新しい年が始まって、早々に痛ましい出来事が続いています。暗雲の中に
立ちつくすばかりです。
我が家の小さな庭にいちごの花が咲きました。可憐な小さな白い花です。
チンゲンサイも育っています。春を感じさせてくれます。
イギリスの詩人シェリーの「冬来たりなば 春遠からじ」という言葉を思
い出しました。
新しい年が始まって、早々に痛ましい出来事が続いています。暗雲の中に
立ちつくすばかりです。
我が家の小さな庭にいちごの花が咲きました。可憐な小さな白い花です。
チンゲンサイも育っています。春を感じさせてくれます。
イギリスの詩人シェリーの「冬来たりなば 春遠からじ」という言葉を思
い出しました。
新しい年がスタートして二日目に、またしても悲惨な事故が起きました。羽田空港で、航空機が海保の航空機と衝突しました。激しく燃える航空機の映像を目にして、戦争という二文字が頭に浮かびました。旅客機には乗客乗員379人が乗っていました。ニュースにくぎ付けとなり、379人全員が無事に避難できたことを知りました。一方海保の航空機乗組員6人のうち、5人が死亡されました。痛ましいことです。どういう原因があったのでしょうか。これからの調査を待たなければなりません。旅客機の乗客の皆さんは、楽しいお正月休暇の真っ只中だったはずです。楽しい日々が一瞬にして、恐怖の中に放り込まれました。多くの人の命が救われたことは、不幸中の幸いだと思うしかありません。
昨日、ブログを投稿した直後、テレビの地震速報がながれ、その後、我が家も
地震の揺れを感じました。能登地方で震度7の巨大地震が起きたと伝えています。
これまでに起きた数々の巨大地震が頭をよぎりました。新しい年が始まって、1
月1日に巨大地震が起きるとは、大きな衝撃です。ずっと、テレビの報道に釘付
けとなり、お正月ということを忘れました。被災地の大変さが伝わってきます。
これ以上被害が大きくならないことを祈り続けます。
初春のお慶びを申し上げます。みなさま、お変わりございませんでしょうか。
ずいぶん長い間、お休みしてしまいましたが、今日から再開したいと思います。
「一年の計は元旦にあり」と申しますが、新しい年に新しいことへのチャレンジ
を決意しました。ヴァイオリンのレッスンを始めたいと思います。2人の子どもが
幼い頃、ヴァイオリンのレッスンに通っていましたが、私は、全く初めてのことで
す。手元にあるあるヴァイオリンは、早40年も眠っていました。宝のもちぐされ
で、やっと日の目を見ることになりました。ヴァイオリンの持ち方から弓の動かし
方までを練習して、今日が「はじめの一歩」となりました。
人生のパートナーであるピアノとは、苦節70年を共に過ごしてまいりました。
素晴らしい友(ピアノ)に見守られながら、ヴァイオリンのレッスンに励みたいと
思います。
今年も日々の徒然をできるかぎり、綴っていきたいと思います。よろしくお願い
します。
後期高齢者の仲間入りをした私は、今「人間力」に大きな関心を持っています。若い時から摩訶不思議な人間の魅力にひきつけられ、哲学に興味を持ち、人間の心の内を研究したいと考え続けてきました。表には出ない心の内ほど、奥深いものはありません。自分の人間力を高めてきたつもりです。各人がそれなりに考え、歳とともに人間力の向上に努めてきたとばかり思い込んでいました。わずかの成長が大きな成長に繋がっていきます。最近自分の家族について、ショックを受けました。自分と同じように、人間力の向上に努めていると思っていたのは、私だけでした。他者への思いやりの欠如、失言暴言、自分勝手、我がまま、天狗となった思考回路、人間力の低さを見せつけられ失意のどん底です。いつの日か立ち直れる日が来るのか、今は暗闇の中です。
本当の祇園祭(八坂神社の神官、奉賛列を先頭に神輿が市中を練って四条の御旅所に向かいます)7月17日18:30~
まず夕刻八坂神社を出発し、石段下で3基の神輿(中御座、東御座、西御座)が威勢を挙げて市中に向かいます。
我々は二条河原町で待ち構えます。20時~21時くらいに中御座と西御座が回ってくる予定ですが4年ぶりとあって1時間ものくれてやってきました。
3年間は本格的な山鉾巡行がなかったのでいつもの河原町御池の辻回しを見に行きました。
外国人の訪日も回復し、賑わっています。37℃の予報が出て暑い日となっています。
11時ごろに先頭の長刀鉾が見えてきました。
今では死語となってしまったようなことば「設え」ですが、私は慣れ親しんできた大好きなことばです。古くから日本人の暮らしを支えてきた「設え」です。私は幼い頃から「設え」を身近に見て育ちました。父は季節季節の移り変わりにふさわしい「設え」を、当たり前のように行ってきました。襖や障子、衝立などの建具の入れ替えに始まり、絨毯から夏物のトウの敷物へ、そして団扇や風鈴などの小物を用意し、軒先には簾をかけました。そういう「設え」をする父を見て育った私は、夏への季節の移り変わりを感じました。団塊世代の私たちは、結婚すればニューファミリーと呼ばれました。実家を離れ、「設え」から遠く離れた暮らしになりました。
幼い二人の子どもをつれての里帰りは、子どもたちにとって田舎の暮らしを知る貴重な体験となりました。夏休みには、朝から水撒きをする父の手伝いもしました。夕方になればまた打ち水をして、庭に床几を出して夕涼みの準備です。蚊取り線香をつけ、線香花火を楽しみました。寝る時は蚊帳を張ってもらい、ワーワー、キャーキャー言いながら、珍しい体験を重ねました。遠い日の思い出です。
今の生活の中では、「設え」と言えるものはありません。建具を入れ替えることはありません。一年中何の変化もありません。エアコンのスイッチを暖房から冷房に代えて、扇風機を出すくらいです。父がしていたような「設え」は、暮らしの中から消えました。昔の人は大変だったけれど、季節の移り変わりを感じながら、「設え」を楽しみながら、暮らしを大切にしていたのだと、思いを馳せています。
(まるこ記)
ブログを書き始めて早12年が過ぎました。毎日のようにブログを書いていた日々が遠い記憶となっています。コロナ禍に巻き込まれて巣籠りの毎日となり、生活が一変しました。自分自身の人間の姿も変わったように思います。そんな中での、テレビの存在はとても大きなものでした。国内国外の時々刻々と変化する世界情勢を教えてもらいました。コロナによる命の怯えが世界中の人々を襲いました。それでも人間はあきることなく戦争を続けています。いいことも悪いことも、たくさんの経験を積み重ねてきたはずの人間なのに、智慧は身につかなかったのでしょうか。欲望だけを優先させる人間になってしまったのでしょうか。いつになったら世界が平和で穏やかな楽園になるのでしょうか。広島で開催されたG7サミットでは、すべての人が理想とする社会の実現を目標に掲げています。ウクライナでは悲惨な状況が続いています。誰もがわかっていても、止めることはできないのでしょうか。いつの日か地球家族が誕生することを切に切に願っています。
(まるこ記)
2020年から始まったコロナは、私たちにとってたくさんの影響を及ぼしました。命が奪われるという恐怖が大前提となり、それまでの生活が一変しました。自由気ままな移動もままならず、巣籠り状態が続きました。人間関係も希薄となり、会うこともできず電話やメールがコミュニケーションの唯一の手段となりました。京都と三重の二都暮らしをしていた私は、三重で疎開生活を送りました。以前のような活発さも減り、年齢とともにますますシニアというるつぼにはまりこんでいます。外出するのは、必要最低限の買い物と病院通いです。コロナの猛威の前の暮らしを、忘れかけています。
コロナの猛威も少しずつ下火になってきたということで、マスクもつけるつけないは本人の意思でということになり、感染から身を守るのは自分自身だと報道されています。しかしここへきてコロナの力が再燃してきたようです。第九波が襲ってきています。大型連休で人々の大きな動きがあり、連休明けには感染者が増大するとの予想です。
社会の仕組みも、コロナの前とは変化しています。リモートワークが増えて、在宅で仕事をする人が当たり前になりました。働き方も多様化しました。通勤に時間や労力がとられていたのが削減され、人間にとっては喜ばしいことかもしれません。こどもたちの学校生活も変化しました。入学から卒業までの大切な年数を、コロナの影響でマスクをはずせない日々でした。これから少しずつ緩和されていくと思いますが、コロナの前のような生活に戻れるのはまだまだ先のようです。