和雑貨屋さんに並べられるようです。父もポアロも、手が器用で、うらやましい限りです。ポアロの日常の暮らしを書いてきましたが、これからも続けて書いて行こうと思います。