2024年1月5日金曜日

ゆく年くる年

  我が家の大晦日の楽しみは、NHKの「ゆく年くる年」を見ることです。年が明ける0時をはさんで「ゆく年が15分、くる年が15分」放送されます。全国各地の様子が中継されます。いつもどこが中継地なのか、予想しながら楽しみにしています。

 今回は大きなお寺の映像から始まりました。見覚えのあるお寺で下。知恩院でした。知恩院は京都市東山区にある浄土宗総本山です。開山は法然上人です。開山から今年は850年とのことです。私の母も父も知恩院に分骨しています。これまでに何度もお参りしています。

 たくさんの僧侶の方々による鐘つきは荘厳でした。数分の映像に引き込まれました。ゆく年を思い、感慨深くなりました。そしてくる年の平穏を願いました。

2024年1月4日木曜日

厳しい冬の先に

  新しい年が始まって、早々に痛ましい出来事が続いています。暗雲の中に

立ちつくすばかりです。

 我が家の小さな庭にいちごの花が咲きました。可憐な小さな白い花です。

チンゲンサイも育っています。春を感じさせてくれます。

イギリスの詩人シェリーの「冬来たりなば 春遠からじ」という言葉を思

い出しました。








 

2024年1月3日水曜日

羽田空港大事故

 

 新しい年がスタートして二日目に、またしても悲惨な事故が起きました。羽田空港で、航空機が海保の航空機と衝突しました。激しく燃える航空機の映像を目にして、戦争という二文字が頭に浮かびました。旅客機には乗客乗員379人が乗っていました。ニュースにくぎ付けとなり、379人全員が無事に避難できたことを知りました。一方海保の航空機乗組員6人のうち、5人が死亡されました。痛ましいことです。どういう原因があったのでしょうか。これからの調査を待たなければなりません。旅客機の乗客の皆さんは、楽しいお正月休暇の真っ只中だったはずです。楽しい日々が一瞬にして、恐怖の中に放り込まれました。多くの人の命が救われたことは、不幸中の幸いだと思うしかありません。

 

2024年1月2日火曜日

巨大地震

  昨日、ブログを投稿した直後、テレビの地震速報がながれ、その後、我が家も

地震の揺れを感じました。能登地方で震度7の巨大地震が起きたと伝えています。

これまでに起きた数々の巨大地震が頭をよぎりました。新しい年が始まって、1

月1日に巨大地震が起きるとは、大きな衝撃です。ずっと、テレビの報道に釘付

けとなり、お正月ということを忘れました。被災地の大変さが伝わってきます。

これ以上被害が大きくならないことを祈り続けます。



2024年1月1日月曜日

新しい年のはじめに(2024年)

 

初春のお慶びを申し上げます。みなさま、お変わりございませんでしょうか。

 

ずいぶん長い間、お休みしてしまいましたが、今日から再開したいと思います。

「一年の計は元旦にあり」と申しますが、新しい年に新しいことへのチャレンジ

を決意しました。ヴァイオリンのレッスンを始めたいと思います。2人の子どもが

幼い頃、ヴァイオリンのレッスンに通っていましたが、私は、全く初めてのことで

す。手元にあるあるヴァイオリンは、早40年も眠っていました。宝のもちぐされ

で、やっと日の目を見ることになりました。ヴァイオリンの持ち方から弓の動かし

方までを練習して、今日が「はじめの一歩」となりました。

人生のパートナーであるピアノとは、苦節70年を共に過ごしてまいりました。

素晴らしい友(ピアノ)に見守られながら、ヴァイオリンのレッスンに励みたいと

思います。

今年も日々の徒然をできるかぎり、綴っていきたいと思います。よろしくお願い

します。

 

2023年8月19日土曜日

私の好きなことば「人間力」

  後期高齢者の仲間入りをした私は、今「人間力」に大きな関心を持っています。若い時から摩訶不思議な人間の魅力にひきつけられ、哲学に興味を持ち、人間の心の内を研究したいと考え続けてきました。表には出ない心の内ほど、奥深いものはありません。自分の人間力を高めてきたつもりです。各人がそれなりに考え、歳とともに人間力の向上に努めてきたとばかり思い込んでいました。わずかの成長が大きな成長に繋がっていきます。最近自分の家族について、ショックを受けました。自分と同じように、人間力の向上に努めていると思っていたのは、私だけでした。他者への思いやりの欠如、失言暴言、自分勝手、我がまま、天狗となった思考回路、人間力の低さを見せつけられ失意のどん底です。いつの日か立ち直れる日が来るのか、今は暗闇の中です。

2023年7月20日木曜日

祇園祭2023神幸祭

 本当の祇園祭(八坂神社の神官、奉賛列を先頭に神輿が市中を練って四条の御旅所に向かいます)7月17日18:30~

まず夕刻八坂神社を出発し、石段下で3基の神輿(中御座、東御座、西御座)が威勢を挙げて市中に向かいます。

我々は二条河原町で待ち構えます。20時~21時くらいに中御座と西御座が回ってくる予定ですが4年ぶりとあって1時間ものくれてやってきました。

ふれ太鼓?

奉賛列、宝物


神官、奉賛列の後ろにいよいよ中御座の神輿がやってきます。錦の法被です。
以前は数か所で酒やビールなどの接待をしていましたが時節柄アルコールはないようです。


担ぎ手は200人くらいいるそうです。寺町まで追っかけをしました。



この後四条の御旅所に向かいます。
そして一週間後の還幸祭で八坂神社に戻ります。
なお3基の神輿は素戔嗚尊、妻の櫛稲田姫、その八人の子供たちを奉じています。八角形の西御座は3.2トンもあるそうです。

(ポアロ記)
 






4年ぶりの祇園祭7月14日

  3年間は本格的な山鉾巡行がなかったのでいつもの河原町御池の辻回しを見に行きました。

外国人の訪日も回復し、賑わっています。37℃の予報が出て暑い日となっています。

11時ごろに先頭の長刀鉾が見えてきました。


 交差点でいったん停まって辻回しの準備です。お稚児さんの顔をアップです。



お稚児さんの衣装を着てるのでとても暑そうです。時々立ち上がって稚児舞を披露します。
辻回しに入ると囃子が早くなります。




時々ビルの陰や木陰に逃げ込まないと熱中症になりそうです。


一基の辻回しで10分ほどかかります。今年は有料観覧席のなかにファーストクラスの席ができているようです。次の写真がそうですが鱧の懐石料理とドリンク付きでなんと40万円、この場所(市役所の向かい側)を通過するのは11時から1時頃のランチタイム。台で少し高くして小さなキャノピーを付けてあるようです。しかし40万円とはびっくりです。円安とはいえ外国の方でもバカ高いと思いますが?


私どもも数基見送って家に戻り京都テレビの実況をゆっくり見ます。
夜の神幸祭も別便で報告します。
(ポアロ記)











2023年7月6日木曜日

私の好きなことば「設え」(しつらえ)

 

 今では死語となってしまったようなことば「設え」ですが、私は慣れ親しんできた大好きなことばです。古くから日本人の暮らしを支えてきた「設え」です。私は幼い頃から「設え」を身近に見て育ちました。父は季節季節の移り変わりにふさわしい「設え」を、当たり前のように行ってきました。襖や障子、衝立などの建具の入れ替えに始まり、絨毯から夏物のトウの敷物へ、そして団扇や風鈴などの小物を用意し、軒先には簾をかけました。そういう「設え」をする父を見て育った私は、夏への季節の移り変わりを感じました。団塊世代の私たちは、結婚すればニューファミリーと呼ばれました。実家を離れ、「設え」から遠く離れた暮らしになりました。

 幼い二人の子どもをつれての里帰りは、子どもたちにとって田舎の暮らしを知る貴重な体験となりました。夏休みには、朝から水撒きをする父の手伝いもしました。夕方になればまた打ち水をして、庭に床几を出して夕涼みの準備です。蚊取り線香をつけ、線香花火を楽しみました。寝る時は蚊帳を張ってもらい、ワーワー、キャーキャー言いながら、珍しい体験を重ねました。遠い日の思い出です。

 今の生活の中では、「設え」と言えるものはありません。建具を入れ替えることはありません。一年中何の変化もありません。エアコンのスイッチを暖房から冷房に代えて、扇風機を出すくらいです。父がしていたような「設え」は、暮らしの中から消えました。昔の人は大変だったけれど、季節の移り変わりを感じながら、「設え」を楽しみながら、暮らしを大切にしていたのだと、思いを馳せています。

(まるこ記)

 

 

2023年6月11日日曜日

テレビの力

  ブログを書き始めて早12年が過ぎました。毎日のようにブログを書いていた日々が遠い記憶となっています。コロナ禍に巻き込まれて巣籠りの毎日となり、生活が一変しました。自分自身の人間の姿も変わったように思います。そんな中での、テレビの存在はとても大きなものでした。国内国外の時々刻々と変化する世界情勢を教えてもらいました。コロナによる命の怯えが世界中の人々を襲いました。それでも人間はあきることなく戦争を続けています。いいことも悪いことも、たくさんの経験を積み重ねてきたはずの人間なのに、智慧は身につかなかったのでしょうか。欲望だけを優先させる人間になってしまったのでしょうか。いつになったら世界が平和で穏やかな楽園になるのでしょうか。広島で開催されたG7サミットでは、すべての人が理想とする社会の実現を目標に掲げています。ウクライナでは悲惨な状況が続いています。誰もがわかっていても、止めることはできないのでしょうか。いつの日か地球家族が誕生することを切に切に願っています。

(まるこ記)